偽りのヒーロー
「だるい」
そう言い放ったのは、ジャージのズボンの土埃をはらう、紫璃だった。気だるそうにジャージの裾をまくっているのさえ画になっている。
体育祭当日。
生徒は皆、どこか浮かれ気分に見えていた。いつもと同じに見えるジャージ姿でさえ、クラスTシャツに身を包んでいるだけでどこか特別な価値のある姿。
携帯を持って、「一緒に写真を撮ってください」という女子に応じる紫璃を、既に何度か横目で見ていた。
「応援すっごいよかったよ!」
目玉の一つともいえる各クラスの応援合戦は、なかなかに見応えのあるものだった。
派手な衣装が目を惹いて、一瞬の静寂の空気を割れんばかりのエールが切り裂く。歓声と拍手に包まれたグラウンドは、凛々しいその姿の面々に目が釘付けであった。
なんとも皮肉な話だが、応援合戦と同じくらいに、援団服を着た人たちの撮影大会に、菜子は目を丸くしていた。まるでアイドルのような扱いに、学校がライブ会場のように見えていた。
「菜子〜、練習行こうぜー」
次々と競技を消化する中、いよいよ菜子も出番だと腰をあげる。リレーに出場するメンバーが、フィールドに中に集まると、その前の競技、借り物競技のアナウンスが流れていた。
「菜子すげえ緊張してねえ? 大丈夫かよ」
スタートの合図で、走り出したクラスメイトを応援する歓声が大きくなる。
借り物競争の紙切れを開いては、きょろきょろと見回す競技参加者に注目が集まる中、菜子はぎこちなくバトンを渡す練習に励んでいた。
「こういうので、好きな人、とか書かれたりしないのかなあ」
ぶらぶらと長い手足を揺らすレオに、「それはねえだろ」と、紫璃は苦笑していた。そんなことがあったら、きっと黄色い歓声が耳につく。
告白のきっかけとしてはいいだろうが、さすがに巻き込まれたりするのは勘弁してほしいものだ、と気の乗らない様子だ。