偽りのヒーロー
翌日は、幸運にも玄関で菖蒲と顔を合わせた。気をとり直して、努めて自然に「おはよう」と言ったつもりだった。
「……おはよ」
あまりにもぎこちない菖蒲の朝の挨拶は、俯いた顔とすぐに逸らされた目で、その様子を窺い知ることができなかった。
昨日過ぎった不安は、いとも簡単に的中した。
同じクラスで同じ教室に向かうのだ、教室までの短い道のりを一緒に向かうのが自然なのではないだろうか。
スカートを翻して、そそくさと足早に駆けていく背中は、菜子をさけていることが明白だった。あまりにも突然のことに、何も言葉が出なかった。菖蒲の背中を追いかけることも。
ため息が漏れた。菜子がお昼を一人で食べるようになってから、一週間が経ってしまったからだ。違和感を覚えるには十分だった。
望んで一人でいる時間は、あんなにも堂々といられるのに、望まずして一人になると、なぜこうも人目を避けるようになるのだろうか。集団行動しがちな女子の摂理なのかもしれない。
菜子にしてみれば、四六時中一緒にいるわけでもないはずの友人関係。
授業の間の5分の休み時間は、近くの席にに座る友達と談笑するのが自然な流れになっているが、移動教室、お昼の時間、約束したわけでもないけれど菖蒲と共に過ごすのが習慣になっていて。
別にベタベタしている関係を望んでいるわけではないはずなのに、そのくせこうやって菖蒲の不穏な態度に不安を隠しきれないなど、どうにも都合のいい話だな、と菜子は力なく笑った。