偽りのヒーロー
人目につかない場所を探すのは意外にも骨が折れる。移動する間に、手に持ったお弁当は見られてしまうし、関係性に敏感な女性はすぐに異変を察知する。
「あれ、菜子一人? うちらんとこでお昼する?」
隣にいるはずの人が、少し姿を見せないだけで噂話の格好の的になる。物珍しそうに、菖蒲のいるはずの菜子の隣をクラスメイトが好奇の目を向けて。
「……や、大丈夫。ただの喧嘩だから。今、冷戦中でさ」
「なにそれ! 冷戦中とか戦争かよ」と、きゃはは、と可笑しそうに笑う友人を見て、菜子は胸を撫で下ろした。努めて平静に、コミカルないい塩梅で伝えられたなと、思わず安堵した。
人の噂は75日と言うけれど、女子のそれは群を抜いていると思っている。
噂が広まるのは一瞬で、その上あられもない尾ひれがついてまわる。気づいた時には既に時遅し、というのはあまりにも遅すぎる。
広まってからではない、誰かが噂を口にした時点で、周囲がかき回されることはおおよそ間違いのないことである。
現に体育祭を終えた後には、手繋いで歩いていただとか、駅の構内で熱いキスを交わしていたとか、極め付けは親公認で付き合っているだとか。
たった一つの種目で共に過ごしただけの未蔓との噂が、既に本人たちの耳にも入って来ているのだ。
この噂に、何も気に留めることなく過ごせる理由は明確なものが一つある。違う、と自身の中で噂を突っぱねられる事実を持っているからだ。
しかし菖蒲との不穏な空気を尾ひれをつけて広められるわけにはいかない。周囲にかき回されてしまう前に、何か手立てを考えるほかないのだが、どうにも菜子には思いつかないでいた。
その中で唯一できることが、騒ぎ立てられないように根回しすることくらいだな、なんて重い頭で考えていた。