新生児マス・スクリーニング―赤ちゃんの命を救う話を、ドクターから聞きました―
Tシャツにジーンズというシンプルな格好の公介くんは、アメリカの大学に通っているらしい。
ニューヨーク市内かと訊いたら、違うと言われた。
大学では一人暮らしをしたかったそうだ。
「医学部なんですか?」
「いえ、理学部で有機化学を専攻してます。日本だったら、薬学部になるのかな? 試験管の中で薬品を混ぜて化学反応を起こすような、典型的なケミストリーです」
「薬の開発に関心があるんですか?」
「どうなんだろう? とにかく、化学の基礎を研究してみたいんですよね。
父みたいな医者が、病院の臨床の現場で見てるものって、ものすごい数の化学反応が人間の体の中で起こった結果でしょう。何ていうか、モヤッとしてるように感じるんですよ」
「モヤッとしてる?」
「病気になってる内臓があるとしますね。細胞レベルで見たら、健康な細胞と病気の細胞があって、病気の細胞が働きを邪魔するせいで、全体的に見れば、内臓がうまく働いてない。
その『全体的に見れば』とか『確率論的な結果として』とか、苦手なんですよ。もっとピンポイントで1対1の答えが出せるのが、俺は好きなんです」
理系の人って、基本的に公介くんタイプが多いと思う。
数式の左と右はキッチリ釣り合ってないといけない。
公介くんの言う「ピンポイント」のサイズは、最大でも細胞だそうだ。
できれば分子数個分の話をしたいらしい。
それに比べたら、内臓全体の代謝のサイクルを相手にする小石川先生は、ずいぶん大きなサイズを扱っていることになる。