空の下の笑顔の樹
「菓絵ちゃんかい?」
私の叫び声が聞こえてしまったのだろうか。お向かいさんのおばあちゃんが家の外に出てきた。
「さっきの声は私の声です。こんな夜更けに大声で叫んでしまって、どうもすみませんでした」
私は恥ずかしさを堪えながら、お向かいさんのおばあちゃんに頭を下げて謝った。
「大丈夫なのかい? 菓絵ちゃんが大きな声を出すことは滅多にないから、何かあったのかと思ってね」
「大丈夫です。本当に申し訳ありませんでした」
「それならいいんだけども……」
「本当に大丈夫ですので、お休みになられてください」
「大丈夫なんだね。それじゃあ、また明日ね。おやすみ」
「はい。また明日です。おやすみなさい」
私のことを心配してくれたお向かいさんのおばあちゃんは、ゆっくり歩いて家に入っていった。私は何事もなかったかのように家に入り、電話機のあるリビングで正座をして、優太からの電話を待った。
ジリリリリリーン! 電話のベルの音が聞こえた瞬間に立ち上がり、深呼吸をしてから受話器を掴んで耳に当てた。
私の叫び声が聞こえていたのだと思う。優太は私のことを、「菓絵」と呼んでくれた。
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
私はノリノリで鼻歌を歌いながらスケッチッブクを開いて、描きかけだったオレンジ色の空の下の笑顔の紙飛行機の絵を仕上げてみることにした。絵はいくら描いても、なかなか納得のいく仕上がりにはならない。今日は気分が乗っているせいか、いつもより指の調子も頭の回転も良く、オレンジ色の空の下の笑顔の紙飛行機の絵は、我ながら納得のいく仕上がりになった。来週の金曜日の夜が楽しみで仕方がない。
この日を境に、優太と電話でも話すようになり、回数を重ねていくうちに、堅苦しい敬語は使わなくなって、自然な感じで話せるようになった。もう私たちは、菓絵さんと優太さんではない。菓絵と優太だ。
ふんふん♪
金曜日の夜、優太が私のお絵描き教室に来てくれた。今日は手ぶらではなく、カメラと三脚を持っている。
「さっそくだけど、先週の土曜日に撮った写真を見てみてね」
「うん。見てみるね」
自信ありげな表情を浮かべている優太から、写真の入った封筒を受け取り、ずっと楽しみにしていた写真を真っ先に見てみた。オレンジ色の夕焼け空に向かって紙飛行機を飛ばしている私の姿も真っ白い紙飛行機の姿もくっきり写っている。私は写真には詳しくないけど、優太が撮影した写真はとても煌びやかで、美術館に展示してもいいくらいの芸術作品だと思う。
「優太は、写真を撮るのが本当に上手だね」
「いやあ、被写体とカメラの性能のおかげだよ」
私に褒められた優太は、自慢の一眼レフカメラを持って照れくさそうにしていた。
「そんなに謙遜することないのに。優太の絵を持ってくるから、ちょっと待っててね」
私は立ち上がって寝室に行き、オレンジ色の空の下の笑顔の紙飛行機の絵を持ってリビングに戻り、「じゃじゃじゃじゃーん!」と言って、優太に見せてみた。
「すごく躍動感のある絵だね。こんなに素敵な絵を描いてくれて、どうもありがとう」
ものすごく嬉しそうにしている優太。これだけ喜んでもらえると、夜遅くまで頑張って描いた甲斐があるというものだ。
「菓絵おばちゃん、こんばんは」
優太とリビングで寛いでいるうちに、お絵描き教室の子供たちが続々と集まってきた。
今日の生徒は、先週に引き続き、小学六年生の由香里ちゃん。小学五年生の千早ちゃんと奈津美ちゃん。小学四年生の武くん。小学三年生の有美ちゃんと浩二くん。小学二年生の直也くん。風邪が治って、私のお絵描き教室に復帰してくれた小学四年生の葵ちゃん。大人の優太おじちゃんとの九名。
「絵を描いた後に、お絵描き教室の子供たちの写真を撮ってもいいかな?」
「うん。撮ってあげて。みんなすごく喜ぶと思うわよ」
この日の優太おじちゃんは、とてもご機嫌な様子で、夕焼け空の絵を描いた後に、お絵描き教室の子供たちの写真を撮り始めてくれた。どの子も笑顔で喜んでいる。
「みんなで一緒に写ろう」
「そうね。みんなで一緒に写りましょう」
優太おじちゃんの提案で、みんなで写真に写ることになり、大急ぎでソファーを隅に寄せて部屋を広くして、みんなで壁際に並んだ。前の列が、直也くんと有美ちゃんと浩二くんと葵ちゃん。後ろの列が、由香里ちゃんと奈津美ちゃんと千早ちゃんと私こと菓絵おばちゃん。
「十秒後に、カメラのシャッターの音が鳴るからね」
セルフタイマーをセットした優太おじちゃんは、由香里ちゃんの隣に立った。私の隣に立っている千早ちゃんがカメラに向かってVサインをしていたので、私もカメラに向かってVサインをしてみた。
五、四、三、ニ、一、パシャ! 優太おじちゃんのカメラのシャッター音は、何回聞いても飽きない。
「菓絵おばちゃんと優太おじちゃんの写真を撮ってあげようか」
千早ちゃんがにこにこと微笑みながら言ってきた。
「う、うん」
私はちょっと恥ずかしかったけど、笑顔で頷いて返事をした。
「優太おじちゃん、どのボタンを押せばいいの?」
「このボタンを押してもらえるかな」
「うん。わかった。このボタンを押せばいいんだね」
優太おじちゃんに写真の撮り方を教えてもらった千早ちゃんは、とっても嬉しそうにしながらカメラのファインダーを覗き込み、「菓絵おばちゃん、優太おじちゃんと腕を組んでみて」と私に言ってきた。お絵描き教室の子供たち全員が私のことを見つめている。
「う、うん」
私はすごく恥ずかしかったけど、お絵描き教室の生徒から、カメラウーマンに変身した千早ちゃんに言われたとおり、優太おじちゃんと腕を組んでみた。
「そ、そそ、そういえば、腕を組むのは初めてだね」
私と腕を組んでいる優太おじちゃんも恥ずかしそうにしている。
「それじゃあ、カメラのボタンを押すね。はい、チーズ」
パシャ! パシャ! パシャ! パシャ! パシャ! 五回も……。カメラウーマンに変身したままの千早ちゃんが撮ってくれたカメラのシャッター音は、恥ずかしさと嬉しさを足して割ったような、なんとも言えない複雑な音だった。
「私も撮ってみたい!」
「あたしにも撮らせて!」
「僕にも撮らせて!」
みんな写真撮影に興味を持ったのか、お絵描き教室の子供たちが一斉に千早ちゃんの周りに集まった。どの子もカメラに触りたくて仕方ないといった様子。
「みんな一列に並んで、一人ずつカメラのボタンを押してもらえるかな」
「はーい!」
優太おじちゃんの指示に従ってくれたお絵描き教室の子供たちは、私と優太おじちゃんの方に向いたままになっているカメラのボタンを、一人ずつ順番で押してくれた。
「みんなどうもありがとう」
「菓絵おばちゃん、優太おじちゃん、どう致しまして」
声を揃えて言ってくれたお絵描き教室の子供たちの明るい笑顔を見ていて、私も写真を撮りたくなってきた。お絵描き教室の先生から、カメラウーマンに変身だ。
「私も写真を撮ってもいいかな?」
「うん。いっぱい撮ってあげて」
優太おじちゃんに写真の撮り方を教えてもらい、私もお絵描き教室の子供たちにカメラを向けてみた。由香里ちゃんも千早ちゃんも奈津美ちゃんも武くんも有美ちゃんも浩二くんも直也くんも葵ちゃんも、笑顔で私を見つめている。
「それじゃあ、撮るわよ。はい、チーズ」
パシャ! 絵も写真もアート。笑顔もアート。私は写真を撮ることの楽しさを覚えるとともに、笑顔という素敵な芸術作品の素晴らしさを改めて実感した。
「今日は、このままみんなで写真を撮り合いましょう」
「はーい!」
私の呼び掛けにより、お絵描き教室の子供たちが一斉に私の周りに集まってきた。どの子も手を伸ばしてカメラに触ろうとしている。優太おじちゃんの大切なカメラが壊れたら大変なので、じゃんけんで順番を決めてもらうことにした。
「じゃんけんぽん! あいこでしょ! じゃんけんぽん! あいこでしょ!」
八人でじゃんけんをすると、なかなか勝負がつかない。
「じゃんけんぽん!」
「やった! 私の勝ちだね!」
白熱したじゃんけん大会の結果、一番手は奈津美ちゃんに決まった。
「うっきっきー」
「ちょっと千早、その変な顔は何よ。せっかく写真を撮ってるんだから、そんなにふざけないでよね」
「ふざけてなんかいないよう。お猿さんのモノマネをしてみたんだよう」
「お猿さんのモノマネだったの? ぜんぜん似てなかったわよ」
「似てるよう。じゃあ、もう一度、やってあげるね」
「あたしもお猿さんのモノマネをする!」
「僕もお猿さんのモノマネをする!」
千早ちゃんのモノマネに触発されたのか、武くんと有美ちゃんもお猿さんのモノマネを始めた。
「うっきっきー。うっきっきー。あはははは!」
今夜も明るい笑い声で溢れている私のお絵描き教室。子供たちの明るい笑顔を間近で見ていると、ものすごく幸せな気持ちになれる。私はもっと多くの子供たちと触れ合っていきたい。笑顔という素敵な芸術作品を写真に収めていきたい。お絵描き教室の生徒を新たに募集してみることにして、優太おじちゃんが持っているような一眼レフカメラを買うことに決めた。思い立ったらすぐに行動だ。
土曜日の午前中、商店街にある電器屋さんに優太と一緒に行って、私も一眼レフカメラを買ってみた。駄菓子屋の店内を改装するために、こつこつ貯めてきた貯金を切り崩して買った一眼レフカメラの値段は、七万九千八百円。私はこんなに高価な買い物をしたのは初めてだ。大切に大切に使っていかなければならない。
「菓絵ちゃんには、いつもお世話になってるから、写真のフィルムを三十本とカメラの乾電池を五十個おまけしておくね」
電器屋さんのおじさんが、にこにこと微笑みながら私に言ってくれた。こういうラッキーなことがあるから、私は地元の商店街で買うようにしている。
「おまけしてくださって、ありがとうございました」
気前のいい電器屋さんのおじさんにお礼を言って外に出た。一眼レフカメラの入った紙袋を持った手が震えている。
「袋を持ってあげるね」
「うん。どうもありがとう」
私の気持ちを察知してくれたのか、優太が一眼レフカメラの入った袋を持ってくれた。常日頃から、カメラに慣れ親しんでいる優太なら、どんなことがあっても絶対に落とさないと思う。
「ねえ、優太。このまま私の買い物に付き合ってもらえないかな」
「いいよ。買い物に行こう」
笑顔で返事をしてくれた優太と私の行きつけの文具屋さんに行き、お絵描き教室を運営していく上で必要な画材をまとめて購入して、いつものラーメン屋さんで食事をして帰ってきた。出費が重なってしまったため、駄菓子屋の店内を改装する日は遠退いてしまったけど、お絵描き教室の子供たちの喜ぶ姿を思い浮かべると、頑張って働いていこうという気持ちになれる。
「菓絵のカメラは、僕のカメラより性能が良さそうだね」
優太はものすごくご機嫌な様子で、カメラの知識を持っていない私に、一眼レフカメラの使い方を丁寧に教えてくれた。
パシャ! パシャ! パシャパシャパシャ! 私は嬉しさのあまり、優太の写真を撮りまくってしまった。
「菓絵の写真を撮ってもいいかな?」
「うん。撮ってみて」
自分のカメラで自分の写真を撮られる。私はなんだか恥ずかしくなって、優太が私の写真を撮ってくれている間に、お絵描き教室の生徒、新規募集の貼り紙を作成して、駄菓子屋のシャッターと店内の壁に貼ってみた。一人でも多くの子が、私のお絵描き教室に入ってくれることを願いながら。
お絵描き教室の生徒を新たに募集します。絵を描くことが好きな子や絵を描くことに興味のある子はどんどん参加してね。月謝は無料で、駄菓子は食べ放題だよ。
私の叫び声が聞こえてしまったのだろうか。お向かいさんのおばあちゃんが家の外に出てきた。
「さっきの声は私の声です。こんな夜更けに大声で叫んでしまって、どうもすみませんでした」
私は恥ずかしさを堪えながら、お向かいさんのおばあちゃんに頭を下げて謝った。
「大丈夫なのかい? 菓絵ちゃんが大きな声を出すことは滅多にないから、何かあったのかと思ってね」
「大丈夫です。本当に申し訳ありませんでした」
「それならいいんだけども……」
「本当に大丈夫ですので、お休みになられてください」
「大丈夫なんだね。それじゃあ、また明日ね。おやすみ」
「はい。また明日です。おやすみなさい」
私のことを心配してくれたお向かいさんのおばあちゃんは、ゆっくり歩いて家に入っていった。私は何事もなかったかのように家に入り、電話機のあるリビングで正座をして、優太からの電話を待った。
ジリリリリリーン! 電話のベルの音が聞こえた瞬間に立ち上がり、深呼吸をしてから受話器を掴んで耳に当てた。
私の叫び声が聞こえていたのだと思う。優太は私のことを、「菓絵」と呼んでくれた。
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
私はノリノリで鼻歌を歌いながらスケッチッブクを開いて、描きかけだったオレンジ色の空の下の笑顔の紙飛行機の絵を仕上げてみることにした。絵はいくら描いても、なかなか納得のいく仕上がりにはならない。今日は気分が乗っているせいか、いつもより指の調子も頭の回転も良く、オレンジ色の空の下の笑顔の紙飛行機の絵は、我ながら納得のいく仕上がりになった。来週の金曜日の夜が楽しみで仕方がない。
この日を境に、優太と電話でも話すようになり、回数を重ねていくうちに、堅苦しい敬語は使わなくなって、自然な感じで話せるようになった。もう私たちは、菓絵さんと優太さんではない。菓絵と優太だ。
ふんふん♪
金曜日の夜、優太が私のお絵描き教室に来てくれた。今日は手ぶらではなく、カメラと三脚を持っている。
「さっそくだけど、先週の土曜日に撮った写真を見てみてね」
「うん。見てみるね」
自信ありげな表情を浮かべている優太から、写真の入った封筒を受け取り、ずっと楽しみにしていた写真を真っ先に見てみた。オレンジ色の夕焼け空に向かって紙飛行機を飛ばしている私の姿も真っ白い紙飛行機の姿もくっきり写っている。私は写真には詳しくないけど、優太が撮影した写真はとても煌びやかで、美術館に展示してもいいくらいの芸術作品だと思う。
「優太は、写真を撮るのが本当に上手だね」
「いやあ、被写体とカメラの性能のおかげだよ」
私に褒められた優太は、自慢の一眼レフカメラを持って照れくさそうにしていた。
「そんなに謙遜することないのに。優太の絵を持ってくるから、ちょっと待っててね」
私は立ち上がって寝室に行き、オレンジ色の空の下の笑顔の紙飛行機の絵を持ってリビングに戻り、「じゃじゃじゃじゃーん!」と言って、優太に見せてみた。
「すごく躍動感のある絵だね。こんなに素敵な絵を描いてくれて、どうもありがとう」
ものすごく嬉しそうにしている優太。これだけ喜んでもらえると、夜遅くまで頑張って描いた甲斐があるというものだ。
「菓絵おばちゃん、こんばんは」
優太とリビングで寛いでいるうちに、お絵描き教室の子供たちが続々と集まってきた。
今日の生徒は、先週に引き続き、小学六年生の由香里ちゃん。小学五年生の千早ちゃんと奈津美ちゃん。小学四年生の武くん。小学三年生の有美ちゃんと浩二くん。小学二年生の直也くん。風邪が治って、私のお絵描き教室に復帰してくれた小学四年生の葵ちゃん。大人の優太おじちゃんとの九名。
「絵を描いた後に、お絵描き教室の子供たちの写真を撮ってもいいかな?」
「うん。撮ってあげて。みんなすごく喜ぶと思うわよ」
この日の優太おじちゃんは、とてもご機嫌な様子で、夕焼け空の絵を描いた後に、お絵描き教室の子供たちの写真を撮り始めてくれた。どの子も笑顔で喜んでいる。
「みんなで一緒に写ろう」
「そうね。みんなで一緒に写りましょう」
優太おじちゃんの提案で、みんなで写真に写ることになり、大急ぎでソファーを隅に寄せて部屋を広くして、みんなで壁際に並んだ。前の列が、直也くんと有美ちゃんと浩二くんと葵ちゃん。後ろの列が、由香里ちゃんと奈津美ちゃんと千早ちゃんと私こと菓絵おばちゃん。
「十秒後に、カメラのシャッターの音が鳴るからね」
セルフタイマーをセットした優太おじちゃんは、由香里ちゃんの隣に立った。私の隣に立っている千早ちゃんがカメラに向かってVサインをしていたので、私もカメラに向かってVサインをしてみた。
五、四、三、ニ、一、パシャ! 優太おじちゃんのカメラのシャッター音は、何回聞いても飽きない。
「菓絵おばちゃんと優太おじちゃんの写真を撮ってあげようか」
千早ちゃんがにこにこと微笑みながら言ってきた。
「う、うん」
私はちょっと恥ずかしかったけど、笑顔で頷いて返事をした。
「優太おじちゃん、どのボタンを押せばいいの?」
「このボタンを押してもらえるかな」
「うん。わかった。このボタンを押せばいいんだね」
優太おじちゃんに写真の撮り方を教えてもらった千早ちゃんは、とっても嬉しそうにしながらカメラのファインダーを覗き込み、「菓絵おばちゃん、優太おじちゃんと腕を組んでみて」と私に言ってきた。お絵描き教室の子供たち全員が私のことを見つめている。
「う、うん」
私はすごく恥ずかしかったけど、お絵描き教室の生徒から、カメラウーマンに変身した千早ちゃんに言われたとおり、優太おじちゃんと腕を組んでみた。
「そ、そそ、そういえば、腕を組むのは初めてだね」
私と腕を組んでいる優太おじちゃんも恥ずかしそうにしている。
「それじゃあ、カメラのボタンを押すね。はい、チーズ」
パシャ! パシャ! パシャ! パシャ! パシャ! 五回も……。カメラウーマンに変身したままの千早ちゃんが撮ってくれたカメラのシャッター音は、恥ずかしさと嬉しさを足して割ったような、なんとも言えない複雑な音だった。
「私も撮ってみたい!」
「あたしにも撮らせて!」
「僕にも撮らせて!」
みんな写真撮影に興味を持ったのか、お絵描き教室の子供たちが一斉に千早ちゃんの周りに集まった。どの子もカメラに触りたくて仕方ないといった様子。
「みんな一列に並んで、一人ずつカメラのボタンを押してもらえるかな」
「はーい!」
優太おじちゃんの指示に従ってくれたお絵描き教室の子供たちは、私と優太おじちゃんの方に向いたままになっているカメラのボタンを、一人ずつ順番で押してくれた。
「みんなどうもありがとう」
「菓絵おばちゃん、優太おじちゃん、どう致しまして」
声を揃えて言ってくれたお絵描き教室の子供たちの明るい笑顔を見ていて、私も写真を撮りたくなってきた。お絵描き教室の先生から、カメラウーマンに変身だ。
「私も写真を撮ってもいいかな?」
「うん。いっぱい撮ってあげて」
優太おじちゃんに写真の撮り方を教えてもらい、私もお絵描き教室の子供たちにカメラを向けてみた。由香里ちゃんも千早ちゃんも奈津美ちゃんも武くんも有美ちゃんも浩二くんも直也くんも葵ちゃんも、笑顔で私を見つめている。
「それじゃあ、撮るわよ。はい、チーズ」
パシャ! 絵も写真もアート。笑顔もアート。私は写真を撮ることの楽しさを覚えるとともに、笑顔という素敵な芸術作品の素晴らしさを改めて実感した。
「今日は、このままみんなで写真を撮り合いましょう」
「はーい!」
私の呼び掛けにより、お絵描き教室の子供たちが一斉に私の周りに集まってきた。どの子も手を伸ばしてカメラに触ろうとしている。優太おじちゃんの大切なカメラが壊れたら大変なので、じゃんけんで順番を決めてもらうことにした。
「じゃんけんぽん! あいこでしょ! じゃんけんぽん! あいこでしょ!」
八人でじゃんけんをすると、なかなか勝負がつかない。
「じゃんけんぽん!」
「やった! 私の勝ちだね!」
白熱したじゃんけん大会の結果、一番手は奈津美ちゃんに決まった。
「うっきっきー」
「ちょっと千早、その変な顔は何よ。せっかく写真を撮ってるんだから、そんなにふざけないでよね」
「ふざけてなんかいないよう。お猿さんのモノマネをしてみたんだよう」
「お猿さんのモノマネだったの? ぜんぜん似てなかったわよ」
「似てるよう。じゃあ、もう一度、やってあげるね」
「あたしもお猿さんのモノマネをする!」
「僕もお猿さんのモノマネをする!」
千早ちゃんのモノマネに触発されたのか、武くんと有美ちゃんもお猿さんのモノマネを始めた。
「うっきっきー。うっきっきー。あはははは!」
今夜も明るい笑い声で溢れている私のお絵描き教室。子供たちの明るい笑顔を間近で見ていると、ものすごく幸せな気持ちになれる。私はもっと多くの子供たちと触れ合っていきたい。笑顔という素敵な芸術作品を写真に収めていきたい。お絵描き教室の生徒を新たに募集してみることにして、優太おじちゃんが持っているような一眼レフカメラを買うことに決めた。思い立ったらすぐに行動だ。
土曜日の午前中、商店街にある電器屋さんに優太と一緒に行って、私も一眼レフカメラを買ってみた。駄菓子屋の店内を改装するために、こつこつ貯めてきた貯金を切り崩して買った一眼レフカメラの値段は、七万九千八百円。私はこんなに高価な買い物をしたのは初めてだ。大切に大切に使っていかなければならない。
「菓絵ちゃんには、いつもお世話になってるから、写真のフィルムを三十本とカメラの乾電池を五十個おまけしておくね」
電器屋さんのおじさんが、にこにこと微笑みながら私に言ってくれた。こういうラッキーなことがあるから、私は地元の商店街で買うようにしている。
「おまけしてくださって、ありがとうございました」
気前のいい電器屋さんのおじさんにお礼を言って外に出た。一眼レフカメラの入った紙袋を持った手が震えている。
「袋を持ってあげるね」
「うん。どうもありがとう」
私の気持ちを察知してくれたのか、優太が一眼レフカメラの入った袋を持ってくれた。常日頃から、カメラに慣れ親しんでいる優太なら、どんなことがあっても絶対に落とさないと思う。
「ねえ、優太。このまま私の買い物に付き合ってもらえないかな」
「いいよ。買い物に行こう」
笑顔で返事をしてくれた優太と私の行きつけの文具屋さんに行き、お絵描き教室を運営していく上で必要な画材をまとめて購入して、いつものラーメン屋さんで食事をして帰ってきた。出費が重なってしまったため、駄菓子屋の店内を改装する日は遠退いてしまったけど、お絵描き教室の子供たちの喜ぶ姿を思い浮かべると、頑張って働いていこうという気持ちになれる。
「菓絵のカメラは、僕のカメラより性能が良さそうだね」
優太はものすごくご機嫌な様子で、カメラの知識を持っていない私に、一眼レフカメラの使い方を丁寧に教えてくれた。
パシャ! パシャ! パシャパシャパシャ! 私は嬉しさのあまり、優太の写真を撮りまくってしまった。
「菓絵の写真を撮ってもいいかな?」
「うん。撮ってみて」
自分のカメラで自分の写真を撮られる。私はなんだか恥ずかしくなって、優太が私の写真を撮ってくれている間に、お絵描き教室の生徒、新規募集の貼り紙を作成して、駄菓子屋のシャッターと店内の壁に貼ってみた。一人でも多くの子が、私のお絵描き教室に入ってくれることを願いながら。
お絵描き教室の生徒を新たに募集します。絵を描くことが好きな子や絵を描くことに興味のある子はどんどん参加してね。月謝は無料で、駄菓子は食べ放題だよ。