空の下の笑顔の樹
お絵描き教室の生徒を募集したことで、小学一年生から小学六年生までの八名もの子供たちが新たに入ってくれた。私のお絵描き教室の生徒は、大人の優太おじちゃんを含めて総勢十七名。お絵描き教室として使用しているリビングが、おしくらまんじゅう状態になっている。
「菓絵おばちゃん、絵を描く場所がないよう」
「ごめんごめん。すぐに絵を描く場所を作るから、ちょっと待っててね」
生徒数が一気に増えたので、二回に分けて教えていこうかと思ったけど、みんなで一緒に絵を描いていけるように、私の寝室も開放して、お絵描き教室として使用していくことにした。
「菓絵おばちゃん、ここは何色で塗ったらいいと思う?」
「唯ちゃんの好きな色で塗ればいいのよ」
「うん。じゃあ、オレンジ色で塗ってみる」
「菓絵おばちゃん、ここはどうやって描けばいいの?」
「もう少し、線を細かく描くようにして、あとは有美ちゃんの描きたいように描いていけばいいのよ」
「うん。わかった。描いてみる」
「菓絵おばちゃん、空にハート型の雲を描いてもいいですか?」
「優太おじちゃんが恥ずかしくないのなら、描いてもいいですよ」
「恥ずかしいですけど、描いてみます」
私のお絵描き教室にずっと通い続けてくれている子供たちも、新たに入ってくれた子供たちも、優太おじちゃんも、とっても楽しそうに絵を描いている。私はリビングと寝室を行き来しながら、お絵描き教室の子供たちの笑顔を写真に収めていった。
チラシを配ってから二ヶ月、私の駄菓子屋の定休日変更が街の人たちに知れ渡ったようだ。土曜日に来店してくれていたお客さんは、日曜日に来店してくれるようになり、レディースデー作戦が功を奏したのか、女性客も増えてきて、新たな常連さんも増えてきた。このままの調子で売り上げが伸びていけば、駐車場の賃貸収入は全て貯金に回せるようになって、駄菓子屋の店内を改装できる日が来るかもしれない。とはいっても、油断は禁物だ。節約を忘れずに、これまで以上に切磋琢磨して、一人でも多くのお客さんが来店してくれるように、これからも笑顔で頑張っていかなければならない。
クリスマスもお正月もバレンタインデーもホワイトデーも優太と一緒に過ごし、公私共に順調な毎日を送っているうちに、季節は春から夏へと移り変わっていった。
今年も梅雨明けと同時に、みんみん蝉の鳴き声が聞こえてくるようになった。蝉の鳴き声にプール帰りの子供たちにカキ氷に扇風機に蚊取り線香に花火に麦わら帽子といった夏の風物詩。私が駄菓子屋を切り盛りするようになってから、三回目の夏。
「今日子さん、こんにちは。いらっしゃい。だいぶ暑くなってきましたね」
「そうね。今年の夏は去年より暑くなるみたいよ。菓絵ちゃんの麦わら帽子は、涼しそうでいいわね」
「この麦わら帽子は、通気性が良くて肌触りも良いので、すごく被りやすいんです」
「素材の良い麦わら帽子なのね。私も菓絵ちゃんが被っているような麦わら帽子を買ってみようかな」
「ぜひ買ってみてください。麦わら帽子姿の今日子さんの絵を描いてあげますね」
「わあ、すごく嬉しいな。今日は、アイスクリームとラムネを買うわね」
「お買い上げ、ありがとうございます」
三ヶ月程前から、私の駄菓子屋に足を運んでくれるようになった今日子さんは、とても気さくな人柄で、来店する度にいろんな話をしてくれる。
今日は、彼氏さんと行った旅行の話を聞かせてくれた。狭い世界で暮らしている私にとっては刺激的な話。
「今日も長居しちゃったわね」
「いいんですよ。またお話を聞かせてくださいね」
「うん。どうもご馳走様。それじゃあ、またね」
「はい。またです」
今日子さんが帰った後、麦わら帽子を脱いで、駄菓子の軒先にあるベンチの上に置いてみた。買った日からずっと被ってきた麦わら帽子。少し痛んできている。私がおばあちゃんになっても被れるように、これからも大切に扱っていこうと思った。
七月下旬の金曜日の夜、お絵描き教室の子供たちと優太おじちゃんと私の家の庭で花火大会をしていたとき、「急な話なんだけど、来週の土曜日に、みんなで秘密の丘に行ってみない?」と優太おじちゃんが提案してくれた。私は快諾して、ハイキングの参加者を募ってみたところ、みんな笑顔で行ってみたいと言ってくれた。決まったらすぐに行動だ。
保護者の同意を得るため、お絵描き教室の子供たちの家に電話を掛けて、ハイキングのことを説明してみたところ、どの保護者もいいと言ってくれた。
お絵描き教室の子供たちが帰った後、優太と話し合い、みんなで麦わら帽子を被っていこうということになった。
土曜日の午前中、お絵描き教室の子供たちの麦わら帽子を買うため、私と優太とで駅前の商店街にある帽子屋さんに行ってみた。
「子供用の麦わら帽子が十六個欲しいんですが、在庫はありますでしょうか?」
「じゅじゅ、十六個もかい?」
帽子屋さんのおじさんは驚いた顔をしていた。子供用の麦わら帽子を一度に十六個も買う人はそう滅多にいないのだと思う。
「はい。十六個欲しいんです」
「大人用の麦わら帽子ならあるんだけど、子供用の麦わら帽子はそんなにないなあ。帽子問屋から取り寄せれば用意できるよ。カタログを見てみるかい?」
「はい。カタログを見せてください」
帽子屋さんのおじさんが手渡してくれたカタログには、どれにすればいいのか迷ってしまうほど、いろんなデザインの麦わら帽子が掲載されている。
「優太は、どの麦わら帽子がいいと思う?」
「これだけあると迷っちゃうね。菓絵の好きなデザインの麦わら帽子を選んでみて」
「うん。じゃあ、私が選ぶわね」
女の子は、オレンジ色のテープリボン付きの麦わら帽子。男の子は、青色のテープリボン付きの麦わら帽子。我ながら、ナイスチョイスだと思う。
「この麦わら帽子を十個と、この麦わら帽子を六個ください。在庫はありますでしょうか?」
「あると思うよ。帽子問屋に問い合わせてみるから、ちょっと待っててね」
帽子屋さんのおじさんが電話を掛けている間に、麦わら帽子の代金を頭の中で計算してみた。四万七千六百八十円。急な出費だけど、優太が半分出してくれるし、お絵描き教室の子供たちの喜ぶ姿を思い浮かべると、痛くも痒くもなんともない。
「在庫はあるみたいだよ。届き次第、菓絵ちゃんの家に持っていくね」
「はい。よろしくお願いします」
十六個の麦わら帽子の代金を、私と優太で半分ずつ出し合い、嬉しそうにしている帽子屋さんのおじさんに手渡した。
「こんなにたくさん買ってくれて、本当にありがとう。今日は店仕舞いしてもいいくらいだよ。子供用の麦わら帽子を十六個も買って、どうするんだい?」
「私のお絵描き教室の子供たちにプレゼントするんです」
「そうかい。菓絵ちゃんは子供好きだからね。お礼として、この麦わら帽子をプレゼントするよ」
帽子屋さんのおじさんがプレゼントしてくれた麦わら帽子は、赤ちゃんが被るような小さなサイズの麦わら帽子だった。
「とっても可愛らしい麦わら帽子ですね。どうもありがとうございます」
「余計なお世話かもしれないけど、二人の間に子供が出来たら、その麦わら帽子を被せてあげてね」
「あ、はい」
私はものすごく恥ずかしくなった。優太も恥ずかしそうにしている。優太と付き合い始めてから、再来月の上旬で丸一年。私の知らないうちに、私と優太が付き合っていることが街の人たちに知れ渡ってしまったようだ。
週明けの火曜日の午後、いつものように駄菓子屋の店番をしていたとき、帽子屋さんのおじさんが、お絵描き教室の子供たちの麦わら帽子を届けに来てくれた。
「また麦わら帽子が必要になったら、いつでも来ておくれ」
「はい。届けてくださって、ありがとうございました」
私はすぐにダンボール箱を開けて、十六個の麦わら帽子を取り出してみた。カタログで見たよりもオシャレで可愛らしい。女の子と男の子とではテープリボンの色は違うけど、全て同じデザインの麦わら帽子なので、一目で見分けがつくように、テープリボンの後ろ側に、お絵描き教室の子供たちの名前の刺繍を入れてみた。早く来い来い金曜日。
ハイキング前日の金曜日の夜、お絵描き教室の子供たちに麦わら帽子をプレゼントしたところ、どの子も飛び跳ねながら喜んでくれて、麦わら帽子を被ったまま絵を描いてくれた。こんなに喜んでもらえると、買った甲斐があるというものだ。
テレビの天気予報では、明日は曇り時々雨の予報。せっかくみんなでハイキングに行くのだから、何がなんでも晴れてほしい。お絵描き教室の子供たちと優太おじちゃんにてるてる坊主を作ってもらい、紙飛行機を折ってもらった。
「紙はまだまだいっぱいあるから、もっといろんな形の紙飛行機を折ってみてね」
「はーい!」
夢中な様子で紙飛行機を折っているお絵描き教室の子供たち。十八個もの麦わら帽子と可愛らしいてるてる坊主。私の家を飛び出しての課外授業。青空の下でのお絵描き大会に紙飛行機大会。夏休みの良い思い出になってくれればいいと思う。
「菓絵おばちゃん、絵を描く場所がないよう」
「ごめんごめん。すぐに絵を描く場所を作るから、ちょっと待っててね」
生徒数が一気に増えたので、二回に分けて教えていこうかと思ったけど、みんなで一緒に絵を描いていけるように、私の寝室も開放して、お絵描き教室として使用していくことにした。
「菓絵おばちゃん、ここは何色で塗ったらいいと思う?」
「唯ちゃんの好きな色で塗ればいいのよ」
「うん。じゃあ、オレンジ色で塗ってみる」
「菓絵おばちゃん、ここはどうやって描けばいいの?」
「もう少し、線を細かく描くようにして、あとは有美ちゃんの描きたいように描いていけばいいのよ」
「うん。わかった。描いてみる」
「菓絵おばちゃん、空にハート型の雲を描いてもいいですか?」
「優太おじちゃんが恥ずかしくないのなら、描いてもいいですよ」
「恥ずかしいですけど、描いてみます」
私のお絵描き教室にずっと通い続けてくれている子供たちも、新たに入ってくれた子供たちも、優太おじちゃんも、とっても楽しそうに絵を描いている。私はリビングと寝室を行き来しながら、お絵描き教室の子供たちの笑顔を写真に収めていった。
チラシを配ってから二ヶ月、私の駄菓子屋の定休日変更が街の人たちに知れ渡ったようだ。土曜日に来店してくれていたお客さんは、日曜日に来店してくれるようになり、レディースデー作戦が功を奏したのか、女性客も増えてきて、新たな常連さんも増えてきた。このままの調子で売り上げが伸びていけば、駐車場の賃貸収入は全て貯金に回せるようになって、駄菓子屋の店内を改装できる日が来るかもしれない。とはいっても、油断は禁物だ。節約を忘れずに、これまで以上に切磋琢磨して、一人でも多くのお客さんが来店してくれるように、これからも笑顔で頑張っていかなければならない。
クリスマスもお正月もバレンタインデーもホワイトデーも優太と一緒に過ごし、公私共に順調な毎日を送っているうちに、季節は春から夏へと移り変わっていった。
今年も梅雨明けと同時に、みんみん蝉の鳴き声が聞こえてくるようになった。蝉の鳴き声にプール帰りの子供たちにカキ氷に扇風機に蚊取り線香に花火に麦わら帽子といった夏の風物詩。私が駄菓子屋を切り盛りするようになってから、三回目の夏。
「今日子さん、こんにちは。いらっしゃい。だいぶ暑くなってきましたね」
「そうね。今年の夏は去年より暑くなるみたいよ。菓絵ちゃんの麦わら帽子は、涼しそうでいいわね」
「この麦わら帽子は、通気性が良くて肌触りも良いので、すごく被りやすいんです」
「素材の良い麦わら帽子なのね。私も菓絵ちゃんが被っているような麦わら帽子を買ってみようかな」
「ぜひ買ってみてください。麦わら帽子姿の今日子さんの絵を描いてあげますね」
「わあ、すごく嬉しいな。今日は、アイスクリームとラムネを買うわね」
「お買い上げ、ありがとうございます」
三ヶ月程前から、私の駄菓子屋に足を運んでくれるようになった今日子さんは、とても気さくな人柄で、来店する度にいろんな話をしてくれる。
今日は、彼氏さんと行った旅行の話を聞かせてくれた。狭い世界で暮らしている私にとっては刺激的な話。
「今日も長居しちゃったわね」
「いいんですよ。またお話を聞かせてくださいね」
「うん。どうもご馳走様。それじゃあ、またね」
「はい。またです」
今日子さんが帰った後、麦わら帽子を脱いで、駄菓子の軒先にあるベンチの上に置いてみた。買った日からずっと被ってきた麦わら帽子。少し痛んできている。私がおばあちゃんになっても被れるように、これからも大切に扱っていこうと思った。
七月下旬の金曜日の夜、お絵描き教室の子供たちと優太おじちゃんと私の家の庭で花火大会をしていたとき、「急な話なんだけど、来週の土曜日に、みんなで秘密の丘に行ってみない?」と優太おじちゃんが提案してくれた。私は快諾して、ハイキングの参加者を募ってみたところ、みんな笑顔で行ってみたいと言ってくれた。決まったらすぐに行動だ。
保護者の同意を得るため、お絵描き教室の子供たちの家に電話を掛けて、ハイキングのことを説明してみたところ、どの保護者もいいと言ってくれた。
お絵描き教室の子供たちが帰った後、優太と話し合い、みんなで麦わら帽子を被っていこうということになった。
土曜日の午前中、お絵描き教室の子供たちの麦わら帽子を買うため、私と優太とで駅前の商店街にある帽子屋さんに行ってみた。
「子供用の麦わら帽子が十六個欲しいんですが、在庫はありますでしょうか?」
「じゅじゅ、十六個もかい?」
帽子屋さんのおじさんは驚いた顔をしていた。子供用の麦わら帽子を一度に十六個も買う人はそう滅多にいないのだと思う。
「はい。十六個欲しいんです」
「大人用の麦わら帽子ならあるんだけど、子供用の麦わら帽子はそんなにないなあ。帽子問屋から取り寄せれば用意できるよ。カタログを見てみるかい?」
「はい。カタログを見せてください」
帽子屋さんのおじさんが手渡してくれたカタログには、どれにすればいいのか迷ってしまうほど、いろんなデザインの麦わら帽子が掲載されている。
「優太は、どの麦わら帽子がいいと思う?」
「これだけあると迷っちゃうね。菓絵の好きなデザインの麦わら帽子を選んでみて」
「うん。じゃあ、私が選ぶわね」
女の子は、オレンジ色のテープリボン付きの麦わら帽子。男の子は、青色のテープリボン付きの麦わら帽子。我ながら、ナイスチョイスだと思う。
「この麦わら帽子を十個と、この麦わら帽子を六個ください。在庫はありますでしょうか?」
「あると思うよ。帽子問屋に問い合わせてみるから、ちょっと待っててね」
帽子屋さんのおじさんが電話を掛けている間に、麦わら帽子の代金を頭の中で計算してみた。四万七千六百八十円。急な出費だけど、優太が半分出してくれるし、お絵描き教室の子供たちの喜ぶ姿を思い浮かべると、痛くも痒くもなんともない。
「在庫はあるみたいだよ。届き次第、菓絵ちゃんの家に持っていくね」
「はい。よろしくお願いします」
十六個の麦わら帽子の代金を、私と優太で半分ずつ出し合い、嬉しそうにしている帽子屋さんのおじさんに手渡した。
「こんなにたくさん買ってくれて、本当にありがとう。今日は店仕舞いしてもいいくらいだよ。子供用の麦わら帽子を十六個も買って、どうするんだい?」
「私のお絵描き教室の子供たちにプレゼントするんです」
「そうかい。菓絵ちゃんは子供好きだからね。お礼として、この麦わら帽子をプレゼントするよ」
帽子屋さんのおじさんがプレゼントしてくれた麦わら帽子は、赤ちゃんが被るような小さなサイズの麦わら帽子だった。
「とっても可愛らしい麦わら帽子ですね。どうもありがとうございます」
「余計なお世話かもしれないけど、二人の間に子供が出来たら、その麦わら帽子を被せてあげてね」
「あ、はい」
私はものすごく恥ずかしくなった。優太も恥ずかしそうにしている。優太と付き合い始めてから、再来月の上旬で丸一年。私の知らないうちに、私と優太が付き合っていることが街の人たちに知れ渡ってしまったようだ。
週明けの火曜日の午後、いつものように駄菓子屋の店番をしていたとき、帽子屋さんのおじさんが、お絵描き教室の子供たちの麦わら帽子を届けに来てくれた。
「また麦わら帽子が必要になったら、いつでも来ておくれ」
「はい。届けてくださって、ありがとうございました」
私はすぐにダンボール箱を開けて、十六個の麦わら帽子を取り出してみた。カタログで見たよりもオシャレで可愛らしい。女の子と男の子とではテープリボンの色は違うけど、全て同じデザインの麦わら帽子なので、一目で見分けがつくように、テープリボンの後ろ側に、お絵描き教室の子供たちの名前の刺繍を入れてみた。早く来い来い金曜日。
ハイキング前日の金曜日の夜、お絵描き教室の子供たちに麦わら帽子をプレゼントしたところ、どの子も飛び跳ねながら喜んでくれて、麦わら帽子を被ったまま絵を描いてくれた。こんなに喜んでもらえると、買った甲斐があるというものだ。
テレビの天気予報では、明日は曇り時々雨の予報。せっかくみんなでハイキングに行くのだから、何がなんでも晴れてほしい。お絵描き教室の子供たちと優太おじちゃんにてるてる坊主を作ってもらい、紙飛行機を折ってもらった。
「紙はまだまだいっぱいあるから、もっといろんな形の紙飛行機を折ってみてね」
「はーい!」
夢中な様子で紙飛行機を折っているお絵描き教室の子供たち。十八個もの麦わら帽子と可愛らしいてるてる坊主。私の家を飛び出しての課外授業。青空の下でのお絵描き大会に紙飛行機大会。夏休みの良い思い出になってくれればいいと思う。