空の下の笑顔の樹
 私たちの願いが空さんに届いたのだろうか。テレビの天気予報は見事に外れ、朝から青空が広がっていた。私の部屋はサウナ状態だけど、外は心地よい風が吹いている。今日は絶好のハイキング日和。
「菓絵おばちゃん、優太おじちゃん、おはようございます」
「みんなおはよう。お弁当と水筒とお絵描きセットと紙飛行機を持ってきた?」
「はーい! 持ってきました!」
「麦わら帽子が風に飛ばされないように、あご紐を首に掛けてね」
「はーい! あご紐を首に掛けまーす!」
 列の先頭は優太おじちゃん。中間がお絵描き教室の子供たち。最後尾が私こと菓絵おばちゃん。まるで遠足の引率の先生になった気分。
「それじゃあ、出発しましょう。秘密の丘を目指してレッツゴー」
 九時過ぎに私の家を出発して、みんなで電車に乗り込み、いつもの駅で降りて、お絵描き教室の子供たちに水分補給をさせながら歩いていき、十一時過ぎに秘密の丘の上に到着した。雨は一粒も落ちてこない。ずっと青空のままだ。自分たちに都合のいい考え方だと思うけど、私たちの様子を見ている空さんが、気を利かせてくれているのだと思う。
 青空の下で、みんなで輪になってお弁当を食べて、空の下の笑顔の樹の前で集合写真を撮り、のんびり絵を描いているうちに、遠くの空がオレンジ色に染まり始めてきた。
「今から紙飛行機大会を開催します。いちばん遠くまで飛ばした子には、五円チョコを百個あげるから、みんな頑張って飛ばしてね」
「はーい! 頑張って飛ばしまーす!」
 私の合図で紙飛行機大会が始まり、お絵描き教室の子供たちがオレンジ色の夕焼け空に向かって紙飛行機を飛ばし始めた。次から次へと、いろんな形の紙飛行機が空を舞っていく。まるで紙飛行機航空ショーのように。
「やった! 奈津美の紙飛行機より遠くまで飛んだわよ! 菓絵おばちゃんから五円チョコ百個もらうのは、あたしで決まりだね」
「まだまだこれからよ。千早には絶対に負けないからね。今からとっておきの紙飛行機を飛ばすから、よく見てなさい」
 少しでも高く。少しでも遠くへ。夢中な様子で紙飛行機の飛ばしっこを競い合っているお絵描き教室の子供たち。私の目と心を存分に楽しませてくれている。優勝商品の五円チョコ百個は、お絵描き教室の子供たち全員にあげることに決めた。
「菓絵、大切な話があるから、ちょっとこっちに来てくれないかな」
 紙飛行機大会の様子を写真に収めていた優太が私に声を掛けてきた。
「すぐに行くから! ちょっと待っててね!」
 私は大きな声で返事をして、走って優太の元に駆け寄った。
「やった! 千早の紙飛行機より遠くに飛んだわよ!」
「あーあ、奈津美に追い越されちゃった。すごく悔しいから! もう一回飛ばす!」
「お姉ちゃんたちの紙飛行機より遠くに飛ばすぞ!」
 お絵描き教室の子供たちが飛ばした紙飛行機が空を舞い続けている中、空の下の笑顔の樹の下で、優太がプロポーズしてくれた。

「おじいちゃん、おばあばちゃん、今日はとても大切な報告があります。私は優太と結婚することにしました。五十年以上も仲良く連れ添ったおじいちゃんとおばあちゃんのように、私と優太も仲睦まじく暮らしていこうと思っていますので、これからも、私と優太のことを温かく見守ってくださいね」
 私の目の錯覚かもしれないけど、仏壇に飾っている祖父母の写真が微笑んでいるように見える。きっと、祝福してくれているに違いない。
「おじいちゃん、おばあちゃん、どうもありがとう」
 祖父母の仏壇に、ふ菓子とよっちゃんいかをお供えした後、実家に電話を掛けて、私の両親にも結婚報告をした。
 父は、多くは語らず、「良かったな」とだけ言ってくれて、母は、「本当におめでとう。すごく嬉しいわよ。結婚式に招待してね」と優しい声で言ってくれた。私が祖父母の駄菓子屋を引き継いでから、疎遠になっていた両親からの温かい祝福。これまでの苦労。一気にいろんな想いが溢れてきて、私は泣けてきてしまった。私に多くのものを与えてくれた優太と結婚できる。一緒に暮らすことが出来る。今まで以上に幸せになれる。

 みんなでハイキングに行った翌日の日曜日の午前中、駄菓子屋のシャッターを開ける前に、優太と話し合ってみた。
 結婚式会場は、私と優太の思い出の地である秘密の丘の上。結婚式の日取りは、九月二十二日土曜日。新婚旅行の行き先は、丘と樹が好きな優太の提案で、北海道の美瑛という町に三泊四日で行くことに決まった。青空の下でのウエディングドレス。駄菓子食べ放題パーティー。お絵描き大会に写真撮影大会に紙飛行機大会。初めての新婚旅行。想像しただけで幸せな気持ちになれる。
 結婚式会場の秘密の丘までは、大人の足でも四十分くらい掛かるので、送迎バスをチャーターすることにした。私は結婚式の招待状を、私の祖父母と両親、親戚のみなさん、学生時代の友人、インテリアデザイン会社で働いていた頃の同僚、日頃からお世話になっている街のみなさん、お絵描き教室の子供たちに送ることに決めた。
「ねえ、優太。結婚して一緒に暮らすようになってからも、駄菓子屋とお絵描き教室を続けてもいい?」
「もちろんさ。仕事が休みの日に店番を手伝うね」
 快く返事をしてくれた優太。頼りがいのあるパートナー。
「どうもありがとう」
 私は優太の顔を見つめながら考えて、結婚式を挙げた後、駄菓子屋の店内とリビングを改装することに決めた。
 駄菓子屋の店内は、小さな子供からお年寄りの方まで、男性でも女性でも、誰でも気軽に立ち寄れるような明るい雰囲気の内装。リビングは、お絵描き教室の子供たちが喜びそうなメルヘンチックな雰囲気の内装。
 
 目指せ! 日本一の駄菓子屋のおばちゃん! 
 目指せ! 日本一のお絵描き教室のおばちゃん!
 目指せ! 日本一のおしどり夫婦!
 
 私の夢は、大きく膨らむばかり。

「菓絵おばちゃん、こんにちは。みんなで五円チョコをもらいに来たよ」





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