空の下の笑顔の樹
ふんふん♪
結婚式の十日前の夜、優太に内緒で空の下の笑顔の樹の下にタイムカプセルを埋めるために、私一人だけで秘密の丘に登った。時間が遅いせいか、人の気配は全くない。秘密の丘はひっそりと静まり返っている。私の耳に聞こえてくるのは、秋の訪れを告げる鈴虫の鳴き声だけ。
「こんばんは。夜分にお邪魔します」
月明かりの下で麦わら帽子を脱いで、リュックサックを肩から降ろし、いつものように空の下の笑顔の樹に挨拶してみた。今日も幹の表面の模様が優しく微笑んでいるかのように見える。
こんばんは。いらっしゃい。今日は、一人なんだね。
どこからか、とっても優しい感じの声が聞こえてきた。空耳ではなく、はっきりと聞こえた。以前に何度か聞こえてきた声と同じ声だ。秘密の丘の上には私しかいない。今の声は誰の声だったのだろう。気になって気になって仕方がない私は、不思議な声の正体を突き止めるため、耳を研ぎ澄ませてみた。
その様子だと、優太くんはまだ君に話していないみたいだね。また驚かせてしまって、本当にごめんね。
不思議な声は、私のすぐ目の前に立っている空の下の笑顔の樹の方から聞こえてきた。確かに、「優太くん」と言っていた。決して空耳などではなく、はっきりと聞き取ることが出来た。不思議な声の正体は、空の下の笑顔の樹なのだろうか。他に見当はつかない。私は不思議に思いながらも、空の下の笑顔の樹に話し掛けてみることにした。
「あの、私に話し掛けてくれたのは、空の下の笑顔の樹さんですか?」
「そうだよ。優太くんが君に話すまでは、話し掛けないでおこうと思っていたんだけど、今日は我慢できずに、ついつい話し掛けてしまったのさ」
不思議なことに、私が話し掛けたらすぐに返事が返ってきた。とても流暢な語り口で、私の質問に答えてくれた空の下の笑顔の樹さん。声の感じや話し方から察すると、少年のような感じがする。なぜ樹が人と話せるのか。なぜ私が樹と話せるのか。ものすごく不思議に感じたけど、このまま空の下の笑顔の樹さんと会話を続けてみることにした。
「やっぱり、私に話し掛けてくれたのは、空の下の笑顔の樹さんだったんですね」
「そうだよ。やっと理解してくれたようだね」
「空の下の笑顔の樹さんが人と話せるなんて思ってもいなかったので、誰の声なのか気づくまでに時間が掛かりました」
「まあ、樹が話すなんて信じられないだろうから、不思議に思うのは当たり前だよね」
私は本当に空の下の笑顔の樹さんと会話をしている。自分でも信じられない。でも、なんだかすごく楽しい。
「さっきの話に戻りますが、優太も空の下の笑顔の樹さんと話せるんですか?」
「うん。優太くんも話せるよ」
「そうだったんですか。優太はなぜ、空の下の笑顔の樹さんと話せることを、私に言わなかったのでしょうか?」
「んんー。優太くんの胸の内はわからないから、何とも言えないんだけど、樹と話せるなんて言ったら、変な人だと思われて、君に嫌われてしまうと思ったんじゃないかな。だから、君に言わなかったのだと思うよ」
「なるほど。言われてみれば、そうかもしれませんね。私も空の下の笑顔の樹さんと話せることを、今すぐにでも優太に伝えたいところですが、優太が私に話してくれるまで待つことにします」
「うん。それがいいと思うよ」
「質問ばかりで申し訳ないんですが、空の下の笑顔の樹さんと話せる人は、優太と私以外にもいるんですか?」
「今のところ、優太くんと君しかいないよ」
「そうなんですか。どうして優太と私だけが、空の下の笑顔の樹さんと話せるのでしょうか?」
「こんな素朴な樹に、名前を付けて呼んでくれる人なんて、優太くんと君くらいしかいないし、優太くんも君も、純粋で素直な心を持っているからだと思うよ」
「純粋で素直な心ですか。それでしたら、私のお絵描き教室の子供たちも、空の下の笑顔の樹さんと話せるかもしれないですね」
「うん。君のお絵描き教室の子供たちも話せると思うよ」
「結婚式が終わった後にでも、お絵描き教室の子供たちに話してみます。空の下の笑顔の樹さん以外の樹も、人と話せるんですか?」
「んんー、どうなんだろうねえ。ここから動いたことがないから、他の樹も人と話せるのかはわからないな」
「帰りに他の樹にも話し掛けてみますね」
「うん。話し掛けてみるといいよ。話は変わるけど、優太くんと結婚することになったんだってね」
「あ、はい」
「おめでとう」
「ありがとうございます。空の下の笑顔の樹さんは、どうして私と優太が結婚することを知ってるんですか?」
「優太くんが君にプロポーズしたところを見ていたからさ」
「あ、なるほど。そういうことでしたか。十日後の土曜日に、この丘で結婚式を挙げる予定なんですが、いいですか?」
「いいよ。今日は、結婚式会場の下見に来たのかい?」
「下見ではなくて、空の下の笑顔の樹さんの下に、タイムカプセルを埋めるために来たんです」
「そうだったのかい」
「はい。空の下の笑顔の樹さんの下に、タイムカプセルを埋めてもいいですか?」
「いいよ。根っこを傷つけないようにしておくれ」
「はい。そんなに深く掘りませんし、優しく掘るようにしますので、安心してください」
空の下の笑顔の樹さんの許可を得た私は、タイムカプセルの箱を両手で持って、空の下の笑顔の樹さんに見せてみた。
「大きな箱だね。そのタイムカプセルには何が入っているんだい?」
空の下の笑顔の樹さんは、私のタイムカプセルに興味津々のようだ。
「内緒です。私と優太がおばあちゃんとおじいちゃんになってから開けますので、そのときに、空の下の笑顔の樹さんにも見せますね」
「そんなに待たないといけないんだね」
「はい。楽しみにしていてください」
懐中電灯を点けて、スコップで土を掘り返し、空の下の笑顔の樹さんの下にタイムカプセルを埋めてみた。丁寧に埋め戻したので、誰にも見つからないと思う。
「もし、私がタイムカプセルを埋めたことを忘れていたら、教えてくださいね」
「うん。必ず教えるよ」
「ありがとうございます。結婚式を挙げた後も、私と優太のことを温かく見守ってくださいね」
「うん。切り倒されない限り、ずっと見守っていくよ」
「ありがとうございます。それではそろそろ帰りますね。今週の土曜日に、優太と一緒に来ますので、そのときもよろしくお願いします」
「うん。待ってるね」
「空の下の笑顔の樹さんと話せて、とっても楽しかったです。今夜は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、どうもありがとう。すごく楽しかったよ。それじゃあ、また土曜日にね」
「はい! またです!」
私は大きな声で返事をして、リュックサックを背負って麦わら帽子を被り、秘密の丘を後にした。
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
私は鼻歌を歌いながら駅に向かって歩いていき、道路脇に立っている街路樹に話し掛けてみることにした。
「こんばんは。どうも初めまして。私は佐藤菓絵と申します。あなたも人と話せるんですか?」
「……………………」
いくら待っても返事は返ってこない。空の下の笑顔の樹さん以外の樹は、人と話せないのだろうか。
「こんばんは。どうも初めまして。私は佐藤菓絵と申します。あなたは人と話せるんですか?」
「……………………」
駅に向かって歩いている途中で、いろんな種類の樹に話し掛けてみたけど、返事が返ってくることはなかった。どうして空の下の笑顔の樹さんは、人と話せるのだろう。いくら考えてもわからない。
結婚式の十日前の夜、優太に内緒で空の下の笑顔の樹の下にタイムカプセルを埋めるために、私一人だけで秘密の丘に登った。時間が遅いせいか、人の気配は全くない。秘密の丘はひっそりと静まり返っている。私の耳に聞こえてくるのは、秋の訪れを告げる鈴虫の鳴き声だけ。
「こんばんは。夜分にお邪魔します」
月明かりの下で麦わら帽子を脱いで、リュックサックを肩から降ろし、いつものように空の下の笑顔の樹に挨拶してみた。今日も幹の表面の模様が優しく微笑んでいるかのように見える。
こんばんは。いらっしゃい。今日は、一人なんだね。
どこからか、とっても優しい感じの声が聞こえてきた。空耳ではなく、はっきりと聞こえた。以前に何度か聞こえてきた声と同じ声だ。秘密の丘の上には私しかいない。今の声は誰の声だったのだろう。気になって気になって仕方がない私は、不思議な声の正体を突き止めるため、耳を研ぎ澄ませてみた。
その様子だと、優太くんはまだ君に話していないみたいだね。また驚かせてしまって、本当にごめんね。
不思議な声は、私のすぐ目の前に立っている空の下の笑顔の樹の方から聞こえてきた。確かに、「優太くん」と言っていた。決して空耳などではなく、はっきりと聞き取ることが出来た。不思議な声の正体は、空の下の笑顔の樹なのだろうか。他に見当はつかない。私は不思議に思いながらも、空の下の笑顔の樹に話し掛けてみることにした。
「あの、私に話し掛けてくれたのは、空の下の笑顔の樹さんですか?」
「そうだよ。優太くんが君に話すまでは、話し掛けないでおこうと思っていたんだけど、今日は我慢できずに、ついつい話し掛けてしまったのさ」
不思議なことに、私が話し掛けたらすぐに返事が返ってきた。とても流暢な語り口で、私の質問に答えてくれた空の下の笑顔の樹さん。声の感じや話し方から察すると、少年のような感じがする。なぜ樹が人と話せるのか。なぜ私が樹と話せるのか。ものすごく不思議に感じたけど、このまま空の下の笑顔の樹さんと会話を続けてみることにした。
「やっぱり、私に話し掛けてくれたのは、空の下の笑顔の樹さんだったんですね」
「そうだよ。やっと理解してくれたようだね」
「空の下の笑顔の樹さんが人と話せるなんて思ってもいなかったので、誰の声なのか気づくまでに時間が掛かりました」
「まあ、樹が話すなんて信じられないだろうから、不思議に思うのは当たり前だよね」
私は本当に空の下の笑顔の樹さんと会話をしている。自分でも信じられない。でも、なんだかすごく楽しい。
「さっきの話に戻りますが、優太も空の下の笑顔の樹さんと話せるんですか?」
「うん。優太くんも話せるよ」
「そうだったんですか。優太はなぜ、空の下の笑顔の樹さんと話せることを、私に言わなかったのでしょうか?」
「んんー。優太くんの胸の内はわからないから、何とも言えないんだけど、樹と話せるなんて言ったら、変な人だと思われて、君に嫌われてしまうと思ったんじゃないかな。だから、君に言わなかったのだと思うよ」
「なるほど。言われてみれば、そうかもしれませんね。私も空の下の笑顔の樹さんと話せることを、今すぐにでも優太に伝えたいところですが、優太が私に話してくれるまで待つことにします」
「うん。それがいいと思うよ」
「質問ばかりで申し訳ないんですが、空の下の笑顔の樹さんと話せる人は、優太と私以外にもいるんですか?」
「今のところ、優太くんと君しかいないよ」
「そうなんですか。どうして優太と私だけが、空の下の笑顔の樹さんと話せるのでしょうか?」
「こんな素朴な樹に、名前を付けて呼んでくれる人なんて、優太くんと君くらいしかいないし、優太くんも君も、純粋で素直な心を持っているからだと思うよ」
「純粋で素直な心ですか。それでしたら、私のお絵描き教室の子供たちも、空の下の笑顔の樹さんと話せるかもしれないですね」
「うん。君のお絵描き教室の子供たちも話せると思うよ」
「結婚式が終わった後にでも、お絵描き教室の子供たちに話してみます。空の下の笑顔の樹さん以外の樹も、人と話せるんですか?」
「んんー、どうなんだろうねえ。ここから動いたことがないから、他の樹も人と話せるのかはわからないな」
「帰りに他の樹にも話し掛けてみますね」
「うん。話し掛けてみるといいよ。話は変わるけど、優太くんと結婚することになったんだってね」
「あ、はい」
「おめでとう」
「ありがとうございます。空の下の笑顔の樹さんは、どうして私と優太が結婚することを知ってるんですか?」
「優太くんが君にプロポーズしたところを見ていたからさ」
「あ、なるほど。そういうことでしたか。十日後の土曜日に、この丘で結婚式を挙げる予定なんですが、いいですか?」
「いいよ。今日は、結婚式会場の下見に来たのかい?」
「下見ではなくて、空の下の笑顔の樹さんの下に、タイムカプセルを埋めるために来たんです」
「そうだったのかい」
「はい。空の下の笑顔の樹さんの下に、タイムカプセルを埋めてもいいですか?」
「いいよ。根っこを傷つけないようにしておくれ」
「はい。そんなに深く掘りませんし、優しく掘るようにしますので、安心してください」
空の下の笑顔の樹さんの許可を得た私は、タイムカプセルの箱を両手で持って、空の下の笑顔の樹さんに見せてみた。
「大きな箱だね。そのタイムカプセルには何が入っているんだい?」
空の下の笑顔の樹さんは、私のタイムカプセルに興味津々のようだ。
「内緒です。私と優太がおばあちゃんとおじいちゃんになってから開けますので、そのときに、空の下の笑顔の樹さんにも見せますね」
「そんなに待たないといけないんだね」
「はい。楽しみにしていてください」
懐中電灯を点けて、スコップで土を掘り返し、空の下の笑顔の樹さんの下にタイムカプセルを埋めてみた。丁寧に埋め戻したので、誰にも見つからないと思う。
「もし、私がタイムカプセルを埋めたことを忘れていたら、教えてくださいね」
「うん。必ず教えるよ」
「ありがとうございます。結婚式を挙げた後も、私と優太のことを温かく見守ってくださいね」
「うん。切り倒されない限り、ずっと見守っていくよ」
「ありがとうございます。それではそろそろ帰りますね。今週の土曜日に、優太と一緒に来ますので、そのときもよろしくお願いします」
「うん。待ってるね」
「空の下の笑顔の樹さんと話せて、とっても楽しかったです。今夜は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、どうもありがとう。すごく楽しかったよ。それじゃあ、また土曜日にね」
「はい! またです!」
私は大きな声で返事をして、リュックサックを背負って麦わら帽子を被り、秘密の丘を後にした。
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
私は鼻歌を歌いながら駅に向かって歩いていき、道路脇に立っている街路樹に話し掛けてみることにした。
「こんばんは。どうも初めまして。私は佐藤菓絵と申します。あなたも人と話せるんですか?」
「……………………」
いくら待っても返事は返ってこない。空の下の笑顔の樹さん以外の樹は、人と話せないのだろうか。
「こんばんは。どうも初めまして。私は佐藤菓絵と申します。あなたは人と話せるんですか?」
「……………………」
駅に向かって歩いている途中で、いろんな種類の樹に話し掛けてみたけど、返事が返ってくることはなかった。どうして空の下の笑顔の樹さんは、人と話せるのだろう。いくら考えてもわからない。