空の下の笑顔の樹
「紅茶を淹れたわよ。わあ、こうやって見ると、すごい量ね」
 テーブルの上に並べられている駄菓子とおもちゃを見て、とっても嬉しそうにしているお母さんとお父さんと真奈美とあたしとの四人でテーブルを囲んだ。
「それではいただきましょう」
「いただきます!」
 お母さんの掛け声で、青山家の人々は一斉に駄菓子を食べ始めた。お父さんは、ぼーぼー太郎。お母さんは、もちもち太郎。真奈美は、つぶつぶ太郎。あたしは、チョコっと太郎。とろけるとろけるとろける。美味しすぎて、ほっぺがとろける。
「こういった感じの駄菓子は、ネットでも買うことが出来るようだが、手軽に味わえるようになって良かったな」
 ひらすら、ぼーぼー太郎を食べ続けているお父さん。ひょいぱく。ひょいぱく。ひょいぱく。
「そうね。美味しいから、ついつい食べ過ぎちゃうわね。あまり食べ過ぎると、晩ご飯が食べられなくなるから、今日はこのくらいにしておきましょうか」
 と言いながらも、もちもち太郎を口に運び続けているお母さん。ひょいぱく。ひょいぱく。ひょいぱく。
「うん。もっと食べたいけど、また明日にしておくね」
 口ではそう言ってるけど、つぶつぶ太郎を食べる手を止めない真奈美。ひょいぱく。ひょいぱく。ひょいぱく。
「ご馳走様でした。お父さんとお母さんが子供の頃に通っていた駄菓子屋さんて、あんな感じなの?」
 ご馳走様の挨拶を済ませたのに、チョコっと太郎を食べながら、お父さんに質問してるあたし。ひょいぱく。ひょいぱく。ひょいぱく。どの駄菓子も美味しすぎて、どうにもこうにも手が止まらない。
「昔の駄菓子屋は、建物が古くて、レトロな雰囲気が漂っていたんだが、だいたいあんな感じだぞ」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんも、昔の駄菓子屋さんのことをよく知ってるんだね」
「あの二人も、子供の頃に駄菓子屋に通っていたんだろう。みんなの駄菓子屋がもっと繁盛するように、家族全員で応援していこうな」
「うん。いっぱい買ってあげて、みんなの駄菓子屋さんを応援していくね」
「うちも応援する!」
「私も応援していくわよ」
 ひょいぱく。ひょいぱく。ひょいぱく。ひょいぱく。ひょいぱくと、駄菓子を食べ続けている青山家の人々は、みんなの駄菓子屋さん応援隊に変身した。
「よし、お腹が一杯になったところで、みんなでベーゴマで遊んでみるか」
 昔ながらの駄菓子を食べて、さらに機嫌が良くなった様子のお父さんは、テーブルの上に置かれている四つのベーゴマと紐を掴んで、あたしと真奈美とお母さんに一つずつ手渡してくれた。
「本当に懐かしいわね。私もベーゴマで遊んだことがあったっけな」
「お父さんとお母さんは、ベーゴマで遊んだことがあるが、美咲と真奈美は、ベーゴマに触るのも遊ぶのも初めてだろうから、紐の巻き方から教えないとな。その前に、お父さんがベーゴマを回してみるから、よく見てなさい」
 手馴れたような手つきで、銀色のベーゴマに白色の紐を巻きつけたお父さんは、素早く手首を捻って、ベーゴマをテーブルの上に投げた。
「わあ、すごい。ベーゴマって、こんなに速く回転するんだね」
 初めて見たベーゴマの回転速度の速さに、あたしは思わず驚いてしまった。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。もの凄い速さで回り続けているベーゴマ。あたしはこんなに速く回れない。
「すごいだろ。昔と比べると腕は落ちたかもしれないが、子供の頃のお父さんは、ベーゴマの名手だったんだぞ。それでな、ちょっと面白い話があるんだか、聞いてくれるか」
 とても誇らしげな表情で、昔話を始めたお父さん。「それでな」と言うときのお父さんの話はいつも長い。
「ぶうううんって、重たい音が鳴ってるよ」
 テーブルの上で回り続けているベーゴマに顔を近づけている真奈美は、珍しいものを見ると、顔を近づける癖がある。
「この音は、ベーゴマならではの独特な音でな。回転速度が速ければ速いほど、音が大きく聞こえるんだぞ。よし、美咲と真奈美にベーゴマの遊び方を教えてやろう」
 ベーゴマ回しが上手なお父さんが、ベーゴマ初体験のあたしと真奈美に糸の巻き方と回し方を教えてくれた。
「ねえねえ、お父さん。こんな感じでいいの?」
「あたしのはどう?」
「まあ、だいたいそんな感じだな。美咲も真奈美も、お父さんがやったとおりに、ベーゴマを回してみなさい」
「うん! やってみる!」
 記念すべき第一投目。なんだかドキドキしてきたあたしは、おもいっきり息を吸い込んで深呼吸をして、お父さんに教わったとおりに素早く手首を捻り、ベーゴマをテーブルの上に投げてみた。
「やった! あたしのベーゴマが回ったよ!」
 ぶううううううん。あたしが回したベーゴマは、お父さんが回したベーゴマのように、重たい音を発しながら、もの凄い速さで回転している。
「美咲は初めてなのに、ずいぶん飲み込みが早いな」
「いいなあ。うちのベーゴマちゃんは、ぜんぜん回らないよ」
 あたしの後に回した真奈美のベーゴマは、ちっとも回転せず、テーブルの上にすっ転がっている。
「お姉ちゃんに負けて悔しい。お姉ちゃんに負けて悔しい」
 あたしは一回やっただけで、ベーゴマを回せるようになったけど、真奈美は何回やっても回せるようにならず、ふてくされた様子で独り言を言っていた。
「ベーゴマは簡単に回せるように見えるだろうが、かなり奥が深いんだぞ。上手に回せるようになるには、とにかく練習あるのみだ」
「うん。諦めないで練習してみる」
 お父さんに励まされた真奈美は、鋭い目つきでベーゴマを見つめてから、手首を捻る練習を始めた。シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。なかなかの捻り具合。
「真奈美が練習してる間に、お父さんと勝負してみるか」
「うん! お父さんと勝負してみたい!」
「私も参加するわね」
「じゃあ、お父さんと美咲とお母さんとの三人で勝負だな。よし、お父さんがベーゴマの台を作ってやろう」
 ベーゴマの遊び方に詳しいお父さんが、洗面所からバケツを持ってきて、バケツの上に硬い布を敷いて、布の回りにロープを巻きつけて、ベーゴマの台を作ってくれた。
「ルールは簡単だ。最後まで回り続けて、台の上に残った者が勝ちだ。美咲は初心者だからといって、手加減しないからな」
「私も手加減しないわよ」
 やる気まんまんといった様子のお父さんとお母さん。二人とも顔がちょっと怖い。
「お姉ちゃん! がんばれ! お父さんとお母さんに負けるな!」
 いつもはライバルの真奈美だけど、今日はあたしの応援隊になってくれたようだ。
「よし、投げるぞ。せーの!」
 お父さんの掛け声で、三人で同時にベーゴマを投げた。
 ぶうううううううん。三つのベーゴマは、もの凄い速さで回転しながら近寄っていき、カチン! カチン! という金属音を立てながら、激しくぶつかり合っていて、お父さんとお母さんのベーゴマは、台の上から落下していった。
「やった! あたしの勝ちだね!」
「…………まさか、美咲が勝つとは……。悔しいから! もう一回勝負だ!」
「次は絶対に負けないわよ!」
 ベーゴマ初心者のあたしに負けてしまったお父さんとお母さんは、ものすごく悔しそうにしていて、真剣な表情でベーゴマに糸を巻きつけていた。
「よし! 投げるぞ! せーの!」
 気合の入ったお父さんの掛け声で、再び三人で同時にベーゴマを投げた。
 ぶうううううううううん。一回目と同様に、三つのベーゴマは、もの凄い速さで回転しながら近寄っていき、お父さんとお母さんのベーゴマは、あたしのベーゴマに弾かれて、台の上から落下していった。
「やった! またあたしの勝ちだね!」
「…………二回続けて美咲が勝つとは……。よし! もう一回勝負だ!」
「次こそは絶対に勝つわよ!」
 お父さんとお母さんは、そんなに負けず嫌いな性格ではないと思うけど、ベーゴマ初心者のあたしに二回連続で負けたことがショックだったのか、あたしが今まで見たことのないくらい真剣な表情で、ベーゴマに糸を巻きつけていた。
「肩に力が入り過ぎていたようだ。今度負けたら、美咲にお小遣いをやろう」
 三回連続であたしに負けるわけがないと思っているのか、お父さんが不適な笑みを浮かべている。
「いくらくれるの?」
「一回につき、百円だ」
「まあ、百円くらいならいいかもね」
 青山家の財布の紐を握っているお母さんの許可が下りて、あたしが勝ったら、お父さんから百円ずつ貰えることになり、三度、三人で同時にベーゴマを投げた。
 ぶうううううううううん。一回目と二回目と同様に、三つのベーゴマは、もの凄い速さで回転しながら近寄っていき、お父さんとお母さんのベーゴマは、あたしのベーゴマに弾かれて、台の上から落下していった。
「やった! またあたしの勝ちだね!」
 まずは百円ゲット! 心の中でガッツポーズをしたあたし。
「美咲には勝てそうもないから、私は抜けるわね」
「むう。すごく悔しい! お父さんが勝つまで勝負だ!」
 お母さんは諦めてやめてしまったけど、お父さんはムキになって、あたしに勝負を挑んできた。
「よし! 投げるぞ! せーの!」
 もの凄い形相のお父さんと対戦していき、四回目も五回目も六回目も七回目も八回目も九回目も十回目も十一回目もあたしが勝ってしまった。このままあたしが勝ち続けたら、お父さんのお小遣いが無くなってしまうので、わざと負けてあげようかと思ったけど、今はお小遣いを稼ぐ絶好のチャンスなので、絶対に手加減しないことにした。
「やった! またあたしの勝ちだね!」
 ついに千円ゲット! 心の中でおもいっきり叫んだあたし。
「…………美咲に十二回連続で負けるとは……。お父さんの腕も落ちぶれたもんだ。美咲はお父さんとお母さんに内緒で、ベーゴマをやっていたんじゃないのか?」
「ううん。ベーゴマをやったのは、今日が初めてだよ」
 あたしは手先が器用というわけではないし、運動神経が良いというわけでもない。どうしてこんなにベーゴマが強いのか、自分でも不思議なくらい。
「これ以上、美咲と勝負したら、お父さんのお小遣いが無くなってしまうから、今日は、このくらいにしておくか」
 リビングの床にすっ転がっているベーゴマを、涙目で見つめているお父さんの背中は、いつもの十分の一くらいの大きさに見える。
「お腹を空かすために、ウォーキングに行ってくるわね」
 お父さんがやめてしまったことで、ベーゴマ大会は終了し、お母さんは服を着替えて、ウォーキングに出かけていって、真奈美はみんなの駄菓子屋さんで買ってきたゴム風船で遊び始めた。





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