空の下の笑顔の樹
祖母が長年愛用していた黄色のエプロンを身にまとい、お釣り用の小銭をエプロンのポケットに入れて、お店のシャッターを開ける。暗がりから明るい場所へ。私はいつもくらっとする。
午前中は、お客さんが少ないので、裏庭の家庭菜園の手入れに励む。汗だくにならない程度に草をむしって水を撒き、お客さんが来たら、急いで手を洗ってお店に戻る。まだ夏休み期間中なので、子供のお客さんが多い。
「菓絵おばちゃん、こんにちは。今日もみんなで買いに来たよ」
「亮介くん、健太郎くん、千早ちゃん、こんにちは。いらっしゃい。いつも言ってることなんだけど、私は二十七歳なんだから、おばちゃんじゃなくて、お姉さんなのよ」
「菓絵おばちゃんは、お姉さんじゃなくて、おばちゃんだよ」
「あちゃあ、亮介くんにまたおばちゃんって呼ばれちゃった。ちょっと残念だけど、仕方ないわね。その話は別にいいとして、三人とも、また一段と日焼けしてるわね。今日もプールに行ってきたの?」
「うん。今日も三人でプールに行って泳いできたよ」
「そうだったの。いいわねえ。千早ちゃんも泳げるようになった?」
「ちょっとだけだけど、泳げるようになったよ」
「良かったわねえ。もっともっと泳げるようになるといいわね」
「うん。また明日からも頑張って練習して、もっともっと泳げるようになるんだ」
近くに小学校と中学校があるので、毎日毎日、いろんな子供たちが遊びに来てくれる。小学五年生の亮介くんと健太郎くんと千早ちゃんも、私の駄菓子屋の大切な常連さん。
「プールで泳いでお腹が減ってるでしょ? 今日は何を買ってくれるのかな?」
「アイスを買う!」
「僕もアイスを買う!」
「あたしもアイスを買う!」
いろんな種類のアイスが入っている冷蔵庫を覗き込んで、どれにしようか選んでいる子供たち。亮介くんも健太郎くんも千早ちゃんも悩んだあげく、今日も当たりくじ付きのソーダアイスを買ってくれた。
「今日もすごく暑いから、アイス日和だね」
真っ黒に日焼けした体で扇風機に当たりながら冷たいアイスを美味しそうに頬張っている子供たちの様子を間近で見ていると、私もアイスを食べたくなってくる。
「菓絵おばちゃん! またアイスが当たったよ!」
「亮介くん、おめでとう。もう一本食べてね」
「うん! もう一本食べる!」
亮介くんは幸運の持ち主なのかはわからないけど、当たりくじ付きのソーダアイスを買う度に当たっている。健太郎くんと千早ちゃんは運が無いのか、今まで一度も当たったことがない。
「菓絵おばちゃん、ベーゴマで勝負しようよ」
「今日こそは絶対に菓絵おばちゃんに勝つんだ!」
亮介くんと健太郎くんは、ベーゴマがとても上手で、いつも駄菓子を食べた後に私に勝負を挑んでくる。千早ちゃんは、ベーゴマには興味がないようだ。
「いいわよ。二人とも、遠慮なく掛かってきなさい」
私の祖父も子供の頃からベーゴマをやっていたようで、自らをベーゴマの達人と称していた。祖父母の家に越してきてからというもの、ほとんど毎日のように祖父と対戦していたので、いつの間にかベーゴマが強くなった。お客さんと私の戦績は、私の全勝。未だに負け知らず。お客さんに喜んでもらうため、わざと負けてあげようと思ったことがあるけど、手を抜いたら失礼になると思い、子供相手でも手は抜かない。そんな私に勝ちたいというお客さんがいたりで、ベーゴマ好きのお客さんも、私の駄菓子屋に通ってくれるようになった。どんなことでも商売に繫げる。祖父に叩き込まれた鉄則だ。
「亮介くん、健太郎くん、準備はいい?」
「いいよ!」
今日もやる気まんまんといった様子の亮介くんと健太郎くん。私に勝ちたいという気迫が十分に伝わってくる。
「菓絵おばちゃん! がんばれ!」
ソーダアイスをゆっくり食べている千早ちゃんは、いつも私のことを応援してくれる。
「それじゃあ、いくわよ。せーの!」
祖父が遺してくれた特製の台で、今日も亮介くんと健太郎くんと勝負してみた。
「ああ、また負けちゃった。菓絵おばちゃんは本当に強いね」
「亮介くんと健太郎くんとは経験の差が違うのよ。もっと練習しておいで」
「すごく悔しいなあ。菓絵おばちゃんに勝てるように、もっと頑張って練習する!」
また私に負けてしまった亮介くんと健太郎くんは、とても真剣な表情でベーゴマの練習を始めた。
「菓絵おばちゃん、キリンさんの絵を描いてきたから見てみて」
ソーダアイスを食べ終えた千早ちゃんが、スケッチブックを広げて見せてくれた。
「とっても可愛らしいキリンさんね。すごく上手よ」
「わーい! 菓絵おばちゃんに褒められた!」
「また何か描いたら、見せに来てね」
私は趣味を活かして、毎週金曜日の夜に自宅の一室でお絵描き教室を開いている。感性が豊かな子供たちに自分で創作することの楽しさを教えるためだ。可愛らしいキリンさんの絵を見せてくれた千早ちゃんも、私のお絵描き教室の生徒の一人で、自分で描いた絵を見せに来てくれる。大人には描けない絵。子供が描く絵はどの絵も表現力が豊かで個性的なので、見習う部分がたくさんある。
「菓絵おばちゃん、どうもご馳走様でした。また明日も来るね。ばいばい」
「亮介くん、健太郎くん、千早ちゃん、今日もありがとうね。また明日ね。ばいばい」
元気な子供たちが帰った後、椅子に座ってスケッチブックを開いて、のんびりと店番をしながら趣味の絵を描く。私はお客さんの似顔絵を描いていて、駄菓子やおもちゃを買ってくれたお客さんに似顔絵をプレゼントしている。ベーゴマと同様に、常連客を増やすための作戦だ。
時間が止まっているのではないかと錯覚してしまうほどの、ゆったりとした時の流れ。とてものんびりとした日常。私は大学生時代の頃から店番を手伝っていたけど、私一人だけで駄菓子屋を切り盛りするようになってから、祖父母が駄菓子屋を続けてきた理由がわかるようになってきた。
夏場は、晴れていても雨が降っていても、アイスクリームやカキ氷やコーラなどの冷たいものが飛ぶように売れる。冬場は、冷たいものはあまり売れない。温かいアイスクリームがあればいいのにって私は心底思う。
「菓絵さん、こんにちは」
「優太さん、こんにちは。いらっしゃい」
「今日も暑いですね」
「もうすぐ九月になるというのに、まだまだ暑い日が続きそうですね。今日も夕焼け空の写真を撮りに行くんですか?」
「はい。今からいつもの場所に行って、夕焼け空の写真を撮る予定です」
「天気が良くて良かったですね」
「はい。おかげ様で、今日も良い写真が撮れそうです」
夕焼け空の写真を趣味としている山下優太さんは、私と同い年の二十七歳で、私の駄菓子屋から一キロ程離れた所にあるアパートで一人暮らしをしている。電気メーカーに勤めているとのことで、土日と祭日はお休みのようだ。そんな優太さんは、一年半程前から、私の駄菓子屋に通ってくれるようになり、毎週土曜日の午後の同じ時間に駄菓子を買いに来てくれる。普段は帽子を被っていない優太さんだけど、この日はとてもキュートなデザインの小麦色の麦わら帽子を被っている。
「可愛らしい麦わら帽子ですね。優太さんに似合っていると思います」
「僕の麦わら帽子を褒めてくれて、どうもありがとうです」
私に褒められた優太さんは、小麦色の麦わら帽子を脱いで、私から目線を逸らし、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべていた。
「この麦わら帽子は、こないだ街歩きをしていたときに見つけたお店で買った麦わら帽子なんです。被るのはちょっと恥ずかしかったんですが、部屋に飾っているだけではもったいないので、今日は思い切って被ってみました」
「そうだったんですか。いかにも夏らしい感じで良いと思いますよ」
「麦わら帽子も夏の風物詩の一つですからね。うまい棒と焼きとうもろこしとコーヒー牛乳をください」
「お買い上げ、ありがとうございます。すぐに焼きとうもろこしを出しますので、ちょっと待っててくださいね」
「はい。コーヒー牛乳を飲んでますね」
ごくごくと音を立てながら、瓶入りの冷たいコーヒー牛乳を美味しそうに飲み始めた優太さんの好きなものは、うまい棒、焼きとうもろこし、コーヒー牛乳の三品で、私の駄菓子屋に来る度に、必ずこの三品を買ってくれる。私も瓶入りの冷たいコーヒー牛乳が大好きで、一年中、コーヒー牛乳ばかり飲んでいる。ホットコーヒーは、滅多に飲まない。
「どうもお待たせしました。今日も醤油をたっぷり塗りましたからね」
「いつもサービスしてくれて、どうもありがとうです」
とうもろこしの食べ方は人によって違う。私は真ん中から食べ始めて、両端を最後に食べるタイプだけど、優太さんは端から順に食べていくタイプで、いつもとうもろこしの芯が綺麗に見えるまで食べてくれる。
「先週の土曜日に撮った夕焼け空の写真を持ってきましたので、よかったら、見てみてください」
「いつもありがとうございます。さっそく見させてもらいますね」
優太さんが手渡してくれた封筒を開けてみたら、オレンジ色に染まっている夕焼け空の写真が二十枚も入っていた。今日は、いつもより枚数が多い。先週の土曜日も天気が良かったので、良い写真が撮れたのだと思う。どの写真も素敵だけど、私がいちばん気に入った写真は、オレンジ色に染まっている夕焼け空に、大きな雲と鳥が写っている写真。
「私は、この写真がいちばん好きです。あとでお店の壁に飾っておきますね」
「いつも僕が撮った写真をお店の壁に飾ってくれて、どうもありがとうです。それでは、そろそろ出発しますね」
「はい。いってらっしゃい」
青色のリュックサックにうまい棒を詰め込んだ優太さんは、右手で麦わら帽子を押さえながら、急ぎ足で駅に向かって歩いていった。私はお気に入りの夕焼け空の写真をお店の壁に飾り、椅子に腰掛けてスケッチブックを開いて、麦わら帽子姿の優太さんの絵を描いてみることにした。イチ、ニ、サン、シ。イチ、ニ、サン、シ。私は絵を描く前に必ず指の体操をする。
みーんみんみんみんみんみんみんみーん。今日もみんみん蝉の元気な鳴き声が聞こえてくる。私の駄菓子屋は住宅街の真ん中にあるので、周りの家や電信柱や電線に遮られて、そんなに広くは見えないけど、どこまでも透き通っている青空を見上げていると、とても穏やかな気持ちになれる。私も空を見上げることが大好き。
空のキャンバスに絵を描けたら楽しいだろうな。私は空を見上げる度に思う。
麦わら帽子姿の優太さんの絵を描き上げた後、駄菓子屋の軒先に立って、空を見上げてみた。綿菓子のような真っ白い雲が浮かんでいる。見るからに美味しそうな雲だ。出来ることなら食べてみたい。優太さんも、私が見つめている雲と同じ雲を見つめているのだろうか。
午前中は、お客さんが少ないので、裏庭の家庭菜園の手入れに励む。汗だくにならない程度に草をむしって水を撒き、お客さんが来たら、急いで手を洗ってお店に戻る。まだ夏休み期間中なので、子供のお客さんが多い。
「菓絵おばちゃん、こんにちは。今日もみんなで買いに来たよ」
「亮介くん、健太郎くん、千早ちゃん、こんにちは。いらっしゃい。いつも言ってることなんだけど、私は二十七歳なんだから、おばちゃんじゃなくて、お姉さんなのよ」
「菓絵おばちゃんは、お姉さんじゃなくて、おばちゃんだよ」
「あちゃあ、亮介くんにまたおばちゃんって呼ばれちゃった。ちょっと残念だけど、仕方ないわね。その話は別にいいとして、三人とも、また一段と日焼けしてるわね。今日もプールに行ってきたの?」
「うん。今日も三人でプールに行って泳いできたよ」
「そうだったの。いいわねえ。千早ちゃんも泳げるようになった?」
「ちょっとだけだけど、泳げるようになったよ」
「良かったわねえ。もっともっと泳げるようになるといいわね」
「うん。また明日からも頑張って練習して、もっともっと泳げるようになるんだ」
近くに小学校と中学校があるので、毎日毎日、いろんな子供たちが遊びに来てくれる。小学五年生の亮介くんと健太郎くんと千早ちゃんも、私の駄菓子屋の大切な常連さん。
「プールで泳いでお腹が減ってるでしょ? 今日は何を買ってくれるのかな?」
「アイスを買う!」
「僕もアイスを買う!」
「あたしもアイスを買う!」
いろんな種類のアイスが入っている冷蔵庫を覗き込んで、どれにしようか選んでいる子供たち。亮介くんも健太郎くんも千早ちゃんも悩んだあげく、今日も当たりくじ付きのソーダアイスを買ってくれた。
「今日もすごく暑いから、アイス日和だね」
真っ黒に日焼けした体で扇風機に当たりながら冷たいアイスを美味しそうに頬張っている子供たちの様子を間近で見ていると、私もアイスを食べたくなってくる。
「菓絵おばちゃん! またアイスが当たったよ!」
「亮介くん、おめでとう。もう一本食べてね」
「うん! もう一本食べる!」
亮介くんは幸運の持ち主なのかはわからないけど、当たりくじ付きのソーダアイスを買う度に当たっている。健太郎くんと千早ちゃんは運が無いのか、今まで一度も当たったことがない。
「菓絵おばちゃん、ベーゴマで勝負しようよ」
「今日こそは絶対に菓絵おばちゃんに勝つんだ!」
亮介くんと健太郎くんは、ベーゴマがとても上手で、いつも駄菓子を食べた後に私に勝負を挑んでくる。千早ちゃんは、ベーゴマには興味がないようだ。
「いいわよ。二人とも、遠慮なく掛かってきなさい」
私の祖父も子供の頃からベーゴマをやっていたようで、自らをベーゴマの達人と称していた。祖父母の家に越してきてからというもの、ほとんど毎日のように祖父と対戦していたので、いつの間にかベーゴマが強くなった。お客さんと私の戦績は、私の全勝。未だに負け知らず。お客さんに喜んでもらうため、わざと負けてあげようと思ったことがあるけど、手を抜いたら失礼になると思い、子供相手でも手は抜かない。そんな私に勝ちたいというお客さんがいたりで、ベーゴマ好きのお客さんも、私の駄菓子屋に通ってくれるようになった。どんなことでも商売に繫げる。祖父に叩き込まれた鉄則だ。
「亮介くん、健太郎くん、準備はいい?」
「いいよ!」
今日もやる気まんまんといった様子の亮介くんと健太郎くん。私に勝ちたいという気迫が十分に伝わってくる。
「菓絵おばちゃん! がんばれ!」
ソーダアイスをゆっくり食べている千早ちゃんは、いつも私のことを応援してくれる。
「それじゃあ、いくわよ。せーの!」
祖父が遺してくれた特製の台で、今日も亮介くんと健太郎くんと勝負してみた。
「ああ、また負けちゃった。菓絵おばちゃんは本当に強いね」
「亮介くんと健太郎くんとは経験の差が違うのよ。もっと練習しておいで」
「すごく悔しいなあ。菓絵おばちゃんに勝てるように、もっと頑張って練習する!」
また私に負けてしまった亮介くんと健太郎くんは、とても真剣な表情でベーゴマの練習を始めた。
「菓絵おばちゃん、キリンさんの絵を描いてきたから見てみて」
ソーダアイスを食べ終えた千早ちゃんが、スケッチブックを広げて見せてくれた。
「とっても可愛らしいキリンさんね。すごく上手よ」
「わーい! 菓絵おばちゃんに褒められた!」
「また何か描いたら、見せに来てね」
私は趣味を活かして、毎週金曜日の夜に自宅の一室でお絵描き教室を開いている。感性が豊かな子供たちに自分で創作することの楽しさを教えるためだ。可愛らしいキリンさんの絵を見せてくれた千早ちゃんも、私のお絵描き教室の生徒の一人で、自分で描いた絵を見せに来てくれる。大人には描けない絵。子供が描く絵はどの絵も表現力が豊かで個性的なので、見習う部分がたくさんある。
「菓絵おばちゃん、どうもご馳走様でした。また明日も来るね。ばいばい」
「亮介くん、健太郎くん、千早ちゃん、今日もありがとうね。また明日ね。ばいばい」
元気な子供たちが帰った後、椅子に座ってスケッチブックを開いて、のんびりと店番をしながら趣味の絵を描く。私はお客さんの似顔絵を描いていて、駄菓子やおもちゃを買ってくれたお客さんに似顔絵をプレゼントしている。ベーゴマと同様に、常連客を増やすための作戦だ。
時間が止まっているのではないかと錯覚してしまうほどの、ゆったりとした時の流れ。とてものんびりとした日常。私は大学生時代の頃から店番を手伝っていたけど、私一人だけで駄菓子屋を切り盛りするようになってから、祖父母が駄菓子屋を続けてきた理由がわかるようになってきた。
夏場は、晴れていても雨が降っていても、アイスクリームやカキ氷やコーラなどの冷たいものが飛ぶように売れる。冬場は、冷たいものはあまり売れない。温かいアイスクリームがあればいいのにって私は心底思う。
「菓絵さん、こんにちは」
「優太さん、こんにちは。いらっしゃい」
「今日も暑いですね」
「もうすぐ九月になるというのに、まだまだ暑い日が続きそうですね。今日も夕焼け空の写真を撮りに行くんですか?」
「はい。今からいつもの場所に行って、夕焼け空の写真を撮る予定です」
「天気が良くて良かったですね」
「はい。おかげ様で、今日も良い写真が撮れそうです」
夕焼け空の写真を趣味としている山下優太さんは、私と同い年の二十七歳で、私の駄菓子屋から一キロ程離れた所にあるアパートで一人暮らしをしている。電気メーカーに勤めているとのことで、土日と祭日はお休みのようだ。そんな優太さんは、一年半程前から、私の駄菓子屋に通ってくれるようになり、毎週土曜日の午後の同じ時間に駄菓子を買いに来てくれる。普段は帽子を被っていない優太さんだけど、この日はとてもキュートなデザインの小麦色の麦わら帽子を被っている。
「可愛らしい麦わら帽子ですね。優太さんに似合っていると思います」
「僕の麦わら帽子を褒めてくれて、どうもありがとうです」
私に褒められた優太さんは、小麦色の麦わら帽子を脱いで、私から目線を逸らし、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべていた。
「この麦わら帽子は、こないだ街歩きをしていたときに見つけたお店で買った麦わら帽子なんです。被るのはちょっと恥ずかしかったんですが、部屋に飾っているだけではもったいないので、今日は思い切って被ってみました」
「そうだったんですか。いかにも夏らしい感じで良いと思いますよ」
「麦わら帽子も夏の風物詩の一つですからね。うまい棒と焼きとうもろこしとコーヒー牛乳をください」
「お買い上げ、ありがとうございます。すぐに焼きとうもろこしを出しますので、ちょっと待っててくださいね」
「はい。コーヒー牛乳を飲んでますね」
ごくごくと音を立てながら、瓶入りの冷たいコーヒー牛乳を美味しそうに飲み始めた優太さんの好きなものは、うまい棒、焼きとうもろこし、コーヒー牛乳の三品で、私の駄菓子屋に来る度に、必ずこの三品を買ってくれる。私も瓶入りの冷たいコーヒー牛乳が大好きで、一年中、コーヒー牛乳ばかり飲んでいる。ホットコーヒーは、滅多に飲まない。
「どうもお待たせしました。今日も醤油をたっぷり塗りましたからね」
「いつもサービスしてくれて、どうもありがとうです」
とうもろこしの食べ方は人によって違う。私は真ん中から食べ始めて、両端を最後に食べるタイプだけど、優太さんは端から順に食べていくタイプで、いつもとうもろこしの芯が綺麗に見えるまで食べてくれる。
「先週の土曜日に撮った夕焼け空の写真を持ってきましたので、よかったら、見てみてください」
「いつもありがとうございます。さっそく見させてもらいますね」
優太さんが手渡してくれた封筒を開けてみたら、オレンジ色に染まっている夕焼け空の写真が二十枚も入っていた。今日は、いつもより枚数が多い。先週の土曜日も天気が良かったので、良い写真が撮れたのだと思う。どの写真も素敵だけど、私がいちばん気に入った写真は、オレンジ色に染まっている夕焼け空に、大きな雲と鳥が写っている写真。
「私は、この写真がいちばん好きです。あとでお店の壁に飾っておきますね」
「いつも僕が撮った写真をお店の壁に飾ってくれて、どうもありがとうです。それでは、そろそろ出発しますね」
「はい。いってらっしゃい」
青色のリュックサックにうまい棒を詰め込んだ優太さんは、右手で麦わら帽子を押さえながら、急ぎ足で駅に向かって歩いていった。私はお気に入りの夕焼け空の写真をお店の壁に飾り、椅子に腰掛けてスケッチブックを開いて、麦わら帽子姿の優太さんの絵を描いてみることにした。イチ、ニ、サン、シ。イチ、ニ、サン、シ。私は絵を描く前に必ず指の体操をする。
みーんみんみんみんみんみんみんみーん。今日もみんみん蝉の元気な鳴き声が聞こえてくる。私の駄菓子屋は住宅街の真ん中にあるので、周りの家や電信柱や電線に遮られて、そんなに広くは見えないけど、どこまでも透き通っている青空を見上げていると、とても穏やかな気持ちになれる。私も空を見上げることが大好き。
空のキャンバスに絵を描けたら楽しいだろうな。私は空を見上げる度に思う。
麦わら帽子姿の優太さんの絵を描き上げた後、駄菓子屋の軒先に立って、空を見上げてみた。綿菓子のような真っ白い雲が浮かんでいる。見るからに美味しそうな雲だ。出来ることなら食べてみたい。優太さんも、私が見つめている雲と同じ雲を見つめているのだろうか。