空の下の笑顔の樹
       ふふふん♪

 晩ご飯はみんな同じ物を食べているけど、朝ご飯はみんなばらばらだ。お父さんはいつも決まって、たまごかけご飯とインスタントのお味噌汁。お母さんはバタートーストとヨーグルトと紅茶。真奈美はコーンフレークと牛乳。あたしは納豆かけご飯とインスタントコーヒー牛乳。家族のみんなから、変な組み合わせだと言われることがあるけど、あたしはとにかくコーヒー牛乳が大好きで、納豆にコーヒー牛乳を掛けて食べることもある。
「今日も家族全員で、みんなの駄菓子屋さんに行こうよ」
 お箸で納豆を混ぜ混ぜしながら、お父さんとお母さんと真奈美に呼び掛けてみた。
「今日もみんなの駄菓子屋さんに行くに決まってるよ!」
 元気な声で返事をしてくれた真奈美。みんなの駄菓子屋さんに行きたいという気持ちがよく伝わってくる。
「私も行きたいんだけど、午後からダンス教室があるから、また今度にしておくわね」
 みんなの駄菓子屋さんより、趣味のダンス教室を選んだお母さん。たまの息抜きだから仕方ない。
「お父さんも行きたいんだが、今日はとても大切な用事があるから、美咲と真奈美だけで行ってきなさい」
 休みの日は、いつも家でごろごろしているお父さんのとても大切な用事とは、いったい何なのか。すごく気になるところだ。
「じゃあ、真奈美と二人で行ってくるね」
 オープン二日目のみんなの駄菓子屋さんの開店時間は、午前十時。昨日はちょっと出遅れてしまったため、かなり並ぶことになってしまったので、朝ご飯を食べてからすぐに真奈美と一緒に家を出た。今日も青空が広がっている。絶好の駄菓子屋さん日和。
「まだ誰も来てないね」
「うちとお姉ちゃんが一番乗りだよ!」
 青空公園の時計は、午前七時四十八分。昨日の混雑ぶりとはうって変わって、開店前のみんなの駄菓子屋さんは、ひっそりと静まり返っている。
「真奈美に五百円あげるね」
 昨日のベーゴマ大会のとき、あたしに声援を送ってくれた真奈美に、百円玉を五つ手渡してみた。
「わーい! やったあ! お姉ちゃんは太っ腹だね! どうもありがとう!」
 あたしからお小遣いをもらった真奈美は、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでいて、早くお店の中に入りたいのか、みんなの駄菓子屋さんのシャッターに耳を当て始めた。
「何か聞こえる?」
「ううん。何も聞こえないよ」
「ちょっと早く来すぎちゃったね」
「うん。じゃあさ、みんなの駄菓子屋さんが開店するまでの間、あやとりをして遊んでいようよ」
 用意のいい真奈美とあやとりをしながら待っていたところ、いつの間にか、みんなの駄菓子屋さんの周りに人だかりができていた。満員御礼、満員御礼、ちょー満員御礼。みんなの駄菓子屋さんは、今日も大繁盛。
「もうすぐ開店だね!」
「うん! 一番乗りだから! なんだかドキドキしてきたよ!」
 今日も大興奮状態の真奈美と昨日と同じような会話をして、早く開け。早く開け。早く開け。と念じながら待っていたところ、みんなの駄菓子屋さんのシャッターが開いた。
「おはようございます。本日も多くのお客様にご来店いただきまして、心より感謝申し上げます。それでは只今より開店致します。本日も大変混み合っておりますので、お客様は二列に並んでいただいて、先頭のお客様から順番にご入店ください」
 待ってました! みんなの駄菓子屋さんのおじさんの挨拶が終わったと同時に、五百円を握り締めて、真奈美と一緒にお店の中に駆け込んだ。
「いらっしゃい。二人とも、今日も買いに来てくれたのね」
 お店の中に足を踏み入れた瞬間に、みんなの駄菓子屋さんのおばさんが、一番乗りのあたしと真奈美にカゴを手渡してくれた。
「お父さんからお小遣いを貰ったので、今日も買いに来ました。あたしたちの顔を覚えていてくれたんですね」
「覚えたわよ。よかったら、お名前を教えてもらえないかしら」
「はい。あたしの名前は、美咲と言いまして、妹の名前は、真奈美です」
「お姉さんが美咲ちゃんで、妹さんが真奈美ちゃんね。ゆっくり買い物を楽しんでね」
「はい。楽しみさせていただきます」
 昨日は駄菓子とおもちゃを買うことに夢中になっていて、みんなの駄菓子屋さんのおばさんと話す機会はなかったけど、今日は落ち着いて話すことが出来た。なぜなのかわからないけど、みんなの駄菓子屋さんのおばさんの優しい笑顔を見ると、なんだか心が落ち着いてくる。
「真奈美は何を買うの?」
「観光バスを買う!」
 昨日、お父さんが買った観光バスのミニカーを見て、真奈美も自分の観光バスが欲しくなったのだと思う。
「真奈美が観光バスを買うなら、あたしも観光バスを買おうかな」
 ガラスケースに入っている観光バスのミニカーの値段は、一台五百円。スケッチブックと色鉛筆を買うために、二百円は残しておこうかと思っていたけど、あたしも思わず観光バスを買ってしまった。
「美咲ちゃん、真奈美ちゃん、観光バスのミニカーを買ってくれて、どうもありがとう。この駄菓子とこの駄菓子をおまけしておくね。特別なサービスだから、他のお客さんには内緒だよ」
 みんなの駄菓子屋さんのおじさんが、観光バスの入った袋に、チョコっと太郎とつぶつぶ太郎をニつずつ入れてくれた。ラッキー、ラッキー、ちょーラッキー。うしししし。
「どうもありがとう!」
 声を揃えてお礼を言ったあたしと真奈美。こういうときは息がぴったり合う。
「美咲ちゃん、真奈美ちゃん、また来てね」
「はい。また来ます」
 笑顔で見送ってくれたみんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんに手を振ってお店から出たら、ものすごい行列が出来ていた。
「早く来て良かったね」
「うん! さっそく観光バスを走らせようよ!」 
 ぶー。ぶー。ぶー。駄菓子をおまけしてもらったことも嬉しかったけど、みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんに、顔と名前を覚えてもらったことが何よりも嬉しくて、真奈美と一緒に観光バスを走らせながら家に帰った。
「お母さん! ただいま!」
「おかえり。美咲も真奈美もすごく嬉しそうだけど、何か良いことでもあったの?」
「観光バスを買ったら! みんなの駄菓子屋さんのおじさんが! 駄菓子をおまけしてくれたんだ!」
 もの凄い大きな声で、ついさっきの出来事をお母さんに報告した真奈美は、観光バスを走らせながら、子供部屋に駆け込んでいった。
「おまけしてもらって良かったわね。私もやっぱり行けばよかったな。美咲は何を買ってきたの?」
「あたしも観光バスを買ってきたよ。お父さんの姿が見えないんだけど、どこかへ出かけたの?」
「美咲と真奈美が出かけてから、寝室にこもって、ずっとベーゴマの練習をしてるわよ。あとでお父さんと勝負してあげてね」
「うん。勝負してあげる」
 みんなの駄菓子屋さんで買ってきた観光バスを机に飾って、あたしに内緒でベーゴマの練習に励んでいるお父さんと勝負してみることにした。今日もお父さんに勝って、お小遣いを稼ぎまくりだ。
「ねえ、お父さん。ベーゴマで勝負しようよ」
「いいぞ! 特訓の成果を見せてやる!」
 自分から言い出せなかったのか、あたしに声を掛けられたお父さんは、待ってましたと言わんばかりの表情で、ベーゴマの台をリビングに運んできた。
「今日は絶対に負けないからな!」
 自信ありげな表情で、ベーゴマに紐を巻き始めたお父さん。かなり練習したようだ。
「今日もあたしが勝つよ」
「なんとも生意気な。準備はいいか!」
「いいよ!」
「よし! 投げるぞ! せーの!」
 気迫のこもったお父さんの掛け声で、二人で同時にベーゴマを投げた。
 ぶううううううううん。二つのベーゴマは、今日ももの凄い速さで回転しながら近寄っていき、お父さんのベーゴマは、あたしのベーゴマに弾かれて、あっけなく台の上から落下していった。
「やった! またあたしの勝ちだね!」
「…………頑張って特訓したのに、また美咲に負けてしまうとは……。よし! もう一回勝負だ!」
 目が血走っているお父さんと対戦していき、二回目も三回目も四回目も五回目もあたしが勝ってしまった。楽勝、楽勝、今日も大楽勝。
「さよなら、僕の青春」
 リビングの床にすっ転がっているベーゴマに向かって、せつない独り言をつぶやいたお父さんの背中は、昨日よりもさらに小さく見えた。威厳も何もない。
「あたしが勝ったんだから、早くお小遣いをちょうだいよ」
「お小遣いはもうやらん! ベーゴマで遊んでばかりいないで! 少しは勉強しなさい!」
「ベーゴマで遊んでばかりいるのは、あたしじゃなくて、お父さんだよ」
「うう……。痛いところを突かれてしまった。気分転換に、ちょっと散歩してくる」
 あたしに突っ込まれたお父さんは、ティッシュで鼻を噛んでから、ジャージ姿のままで散歩に出かけていった。結局、あたしに一度も勝てなかったお父さんは、本当にベーゴマの名手だったのだろうか。さよなら、お父さんの青春。





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