空の下の笑顔の樹
「その五円チョコは、つい最近仕入れたばかりでね。まだお店には並べていないんだ」
 みんなの駄菓子屋さんのおじさんの話を聞いて、五円チョコを見かけなかったわけがわかった。
「どうして今になって、五円チョコを仕入れたんですか?」
 みんなの駄菓子屋さんのおじさんに、素朴な疑問を投げかけてみた。
「駄菓子屋を始めてから、何か足りないと思っていたら、つい最近になって、五円チョコだったことに気がついたんだ。駄菓子の代表格の五円チョコを、今頃になって思い出すなんて、おじさんは駄菓子屋の経営者として失格だね」
 あたしの質問に答えてくれたみんなの駄菓子屋さんのおじさんが、苦笑いをしながら、ぽりぽりと頭を掻いている。
「みんなの駄菓子屋さんのおじさんは、うっかりはちべえだね」
「あはは。真奈美ちゃんの言うとおりだね」
 時代劇が好きな真奈美の何気ないツッコミで場が和み、五円チョコをくれたみんなの駄菓子屋さんのおじさんに、今一度、大きな声でお礼を言って、お店から出た。
「美咲、真奈美ちゃん。また明日ね」
「うん。また明日ね」
「友紀姉ちゃん! また明日ね!」
 みんなの駄菓子屋さんから、二百メートル程歩いた所で友紀と別れて、五円チョコの袋を見つめながら歩いて家に帰った。
「お母さん、ただいま」
「おかえり。今日は、ずいぶん遅かったわね」
「うん。ちょっといろいろあってね」
 お料理中のお母さんに今日の出来事を報告して、みんなの駄菓子屋さんのおじさんに貰った五円チョコを見せてみた。
「わあ、すごく懐かしいわ」
 五円チョコを見たお母さんが目を輝かせている。
「お母さんも、五円チョコを食べたことがあるの?」
「子供の頃によく食べてたわよ。当時は、一つ五円で買えたからね」
「そうだったんだ。お母さんに、一つあげるね」
「うちも一つあげる!」
「ありがとう。食後のデザートとして、あとで食べるわね」
 あたしと真奈美から、五円チョコを一つずつ受け取ったお母さんは、二つの五円チョコをエプロンのポケットに仕舞って、ピューピューピューと口笛を吹きながら、じゃがいもの皮を剥き始めた。今夜の青山家の晩ご飯は、じゃがいもたっぷりのビーフシチューとポテトサラダと蒸かし芋とお味噌汁。
「ねえねえ、お姉ちゃん。早く五円チョコを食べようよ」
「うん。五円チョコを食べよう」
「あまり食べ過ぎると、晩ご飯が食べられなくなるから、ほどほどにしておきなさいね」
「うん。わかった」
 リビングのテーブルに五円チョコを置いて、九つのうちの一つを切り離し、五円チョコの袋を開けてみた。
「わあ、本当に五円玉の形をしてるんだね」
 五円玉の形をした五円チョコ。なんだか食べてしまうのがもったいない気がする。
「ねえねえ、お姉ちゃん。眺めてるだけじゃもったいないよ」
「それもそうだね。今は一つだけにしておいて、あとでいっぱい食べようか」
「うん。もっと食べたいけど、今は一つだけにしておくね」
 あたしの言うことを素直に聞いてくれた真奈美が、親指と人差し指で五円チョコを摘んで、左目を細めながら、小さな穴を覗き込んでいる。
「何が見える?」
「お姉ちゃんの顔が見えるよ」
「そんなに指で摘んでたら、チョコが溶けちゃって、五円玉の形が崩れちゃうよ」
「じゃあ、そろそろ食べてみるね」
 五円チョコを一気に口に放り込んだ真奈美は、「五円チョコちゃん、すっごくすっごくすっごく美味しいよ」と言って、両手でほっぺを押さえながら食べていた。
「あたしも食べてみよっと。わあ、なんだかすごく懐かしい味がするなあ」
 
       ふふふん♪

 あたしは毎日十一時に寝て、七時に起きている。今までは、ぐっすり眠れていたのに、みんなの駄菓子屋さんでお店番のお手伝いをした日以来、ほとんど毎日のように夢を見るようになって、ぐっすり眠れなくなってしまった。夢の中に出てくる場所は、いつも同じで、かえという人が、お客さんと思われる人たちから、お金を受け取っていて、袋やお釣りや似顔絵のようなものなどを手渡したりしている。お客さんと思われる人の顔や姿は、ぼんやりとしか見えなくて、かえという人の顔は全く見えない。いつも手と足と胸の辺りだけ見えて、いろんな種類の駄菓子やおもちゃや文房具などを並べたりしている。夢の中の場所は、駄菓子屋さんだと思うけど、みんなの駄菓子屋さんとは、お店の作りも雰囲気も違うし、周りの景色も全く違う。いつも必ずかえという人が出てきて、みんなの駄菓子屋さんのおじさんもおばさんもあたしも真奈美もお父さんもお母さんも出てこない。かえという人は、いったい誰なのか。
 
 駄菓子屋さんの夢を見るようになってから、寝つきが悪くなってしまい、とうとう朝寝坊してしまった。一人で悩んでいるだけでは何も解決しないので、晩ご飯を食べた後に、あたしが見続けている夢のことを、お父さんとお母さんと真奈美に話してみた。
「近頃の美咲は、ちょっと様子がおかしいと思っていたが、駄菓子屋の夢を見るようになったからだったんだな」
「うん。お父さんもお母さんも真奈美も、駄菓子屋さんの夢を見たりするの?」
「お父さんも夢は見るが、仕事の夢ばかりで、駄菓子屋の夢は見たことがないぞ」
「私も夢は見るけど、仕事や家事や買い物の夢ばかりで、駄菓子屋さんの夢は見たことがないわよ」
「うちは夢なんか、ぜんぜん見ないよ」
「お父さんもお母さんも真奈美も、駄菓子屋さんの夢は見ないんだね」
「美咲は、みんなの駄菓子屋に通い続けているから、駄菓子屋の夢を見るようになったんじゃないのか」
「真奈美だって、あたしと一緒にみんなの駄菓子屋さんに通い続けているし、お父さんもお母さんも、たまに行ってるでしょ。どうしてあたしだけが駄菓子屋さんの夢を見て、お父さんとお母さんと真奈美は、駄菓子屋さんの夢を見ないの?」
「んんー。わからんなあ」
 首を傾げながら眉間に皺を寄せているお父さんは、あまり頼りにならない。
「美咲だけが駄菓子屋さんの夢を見るようになったのは、他に何か原因があるのかもしれないわね」
 お母さんはとても頼りになる。
「うん。お母さんの言うとおりだと思う。それでね、駄菓子屋さんの夢の中に、いつも必ずかえという人が出てくるんだけど、お父さんとお母さんと真奈美は、かえという人を知ってる?」
「お父さんの知り合いに、かえという人はいないなあ」
「私の知り合いにもいないわよ」
「うちも知らなーい」
「お父さんもお母さんも真奈美も、かえという人は知らないんだね」
「私が見てる夢にも、知らない人が出てくるから、そんなに気にしなくても大丈夫よ」
「うん。でも、どうしても気になっちゃうんだ」
「そんなに気になるなら、睡眠中に見る夢のことを、パソコンで調べてあげようか」
「うん。調べてみて」
 あたしのことを心配してくれているお母さんが椅子から立ち上がり、リビングに置かれているパソコンを点けて、睡眠中に見る夢のことを調べ始めてくれた。
「このサイトなんかは、細かく書かれているわね。美咲も読んでみて」
「うん。読んでみるね」
 睡眠中に見る夢のことが細かく書かれているサイトによると、人は誰でも夢を見ていると言われているらしくて、起きたときに覚えているか覚えていないかだけらしい。夢は、顕在意識(自分で意識できる意識)というものと、潜在意識(自分で意識できない意識)というものが、何らかの形で作用して、日常生活の中で見たものや聞いたことや経験したことなどが、そのまま夢となって現れたり、潜在的な願望なども、夢となって現れたりすることもあるらしくて、夢には何かのメッセージが込められているとも書かれてあった。
駄菓子屋さんの夢は、あたしに何かを伝えようとしているのだろうか。
「んんー。調べてみたけど、どうして美咲だけが駄菓子屋さんの夢を見るようになったのかは、わからなかったわねえ」
「今夜も駄菓子屋さんの夢を見るのかな」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私も美咲を産む前に眠れない時期があってね。その頃にやってた安眠法を、あとで教えてあげるわね」
「うん。ありがとう」
「それと、今夜から、駄菓子屋さんのことはなるべく考えないようにして、何か他のことを考えながら、眠るようにしてみたらどうかしら」
「うん。そうしてみる」
 食器洗いを手伝って、ゆっくりお風呂に入った後、お母さんが、眠る前に軽くストレッチをするという安眠法を教えてくれた。
「真奈美、ちょっと背中を押してくれる?」
 あたしは絨毯の上で足を伸ばした。
「うん。いいよ。おもいっきり押してあげる」
 真奈美があたしの背中を押し始めた。
「痛い! 痛いってば! そんなに強く押さないでよ!」
「ごめんごめん。今度は軽く押すね」
 ベッドに入って眠る前に、真奈美に背中を押してもらって、軽くストレッチをして体をほぐし、コーヒー牛乳のことを考えながら眠ってみた。駄菓子屋さんのことは考えない。絶対に考えない。絶対に考えない。
「かえちゃん、おはよう」
「おばあちゃん、おはようございます。いらっしゃい」
 コーヒー牛乳のことを考えながら眠ったのに、またしても駄菓子屋さんの夢を見てしまった。今日は寝坊はしなかったけど、どうにもこうにも目覚めが悪い。出るのはあくびとため息ばかりだ。
「美咲、おはよう。今朝はどうだった?」
 ベッドの上に座って、あくびをしていたとき、お母さんがあたしに声を掛けてくれた。
「お母さんが教えてくれた安眠法のおかげで、久しぶりにぐっすり眠れたよ」
「そう、良かったわね」
「うん!」
 お母さんに心配を掛けたくないとの思いから、あたしはウソをついた。





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