空の下の笑顔の樹
何をするにも上の空。いくら考えないようにしても、駄菓子屋さんの夢が頭に浮かんできてしまって、今日も勉強に身が入らない。あくびをしながらぼーっとしているうちに、六時間目の終業のチャイムが鳴ってしまった。このままでは、成績が落ちる一方。
「ちょっと用事があるから、真奈美は先に帰ってて」
「用事って、なあに?」
「別に大した用事じゃないから、気にしないでいいのよ」
「うん。わかった。じゃあ、先に帰るね」
学校帰りに、みんなの駄菓子屋さんに寄って、あたしが見続けている夢のことを、みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんに話してみた。
「お店番を手伝ってくれた日以来、美咲ちゃんだけが、どこかの駄菓子屋さんの夢を見続けているんだね」
「はい、そうなんです。かえという人が、夢の中の駄菓子屋さんの店主さんだと思うんですが、おじさんとおばさんは、かえという人を知っていますか?」
「んんー。おじさんの知り合いの中にも、お客様の中にも、かえという名前の人はいないから、わからないな」
「私も心当たりがないわ」
「そうですか。かえという人のことがわかれば、駄菓子屋さんの夢を見続けている原因がわかるかと思ったんですが……」
「かえという人のことが何かわかったら、美咲ちゃんに真っ先に教えるね」
「はい。よろしくお願いします。あたしの夢の話を聞いてくれて、どうもありがとうございました。また明日も来ますね」
あたしの夢の話を、親身に聞いてくれたみんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんに挨拶をして、今日は何も買わずにお店から出た。空は晴れているのに、あたしの心はどんよりと曇っている。絵を描く気にも、観光バスで遊ぶ気にもなれない。
ぐっすり眠れるように、お母さんが教えてくれた安眠法を続けてみたけど、効果は全くなく、相変わらず駄菓子屋さんの夢を見続けてしまった。
このままでは、体調が悪化する一方なので、お父さんとお母さんに正直に打ち明けてみたところ、みんなの駄菓子屋さんには、しばらく行かないほうがいいと言われた。
それでも、あたしはみんなの駄菓子屋さんに通い続けたい。五円チョコを食べたくて仕方がない。観光バスの台数をもっと増やしたい。という衝動に駆られてしまい、これまでどおり、家事を手伝ってお小遣いを稼ぎ、お父さんとお母さんに内緒で、真奈美と一緒にみんなの駄菓子屋さんに通い続けた。
「あれ、シャッターが閉まってる。今日は、定休日じゃないよね?」
「うん。定休日じゃないよ」
定休日以外の日は、嵐の日も雪の日も営業していたみんなの駄菓子屋さんだったのに、この日はなぜかシャッターが閉まっていて、お客さんの姿は一人も見えず、シャッターの中央に、閉店のお知らせの貼り紙が貼られてあった。
「……………………」
とてもじゃないけど、信じられない。ショックどころの話じゃない。みんなの駄菓子屋さんの突然の閉店に、あたしも真奈美も言葉を失ってしまった。
「どうしてなんだろうね」
「わかんない」
泣きそうな顔をしている真奈美と冷たい光を放っている銀色のシャッターの前で立ちすくんでいたとき、みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんが家から出てきてくれた。
「美咲ちゃん、真奈美ちゃん、こんにちは。今日も来てくれたんだね」
「せっかく来てくれたのに、本当にごめんなさいね」
あたしと真奈美に声を掛けてきてくれたみんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんの顔には、いつもの笑顔はなく、なんとも言えない悲しげな表情を浮かべている。信じられない気持ちでいっぱいだけど、閉店は本当のようだ。
「どうして閉店しちゃうんですか?」
「駄菓子屋の経営は、おじさんとおばさんの想像以上に厳しくてね。オープン以来、ずっと赤字続きで、駄菓子屋を始めるために借りたお金を返さないといけないから、おじさんもおばさんも、普通の会社で働いていくことにしたんだ」
みんなの駄菓子屋さんのおじさんの話を聞いていたのだと思う。ずっと黙ったままの真奈美がしくしくと泣き始めた。あたしも泣きたいくらい悲しい。でも、ここで泣いてはいけない。
「あたしと真奈美が、もっといっぱい買えばよかったんです」
「そうじゃないよ。おじさんとおばさんの努力が足りなかっただけさ。美咲ちゃんと真奈美ちゃんは、みんなの駄菓子屋の一番の常連さんだよ」
「そうよ。美咲ちゃんと真奈美ちゃんは、みんなの駄菓子屋の一番の常連さんよ」
みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんの言葉を聞いて嬉しかった。でも、素直に喜べず、何も言い出せなかった。
「美咲ちゃん、真奈美ちゃん。一年と九ヶ月間もの間、みんなの駄菓子屋に通い続けてくれて、本当にありがとう。好きな駄菓子とおもちゃを好きなだけ持っていっていいよ」
無言のままのあたしと真奈美に気を遣ってくれたのか、みんなの駄菓子屋さんのおじさんが、お店のシャッターを開けてくれた。
「本当にいいんですか?」
「美咲ちゃんと真奈美ちゃんに貰われれば、駄菓子もおもちゃも喜ぶと思うんだ」
みんなの駄菓子屋さんのおじさんが微笑みながら言ってくれた。おばさんもにこにこしている。
「わーい! やったあ!」
急に元気になった真奈美がお店の中に駆け込んでいった。みんなの駄菓子屋さんに入るのはこれで最後。これまでの思い出を噛みしめながら、あたしもお店に入った。駄菓子もおもちゃもいっぱい並べられている。
「遠慮なく持っていってね」
みんなの駄菓子屋さんのおばさんが手渡してくれたカゴに、五円チョコとチョコっと太郎をいっぱい詰め込んだ。真奈美のカゴもてんこ盛り。つぶつぶ太郎だらけ。
「観光バスも貰っていいですか?」
「いいよ。美咲ちゃんと真奈美ちゃんに全部あげるね」
優しい笑顔で言ってくれたみんなの駄菓子のおじさんが、ガラスケースから観光バスを取り出してくれて、あたしと真奈美に三台ずつくれた。
「どうもありがとうございます!」
「どうもありがとう!」
あたしも真奈美も大きな声でお礼を言った。
「みんなの駄菓子屋は閉店したけど、おじさんもおばさんも、ずっとこの家で暮らしていくから、またいつでも遠慮なく遊びに来てね」
「美咲ちゃん、真奈美ちゃん、またね」
みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんの優しい笑顔。閉店しても、またいつでも見られる。あたしと真奈美は、永遠にみんなの駄菓子屋さんの一番の常連さん。
「ちょっと用事があるから、真奈美は先に帰ってて」
「用事って、なあに?」
「別に大した用事じゃないから、気にしないでいいのよ」
「うん。わかった。じゃあ、先に帰るね」
学校帰りに、みんなの駄菓子屋さんに寄って、あたしが見続けている夢のことを、みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんに話してみた。
「お店番を手伝ってくれた日以来、美咲ちゃんだけが、どこかの駄菓子屋さんの夢を見続けているんだね」
「はい、そうなんです。かえという人が、夢の中の駄菓子屋さんの店主さんだと思うんですが、おじさんとおばさんは、かえという人を知っていますか?」
「んんー。おじさんの知り合いの中にも、お客様の中にも、かえという名前の人はいないから、わからないな」
「私も心当たりがないわ」
「そうですか。かえという人のことがわかれば、駄菓子屋さんの夢を見続けている原因がわかるかと思ったんですが……」
「かえという人のことが何かわかったら、美咲ちゃんに真っ先に教えるね」
「はい。よろしくお願いします。あたしの夢の話を聞いてくれて、どうもありがとうございました。また明日も来ますね」
あたしの夢の話を、親身に聞いてくれたみんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんに挨拶をして、今日は何も買わずにお店から出た。空は晴れているのに、あたしの心はどんよりと曇っている。絵を描く気にも、観光バスで遊ぶ気にもなれない。
ぐっすり眠れるように、お母さんが教えてくれた安眠法を続けてみたけど、効果は全くなく、相変わらず駄菓子屋さんの夢を見続けてしまった。
このままでは、体調が悪化する一方なので、お父さんとお母さんに正直に打ち明けてみたところ、みんなの駄菓子屋さんには、しばらく行かないほうがいいと言われた。
それでも、あたしはみんなの駄菓子屋さんに通い続けたい。五円チョコを食べたくて仕方がない。観光バスの台数をもっと増やしたい。という衝動に駆られてしまい、これまでどおり、家事を手伝ってお小遣いを稼ぎ、お父さんとお母さんに内緒で、真奈美と一緒にみんなの駄菓子屋さんに通い続けた。
「あれ、シャッターが閉まってる。今日は、定休日じゃないよね?」
「うん。定休日じゃないよ」
定休日以外の日は、嵐の日も雪の日も営業していたみんなの駄菓子屋さんだったのに、この日はなぜかシャッターが閉まっていて、お客さんの姿は一人も見えず、シャッターの中央に、閉店のお知らせの貼り紙が貼られてあった。
「……………………」
とてもじゃないけど、信じられない。ショックどころの話じゃない。みんなの駄菓子屋さんの突然の閉店に、あたしも真奈美も言葉を失ってしまった。
「どうしてなんだろうね」
「わかんない」
泣きそうな顔をしている真奈美と冷たい光を放っている銀色のシャッターの前で立ちすくんでいたとき、みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんが家から出てきてくれた。
「美咲ちゃん、真奈美ちゃん、こんにちは。今日も来てくれたんだね」
「せっかく来てくれたのに、本当にごめんなさいね」
あたしと真奈美に声を掛けてきてくれたみんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんの顔には、いつもの笑顔はなく、なんとも言えない悲しげな表情を浮かべている。信じられない気持ちでいっぱいだけど、閉店は本当のようだ。
「どうして閉店しちゃうんですか?」
「駄菓子屋の経営は、おじさんとおばさんの想像以上に厳しくてね。オープン以来、ずっと赤字続きで、駄菓子屋を始めるために借りたお金を返さないといけないから、おじさんもおばさんも、普通の会社で働いていくことにしたんだ」
みんなの駄菓子屋さんのおじさんの話を聞いていたのだと思う。ずっと黙ったままの真奈美がしくしくと泣き始めた。あたしも泣きたいくらい悲しい。でも、ここで泣いてはいけない。
「あたしと真奈美が、もっといっぱい買えばよかったんです」
「そうじゃないよ。おじさんとおばさんの努力が足りなかっただけさ。美咲ちゃんと真奈美ちゃんは、みんなの駄菓子屋の一番の常連さんだよ」
「そうよ。美咲ちゃんと真奈美ちゃんは、みんなの駄菓子屋の一番の常連さんよ」
みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんの言葉を聞いて嬉しかった。でも、素直に喜べず、何も言い出せなかった。
「美咲ちゃん、真奈美ちゃん。一年と九ヶ月間もの間、みんなの駄菓子屋に通い続けてくれて、本当にありがとう。好きな駄菓子とおもちゃを好きなだけ持っていっていいよ」
無言のままのあたしと真奈美に気を遣ってくれたのか、みんなの駄菓子屋さんのおじさんが、お店のシャッターを開けてくれた。
「本当にいいんですか?」
「美咲ちゃんと真奈美ちゃんに貰われれば、駄菓子もおもちゃも喜ぶと思うんだ」
みんなの駄菓子屋さんのおじさんが微笑みながら言ってくれた。おばさんもにこにこしている。
「わーい! やったあ!」
急に元気になった真奈美がお店の中に駆け込んでいった。みんなの駄菓子屋さんに入るのはこれで最後。これまでの思い出を噛みしめながら、あたしもお店に入った。駄菓子もおもちゃもいっぱい並べられている。
「遠慮なく持っていってね」
みんなの駄菓子屋さんのおばさんが手渡してくれたカゴに、五円チョコとチョコっと太郎をいっぱい詰め込んだ。真奈美のカゴもてんこ盛り。つぶつぶ太郎だらけ。
「観光バスも貰っていいですか?」
「いいよ。美咲ちゃんと真奈美ちゃんに全部あげるね」
優しい笑顔で言ってくれたみんなの駄菓子のおじさんが、ガラスケースから観光バスを取り出してくれて、あたしと真奈美に三台ずつくれた。
「どうもありがとうございます!」
「どうもありがとう!」
あたしも真奈美も大きな声でお礼を言った。
「みんなの駄菓子屋は閉店したけど、おじさんもおばさんも、ずっとこの家で暮らしていくから、またいつでも遠慮なく遊びに来てね」
「美咲ちゃん、真奈美ちゃん、またね」
みんなの駄菓子屋さんのおじさんとおばさんの優しい笑顔。閉店しても、またいつでも見られる。あたしと真奈美は、永遠にみんなの駄菓子屋さんの一番の常連さん。