空の下の笑顔の樹
 今日は、お小遣い稼ぎはしないで、真奈美と子供部屋にこもり、テーブルの上に観光バスを並べてみた。
「五十台もあると、どれを走らせていいのか迷っちゃうね」
「うん! 迷っちゃう!」
 ぶー。ぶー。ぶー。あたしも真奈美も両手に一台ずつ持って、五十台の観光バスを順番に走らせてみた。団体旅行、団体旅行、二千五百人で団体旅行。こんなに楽しい思いをさせてもらっているのは、おじさんとおばさんのおかげ。
「観光バスで遊ぶのはまた後にして、おじさんとおばさんの似顔絵を描いてみようか」
「うん! おじさんとおばさんの似顔絵を描こう!」
 スケッチブックを開いて、五円チョコとチョコっと太郎を味わいながら、お世話になったおじさんとおばさんの似顔絵を描いてみた。
「ねえねえ、お姉ちゃん。描けたから見てみて」
 真奈美のスケッチブックを見てみたら、原始人みたいな顔が描かれてあったので、あたしは思わず二度見をしてしまった。髪の毛はボサボサで、目のバランスが悪く、鼻が大きすぎて唇が厚すぎる。真奈美は絵が下手なので、仕方ないと思うけど、もうちょっと似せて描いてほしい。
「ぜんぜん似てないじゃん」
「似てるよう。そっくりだよう」
「どっちがおじさんで、どっちがおばさんなの?」
「こっちがおじさんで、こっちがおばさんだよ」
「どっちも同じ顔に見えるんだけどなあ」
 あたしからしてみれば、どっちも同じ顔だと思う。どっちがおじさんで、どっちがおばさんなのかは、真奈美にしかわからない。
「お母さん、今からちょっと出かけてくるね」
「晩ご飯までには帰ってくるのよ」
「うん。すぐに帰ってくるから大丈夫だよ。それじゃあ、いってきます」
 今日は、晩ご飯の支度も手伝わず、真奈美と一緒におじさんとおばさんの家に行って、ついさっき描いた似顔絵をプレゼントしてみた。
「すごくよく描けてるね。おじさんとおばさんにそっくりだよ。美咲ちゃんも真奈美ちゃんも、絵が上手なんだね」
「すごく嬉しいわ。こんなに素敵な似顔絵をプレゼントしてくれて、どうもありがとう。一生の宝物にするわね」
 あたしが描いた似顔絵も、真奈美が描いた下手くそな似顔絵も、喜んで受け取ってくれたおじさんとおばさん。本当に優しくて、心の綺麗なおじさんとおばさんだと思う。
 
 オレンジ色の空の下、真奈美と一緒に走って家に帰り、晩ご飯の席で、みんなの駄菓子屋さんが閉店してしまったことを、お父さんとお母さんに話してみた。
「やっぱり、この時代に駄菓子屋を続けていくことは、とても大変なことだったんだな」
「そうね。本当に残念だけど、仕方ないことなのかもね」
 お父さんもお母さんも残念がっていて、料理を食べる手を止めてしまった。今夜の青山家の食卓は、重い空気に包まれている。
「もうすぐ三月だから、美咲は小学校卒業とともに、みんなの駄菓子屋も卒業だな」
「う、うん……」
 お父さんの言葉を聞いて、一気に食欲がなくなってしまった。お腹は減っているのに、食べる気が起こらない。
「おじさんとおばさんのために! 笑顔で食べようよ!」
 いきなり真奈美が大きな声で叫んだ。
「そうだな」
 お父さんが笑顔になった。
「そうね」
 お母さんも笑顔になった。
「つぶつぶ太郎、観光バス、ばんざーい!」
 両手を上げて叫んだ真奈美も笑顔。
「五円チョコ、チョコっと太郎、観光バス、ばんざーい!」
 おもいっきり叫んだあたしも笑顔になったと思う。
「ご馳走様でした」
 お父さんもお母さんも真奈美もあたしも晩ご飯を残さずに食べた。食後の駄菓子は、五円チョコ、チョコっと太郎、つぶつぶ太郎。みんな笑顔で食べている。
 食器洗いを手伝って、お風呂に入った後、真奈美と観光バスで遊びまくり、いつのも時間にベッドに入った。
「お姉ちゃん、もう七時半だよ。早く起きないと、学校に遅刻するよ」
 真奈美の声を聞いて目が覚めた。今日は、久しぶりにぐっすり眠れたようで、いつになく目覚めがいい。駄菓子屋さんの夢は見なかったような気がする。

 みんなの駄菓子屋さんが閉店してからも、真奈美と一緒におじさんとおばさんの家に遊びに行った。あの日を境に、駄菓子屋さんの夢は全く見なくなり、以前のように、ぐっすり眠れるようになった。
 机の上に飾っている観光バスを見る度に、みんなの駄菓子屋さんに通っていた頃の記憶が蘇ってくる。ぐっすり眠れるようになったのは嬉しい。でも、駄菓子屋さんの夢を見なくなってしまって、なんだか無性に寂しい。




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