空の下の笑顔の樹
「青山さん! ちょっと待って!」
ノリノリで鼻歌を歌いながら、教室に向かって廊下を歩いていたとき、森川先生に呼び止められた。美術部の部室には手ぶらで入ったはずだけど、あたしは何か忘れ物でもしたのだろうか。
「気になったことがあるから、部室に戻ってくれないかしら」
「はい。わかりました」
あたしはすぐに返事をして、急ぎ足で美術部の部室に戻った。森川先生の気になったこと……。
「青山さんが描いてくれた少女の肖像画をよく見てみたら、誰かにそっくりなのよ。思い出してみるから、ちょっと待っててね」
森川先生が難しそうな顔をしている。あたしは描いた張本人なのに、誰なのか全く見当がつかない。
「この目と口元の感じは……。あ、思い出したわ。青山さんが描いてくれた少女の肖像画は、私の少女時代の顔よ。青山さんは、どうして私の少女時代の顔を知ってるの?」
森川先生が不思議そうな顔で聞いてきた。あたしも不思議で仕方がない。森川先生の少女時代の顔は一度も見たことがないのに、どうしてそっくりに描けたのか……。
「その当時、あたしはまだ生まれていませんので、森川先生の少女時代の顔は知らないと思います」
「言われてみれば、確かにそうね。青山さんが私の少女時代の顔を知ってるはずがないもんね」
「はい。自分でも本当に不思議です」
不思議だから不思議。それしか言いようがない。
「んんー。すごく不思議だけど、今は気にしないことにしましょうか」
「はい。気にしないことにします」
とは言ったものの、あたしは自分で描いた森川先生の少女時代の肖像画のことが気になって仕方がない。
キーンコーンカーンコーン! キーンコーンカーンコーン!
ぼーっと考え込んでいるうちに、五時間目の予鈴が鳴ってしまった。このまま美術部の部室にいたいところだけど、入学早々、授業に遅れるわけにはいかない。森川先生にお辞儀をして、猛ダッシュで教室に向かった。アウト! セーフ! よよいのよい! なんて心の中で歌ってる場合じゃない。
ギリギリセーフで授業に間に合い、何事もなかったかのように自分の席に着いた。五時間目の授業は、あたしの苦手な国語。一日中、美術だったらいいのにって思う。
「昨日の続きから始めます。教科書の十ページ目を開いてください」
国語の授業は退屈で退屈で仕方がない。難しい漢字が書かれている国語の教科書を読んでいると、目が回ってきてしまう。あたしの席は教室の最前列だけど、退屈な時間を少しでも減らすため、教科書でノートを隠して、真剣な表情で国語の教科書を読み始めた川中先生の似顔絵を描いてみた。森川先生の似顔絵は描き間違えてしまったけど、川中先生の似顔絵は我ながらそっくりに描けたと思う。
「青山さん、落書きなんかしてないで、授業に集中しなさいね」
「あ、はい。ごめんなさい」
川中先生に見つかってしまい、急いでノートを閉じた。隣の席の男子がクスクス笑っている。背中から視線を感じる。入学早々、赤っ恥。あたしは何事もなかったかのように、姿勢を正して国語の教科書を読み始めた。
あたしは国語が大好きです。漢字を読むのは楽しいです。心を入れ替えて、ちゃんと勉強します。そんなことはどこにも書かれていない。自分にウソをついてはいけない。
六時間目の授業が終わった後、美術部に入部したことを友達に伝えて、スキップしながら美術部の部室に向かった。緊張感より楽しみな気持ちが勝っている。
「いらっしゃい。あなたが新入部員の青山さんね」
「はい。そうです。どうぞよろしくお願い致します」
あたしが描いた森川先生の少女時代の肖像画を見てくれたのだと思う。先輩部員のみなさんから熱烈な歓迎を受けた。とてもアットホームな雰囲気。どの先輩も、新入部員のあたしに優しく接してくれる。笑顔で自己紹介してくれる。
美術部の部員は、部長の長谷川百合子先輩。副部長の竹内ゆい先輩。三年生部員の川端久美子先輩。二年生部員の鈴木裕子先輩と寺川凛先輩と小林由里先輩と大久保水穂先輩とあたしとの八名。男子部員はいない模様。
「みんなお待たせ」
先輩部員のみなさんに自己紹介をしていたとき、森川先生が部室に入ってきた。これで美術部は勢揃い。
「今日は、部員同士の親交を深めるために、似顔絵大会を開催します。みんなで椅子を並べて輪になって、自分の真正面の人の似顔絵を描いてみてください」
オレンジ色のエプロンを身にまとった森川先生の指示に従って、部室に置かれている椅子を持ち、先輩部員のみなさんの輪の中に入ってみた。
あたしの右隣は、二年生部員の寺川先輩。左隣は、副部長の竹内先輩。真正面は、部長の長谷川先輩。
「青山さんも、このキャンバスに描いてね」
「あ、はい」
緊張しながら長谷川先輩の顔を見つめていたとき、森川先生が真っ白いキャンバスと鉛筆と消しゴムを手渡してくれた。あたしはちゃんとしたキャンバスに絵を描くのは、これで二回目。こんなに大勢で一緒に絵を描くのは初めて。緊張するけど、幸せを感じる。
「みんな準備はいい?」
「はーい! 準備OKでーす!」
「それでは、似顔絵大会スタート」
森川先生の掛け声で、先輩部員のみなさんが一斉に似顔絵を描き始めた。あたしはいつものように指の体操をして、真っ白いキャンバスに鉛筆を走らせた。なんだかよくわからないけど、今日は指の調子がものすごく良い。自分でも驚くほどの速さで指が自由自在に動く。
あたしがいちばん早く描き終えたようで、椅子に座ったまま、先輩部員のみなさんの様子を見てみた。森川先生が言っていたように、どの先輩も絵を描くことが好きといった感じで、とっても楽しそうに鉛筆を走らせている。
「みんな描けたようね。相手の人と似顔絵を交換してください」
「はーい!」
森川先生の指示により、先輩部員のみなさんが一斉に立ち上がったので、あたしも立ち上がり、長谷川先輩と似顔絵を交換してみた。
「青山さんは、本当に似顔絵が上手ね。私にそっくりよ」
喜んでくれた長谷川先輩が言ったとおり、我ながらそっくりに描けたと思う。
「美人に描いていただきまして、どうもありがとうございます」
さすが美術部の部長。長谷川先輩も絵がとても上手だ。あたしの表情が繊細なタッチで描かれている。
「みんな! 青山さんが描いてくれた私の似顔絵を見てみて!」
先輩部員のみなさんが長谷川先輩の元に集まった。
「ものすごく上手ね。私が言うのもなんだけど、青山さんの似顔絵の上手さは、森川先生レベルか、それ以上のレベルかもよ。よかったら、私の似顔絵も描いてもらえないかな」
「あたしの似顔絵も描いてほしいな!」
「私の似顔絵もお願い!」
先輩部員のみなさんがあたしの周りに集まってきた。まるで似顔絵屋さんになったような気分。
「いいですよ」
一度に全員の似顔絵を描くことはできないので、一人ずつ順番に描いていった。なんだかよくわからないけど、今日は指の調子が良すぎる。自分でも怖いくらいだ。
「どうもありがとう!」
どの先輩も喜んで受け取ってくれる。ものすごく上手ね。と言って褒めてくれる。嬉しいなんてものじゃない。でも、ちょっと気がかりなことがある。川中先生の似顔絵も先輩部員のみなさんの似顔絵も上手に描けたのに、どうして森川先生の似顔絵だけ描き間違えてしまったのか。謎は深まるばかり。むむ、むむむむむむむ。しかめっ面になってはいけない。笑顔、笑顔。にっこりさわやかスマイル。
ノリノリで鼻歌を歌いながら、教室に向かって廊下を歩いていたとき、森川先生に呼び止められた。美術部の部室には手ぶらで入ったはずだけど、あたしは何か忘れ物でもしたのだろうか。
「気になったことがあるから、部室に戻ってくれないかしら」
「はい。わかりました」
あたしはすぐに返事をして、急ぎ足で美術部の部室に戻った。森川先生の気になったこと……。
「青山さんが描いてくれた少女の肖像画をよく見てみたら、誰かにそっくりなのよ。思い出してみるから、ちょっと待っててね」
森川先生が難しそうな顔をしている。あたしは描いた張本人なのに、誰なのか全く見当がつかない。
「この目と口元の感じは……。あ、思い出したわ。青山さんが描いてくれた少女の肖像画は、私の少女時代の顔よ。青山さんは、どうして私の少女時代の顔を知ってるの?」
森川先生が不思議そうな顔で聞いてきた。あたしも不思議で仕方がない。森川先生の少女時代の顔は一度も見たことがないのに、どうしてそっくりに描けたのか……。
「その当時、あたしはまだ生まれていませんので、森川先生の少女時代の顔は知らないと思います」
「言われてみれば、確かにそうね。青山さんが私の少女時代の顔を知ってるはずがないもんね」
「はい。自分でも本当に不思議です」
不思議だから不思議。それしか言いようがない。
「んんー。すごく不思議だけど、今は気にしないことにしましょうか」
「はい。気にしないことにします」
とは言ったものの、あたしは自分で描いた森川先生の少女時代の肖像画のことが気になって仕方がない。
キーンコーンカーンコーン! キーンコーンカーンコーン!
ぼーっと考え込んでいるうちに、五時間目の予鈴が鳴ってしまった。このまま美術部の部室にいたいところだけど、入学早々、授業に遅れるわけにはいかない。森川先生にお辞儀をして、猛ダッシュで教室に向かった。アウト! セーフ! よよいのよい! なんて心の中で歌ってる場合じゃない。
ギリギリセーフで授業に間に合い、何事もなかったかのように自分の席に着いた。五時間目の授業は、あたしの苦手な国語。一日中、美術だったらいいのにって思う。
「昨日の続きから始めます。教科書の十ページ目を開いてください」
国語の授業は退屈で退屈で仕方がない。難しい漢字が書かれている国語の教科書を読んでいると、目が回ってきてしまう。あたしの席は教室の最前列だけど、退屈な時間を少しでも減らすため、教科書でノートを隠して、真剣な表情で国語の教科書を読み始めた川中先生の似顔絵を描いてみた。森川先生の似顔絵は描き間違えてしまったけど、川中先生の似顔絵は我ながらそっくりに描けたと思う。
「青山さん、落書きなんかしてないで、授業に集中しなさいね」
「あ、はい。ごめんなさい」
川中先生に見つかってしまい、急いでノートを閉じた。隣の席の男子がクスクス笑っている。背中から視線を感じる。入学早々、赤っ恥。あたしは何事もなかったかのように、姿勢を正して国語の教科書を読み始めた。
あたしは国語が大好きです。漢字を読むのは楽しいです。心を入れ替えて、ちゃんと勉強します。そんなことはどこにも書かれていない。自分にウソをついてはいけない。
六時間目の授業が終わった後、美術部に入部したことを友達に伝えて、スキップしながら美術部の部室に向かった。緊張感より楽しみな気持ちが勝っている。
「いらっしゃい。あなたが新入部員の青山さんね」
「はい。そうです。どうぞよろしくお願い致します」
あたしが描いた森川先生の少女時代の肖像画を見てくれたのだと思う。先輩部員のみなさんから熱烈な歓迎を受けた。とてもアットホームな雰囲気。どの先輩も、新入部員のあたしに優しく接してくれる。笑顔で自己紹介してくれる。
美術部の部員は、部長の長谷川百合子先輩。副部長の竹内ゆい先輩。三年生部員の川端久美子先輩。二年生部員の鈴木裕子先輩と寺川凛先輩と小林由里先輩と大久保水穂先輩とあたしとの八名。男子部員はいない模様。
「みんなお待たせ」
先輩部員のみなさんに自己紹介をしていたとき、森川先生が部室に入ってきた。これで美術部は勢揃い。
「今日は、部員同士の親交を深めるために、似顔絵大会を開催します。みんなで椅子を並べて輪になって、自分の真正面の人の似顔絵を描いてみてください」
オレンジ色のエプロンを身にまとった森川先生の指示に従って、部室に置かれている椅子を持ち、先輩部員のみなさんの輪の中に入ってみた。
あたしの右隣は、二年生部員の寺川先輩。左隣は、副部長の竹内先輩。真正面は、部長の長谷川先輩。
「青山さんも、このキャンバスに描いてね」
「あ、はい」
緊張しながら長谷川先輩の顔を見つめていたとき、森川先生が真っ白いキャンバスと鉛筆と消しゴムを手渡してくれた。あたしはちゃんとしたキャンバスに絵を描くのは、これで二回目。こんなに大勢で一緒に絵を描くのは初めて。緊張するけど、幸せを感じる。
「みんな準備はいい?」
「はーい! 準備OKでーす!」
「それでは、似顔絵大会スタート」
森川先生の掛け声で、先輩部員のみなさんが一斉に似顔絵を描き始めた。あたしはいつものように指の体操をして、真っ白いキャンバスに鉛筆を走らせた。なんだかよくわからないけど、今日は指の調子がものすごく良い。自分でも驚くほどの速さで指が自由自在に動く。
あたしがいちばん早く描き終えたようで、椅子に座ったまま、先輩部員のみなさんの様子を見てみた。森川先生が言っていたように、どの先輩も絵を描くことが好きといった感じで、とっても楽しそうに鉛筆を走らせている。
「みんな描けたようね。相手の人と似顔絵を交換してください」
「はーい!」
森川先生の指示により、先輩部員のみなさんが一斉に立ち上がったので、あたしも立ち上がり、長谷川先輩と似顔絵を交換してみた。
「青山さんは、本当に似顔絵が上手ね。私にそっくりよ」
喜んでくれた長谷川先輩が言ったとおり、我ながらそっくりに描けたと思う。
「美人に描いていただきまして、どうもありがとうございます」
さすが美術部の部長。長谷川先輩も絵がとても上手だ。あたしの表情が繊細なタッチで描かれている。
「みんな! 青山さんが描いてくれた私の似顔絵を見てみて!」
先輩部員のみなさんが長谷川先輩の元に集まった。
「ものすごく上手ね。私が言うのもなんだけど、青山さんの似顔絵の上手さは、森川先生レベルか、それ以上のレベルかもよ。よかったら、私の似顔絵も描いてもらえないかな」
「あたしの似顔絵も描いてほしいな!」
「私の似顔絵もお願い!」
先輩部員のみなさんがあたしの周りに集まってきた。まるで似顔絵屋さんになったような気分。
「いいですよ」
一度に全員の似顔絵を描くことはできないので、一人ずつ順番に描いていった。なんだかよくわからないけど、今日は指の調子が良すぎる。自分でも怖いくらいだ。
「どうもありがとう!」
どの先輩も喜んで受け取ってくれる。ものすごく上手ね。と言って褒めてくれる。嬉しいなんてものじゃない。でも、ちょっと気がかりなことがある。川中先生の似顔絵も先輩部員のみなさんの似顔絵も上手に描けたのに、どうして森川先生の似顔絵だけ描き間違えてしまったのか。謎は深まるばかり。むむ、むむむむむむむ。しかめっ面になってはいけない。笑顔、笑顔。にっこりさわやかスマイル。