空の下の笑顔の樹
菓絵さん、あたしの心の声が聞こえますか。優太さんがあたしに質問してきます。あたしが菓絵さんの生まれ変わりだということを証明できるように、優太さんの質問に答えてあげてください。
「菓絵さんにお願いしてみましたので、どんなことでも聞いてください」
「う、うん。それじゃあ、遠慮なく質問させてもらうね。僕の好きな食べ物と飲み物は何かわかるかな?」
「うまい棒と焼きとうもろこしとコーヒー牛乳です」
「菓絵の駄菓子屋に遊びに来ていた三匹の猫の名前はわかるかな?」
「ミーちゃんとランランちゃんとニボッシーくんです」
「菓絵がこの丘に初めて来た日は、何月何日だったか覚えているかな?」
「九月九日です」
「この樹の名前はわかるかな?」
「空の下の笑顔の樹です」
「菓絵が一眼レフカメラを買ったとき、電器屋さんのおじさんがおまけしてくれたものは何かわかるかな?」
「写真のフィルムが三十本とカメラの乾電池が五十個です」
「僕が菓絵にプロポーズした場所は、どこだかわかるかな?」
「ここです」
「新婚旅行の行き先は、どこだったか覚えているかな?」
「北海道の美瑛です」
「質問は以上だよ」
「答えは合っていますか?」
「ぜんぶ合っているよ」
「合っているんですね。あたしが菓絵さんの生まれ変わりだということを信じていただけましたか?」
「美咲ちゃんは、嘘をつくような子には見えないし、千早ちゃんと知り合いだし、質問の答えもぜんぶ合っているから、信じたよ。と言いたいところなんだけど、なかなか信じられないんだ」
「そ、そうですよね。あたしが菓絵さんの生まれ変わりだなんて、信じられることではありませんよね」
「別に疑うとかじゃないんだよ」
「はい。優太さんのお気持ちはわかります」
あたしが優太さんの立場だとしたら、とてもじゃないけど信じられないと思う。何をどうやって説明すれば、信じてくれるのだろう。
「生まれ変わりか……」
小さな声で独り言をつぶやいた優太さんは、麦わら帽子を脱いで立ち上がり、なんとも言えない表情で群青色の空を見つめている。優太さんの頭の中は、菓絵さんのことでいっぱいなんだと思う。
美咲ちゃん、美咲ちゃん、菓絵ちゃんのタイムカプセルのことを話すといいよ。
優太さんの横顔を見つめながら考えていたとき、空の下の笑顔の樹さんのささやき声が聞こえてきた。あたしの真横に立っている優太さんは、群青色の空を見つめたまま。空の下の笑顔の樹さんは、あたしだけに聞こえるように言ってくれたのだと思う。あたしは、あまりにも緊張しすぎていたため、菓絵さんのタイムカプセルのことをすっかり忘れてしまっていた。空の下の笑顔の樹さんが言ってくれたとおり、菓絵さんのタイムカプセルのことを話せば、信じてくれるかもしれない。
「優太さん、もう一つ、大切なお話があるんです」
空の下の笑顔の樹さんの下に座ったまま、優太さんに話し掛けてみた。
「何かな?」
優太さんは真剣な表情のまま、あたしの方に振り向いた。
「あたしが座っている真下に、菓絵さんのタイムカプセルが埋まっているんです」
「か、菓絵のタイムカプセルが?」
優太さんの声が裏返っている。びっくり仰天どころじゃないと思う。
「はい。菓絵さんのタイムカプセルです」
あたしは立ち上がって、地面に指を指した。
「そこに菓絵のタイムカプセルが埋まっているんだね」
「はい。ここに埋まっています」
「菓絵のタイムカプセルのことは、誰から聞いたの?」
「空の下の笑顔の樹さんから聞きました」
「美咲ちゃんも、空の下の笑顔の樹と話せるのかい?」
「はい。話せます」
「そうだったんだ……」
空の下の笑顔の樹さんの下に、菓絵さんのタイムカプセルが埋まっていることを知った優太さんは、頭に青色のタオルを巻いて、素手で土を掘り始めた。爪の間に土が入り込んでいて、見ているだけで痛々しい。あたしは大急ぎでスクールバッグからスコップと懐中電灯を取り出した。
「優太さん、このスコップを使ってください」
「うん。ありがとう」
優太さんがスコップで土を掘り始めた。
ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく。
もの凄い勢いで掘り進めている優太さんの目から流れているのは、汗なのだろうか。涙なのだろうか。優太さんはどんな想いで土を掘っているのだろう。優太さんのひと堀りひと堀りが、菓絵さんのタイムカプセルに近づいていく。あたしは懐中電灯で優太さんの手元を照らしながら、固唾を飲んで見守った。十センチ、二十センチ、三十センチ。四十センチ。優太さんが掘り進めている穴は、どんどん深くなっていく。
「美咲ちゃん! 銀色の缶の箱が出てきたよ!」
穴に顔を突っ込んだまま、大声で叫んだ優太さんが掘り当てたものは、菓絵さんのタイムカプセルなのだろうか。ものすごくドキドキする。
「こ、この箱が、菓絵のタイムカプセル……」
五十センチ程の穴の中から、銀色の缶の箱を取り出した優太さんは、震えた手で箱の周りについている土を振り落としていた。
「あ、蓋に名前が書かれてありますね」
優太さんが抱えている箱を懐中電灯で照らしてみたら、蓋の表面に、佐藤菓絵と書かれてあった。二十年も土の中に埋まっていた菓絵さんのタイムカプセルの大きさは、横幅が五十センチくらい。縦幅が二十センチくらい。かなり錆びついている。泥だらけの顔のまま、菓絵さんのタイムカプセルを見つめている優太さんは、どんなことを感じているのだろう。嬉しさ、喜び、感激、驚きの他にも、あたしには想像できないくらい、いろんなことを感じているのだと思う。
「菓絵さんのタイムカプセルが見つかって良かったですね」
「うん。美咲ちゃんが教えてくれたおかげだよ。本当にありがとう」
「空の下の笑顔の樹さんが、あたしに教えてくれたおかげだと思います」
「そうだね。空の下の笑顔の樹にもお礼を言わないとね」
タオルで顔の泥を拭いた優太さんは、「どうもありがとう」と笑顔で言って、空の下の笑顔の樹さんに頭を下げてお辞儀をしていた。
「どう致しまして。優太くんにもっと早く伝えればよかったのに、遅くなってしまって、本当にごめんね」
「いいんだよ。気にしないでね」
空の下の笑顔の樹さんと笑顔で会話をしている優太さん。本当に優しい人なのだと改めて思った。
「穴を埋めるから、ちょっと待っててね」
「あたしも手伝います」
「どうもありがとう」
優しい笑顔で言ってくれた優太さんと穴を埋め戻し、ハンドタオルで顔と手を拭いて、空の下の笑顔の樹さんの下に座った。
「本当に嬉しいな」
泥だらけの顔のまま、菓絵さんのタイムカプセルを大事そうに膝の上に置いている優太さんの横顔を見て、あたしも大切な人が出来たら、空の下の笑顔の樹さんの下に、タイムカプセルを埋めようと思った。
「今すぐ開けたいところだけど、千早ちゃんが来てからにしようか」
膝の上に乗せている菓絵さんのタイムカプセルをタオルで拭き拭きしながら言った優太さん。あたしだったら、待ち切れなくて、森川先生が来る前に開けてしまうと思う。
「そうですね。駄菓子を食べながら待ちましょう」
家から持ってきた五円チョコとチョコっと太郎を優太さんに手渡して、コーヒー牛乳を飲んでみた。ちょっと温いけど、喉がカラカラに乾いているので、最高に美味しい。
「優太さん、コーヒー牛乳を飲んでください」
「ありがとう。美咲ちゃんも、五円チョコとコーヒー牛乳が好きなんだね」
「はい。大好きです」
菓絵さんの好きなものは、あたしの好きなもの。なんだかすごく嬉しい。
「遠慮なく飲ませてもらうね」
「はい。いっぱい飲んでください」
顔が泥だらけになるまで一生懸命に穴を掘って、いっぱい汗を掻いた優太さんは、温いコーヒー牛乳をがぶ飲みしていた。あんなに美味しそうにコーヒー牛乳を飲んでいる人を見たのは、あたしは初めて。
「美咲ちゃんに貰った五円チョコとチョコっと太郎は、空の下の笑顔の樹の下にお供えさせてもらうね」
「はい。あたしもお供えさせていただきます」
優太さんとあたしは立ち上がり、空の下の笑顔の樹さんの根元に五円チョコとチョコっと太郎をお供えして、手を合わせた。
「優太さん、あたしも質問してもいいですか?」
「うん。何でも遠慮なく聞いてみて。立ち話もなんだから、座って話そうか」
空の下の笑顔の樹さんの下に座り直した優太さんの膝の上には、菓絵さんのタイムカプセル。あたしの膝の上には、懐中電灯。
「それでは、質問させていただきます。あの麦わら帽子は、菓絵さんの麦わら帽子なんですか?」
「うん。菓絵の麦わら帽子だよ」
「やっぱり、そうでしたか」
「うん。菓絵の麦わら帽子は、僕の大切な宝物だからね」
僕の大切な宝物。優太さんが被っている麦わら帽子はボロボロ。菓絵さんの麦わら帽子は比較的新しい。優太さんは、菓絵さんの麦わら帽子を、ずっと大切に保管していたのだと思う。
「優太さんは、今はどこにお住まいなんですか?」
「この丘の近くのアパートだよ」
「そうだったんですか」
優太さんの引っ越し先を聞いて、この秘密の丘は、菓絵さんと優太さんにとって、本当に大切な場所なのだと改めて思った。
「森川先生が来るまで、優太さんと菓絵さんの思い出話を聞かせていだたけませんか?」
「う、うん……。ちょっと恥ずかしいな」
右手を頭の後ろに回して、照れ笑いを浮かべた優太さんは、少し間を置いてから、菓絵さんと過ごしていた日々のことを話し始めてくれた。あたしの中の菓絵さんも、優太さんのお話に耳を傾けているのだろうか。いつもより耳がよく聞こえる。
「菓絵さんにお願いしてみましたので、どんなことでも聞いてください」
「う、うん。それじゃあ、遠慮なく質問させてもらうね。僕の好きな食べ物と飲み物は何かわかるかな?」
「うまい棒と焼きとうもろこしとコーヒー牛乳です」
「菓絵の駄菓子屋に遊びに来ていた三匹の猫の名前はわかるかな?」
「ミーちゃんとランランちゃんとニボッシーくんです」
「菓絵がこの丘に初めて来た日は、何月何日だったか覚えているかな?」
「九月九日です」
「この樹の名前はわかるかな?」
「空の下の笑顔の樹です」
「菓絵が一眼レフカメラを買ったとき、電器屋さんのおじさんがおまけしてくれたものは何かわかるかな?」
「写真のフィルムが三十本とカメラの乾電池が五十個です」
「僕が菓絵にプロポーズした場所は、どこだかわかるかな?」
「ここです」
「新婚旅行の行き先は、どこだったか覚えているかな?」
「北海道の美瑛です」
「質問は以上だよ」
「答えは合っていますか?」
「ぜんぶ合っているよ」
「合っているんですね。あたしが菓絵さんの生まれ変わりだということを信じていただけましたか?」
「美咲ちゃんは、嘘をつくような子には見えないし、千早ちゃんと知り合いだし、質問の答えもぜんぶ合っているから、信じたよ。と言いたいところなんだけど、なかなか信じられないんだ」
「そ、そうですよね。あたしが菓絵さんの生まれ変わりだなんて、信じられることではありませんよね」
「別に疑うとかじゃないんだよ」
「はい。優太さんのお気持ちはわかります」
あたしが優太さんの立場だとしたら、とてもじゃないけど信じられないと思う。何をどうやって説明すれば、信じてくれるのだろう。
「生まれ変わりか……」
小さな声で独り言をつぶやいた優太さんは、麦わら帽子を脱いで立ち上がり、なんとも言えない表情で群青色の空を見つめている。優太さんの頭の中は、菓絵さんのことでいっぱいなんだと思う。
美咲ちゃん、美咲ちゃん、菓絵ちゃんのタイムカプセルのことを話すといいよ。
優太さんの横顔を見つめながら考えていたとき、空の下の笑顔の樹さんのささやき声が聞こえてきた。あたしの真横に立っている優太さんは、群青色の空を見つめたまま。空の下の笑顔の樹さんは、あたしだけに聞こえるように言ってくれたのだと思う。あたしは、あまりにも緊張しすぎていたため、菓絵さんのタイムカプセルのことをすっかり忘れてしまっていた。空の下の笑顔の樹さんが言ってくれたとおり、菓絵さんのタイムカプセルのことを話せば、信じてくれるかもしれない。
「優太さん、もう一つ、大切なお話があるんです」
空の下の笑顔の樹さんの下に座ったまま、優太さんに話し掛けてみた。
「何かな?」
優太さんは真剣な表情のまま、あたしの方に振り向いた。
「あたしが座っている真下に、菓絵さんのタイムカプセルが埋まっているんです」
「か、菓絵のタイムカプセルが?」
優太さんの声が裏返っている。びっくり仰天どころじゃないと思う。
「はい。菓絵さんのタイムカプセルです」
あたしは立ち上がって、地面に指を指した。
「そこに菓絵のタイムカプセルが埋まっているんだね」
「はい。ここに埋まっています」
「菓絵のタイムカプセルのことは、誰から聞いたの?」
「空の下の笑顔の樹さんから聞きました」
「美咲ちゃんも、空の下の笑顔の樹と話せるのかい?」
「はい。話せます」
「そうだったんだ……」
空の下の笑顔の樹さんの下に、菓絵さんのタイムカプセルが埋まっていることを知った優太さんは、頭に青色のタオルを巻いて、素手で土を掘り始めた。爪の間に土が入り込んでいて、見ているだけで痛々しい。あたしは大急ぎでスクールバッグからスコップと懐中電灯を取り出した。
「優太さん、このスコップを使ってください」
「うん。ありがとう」
優太さんがスコップで土を掘り始めた。
ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく。
もの凄い勢いで掘り進めている優太さんの目から流れているのは、汗なのだろうか。涙なのだろうか。優太さんはどんな想いで土を掘っているのだろう。優太さんのひと堀りひと堀りが、菓絵さんのタイムカプセルに近づいていく。あたしは懐中電灯で優太さんの手元を照らしながら、固唾を飲んで見守った。十センチ、二十センチ、三十センチ。四十センチ。優太さんが掘り進めている穴は、どんどん深くなっていく。
「美咲ちゃん! 銀色の缶の箱が出てきたよ!」
穴に顔を突っ込んだまま、大声で叫んだ優太さんが掘り当てたものは、菓絵さんのタイムカプセルなのだろうか。ものすごくドキドキする。
「こ、この箱が、菓絵のタイムカプセル……」
五十センチ程の穴の中から、銀色の缶の箱を取り出した優太さんは、震えた手で箱の周りについている土を振り落としていた。
「あ、蓋に名前が書かれてありますね」
優太さんが抱えている箱を懐中電灯で照らしてみたら、蓋の表面に、佐藤菓絵と書かれてあった。二十年も土の中に埋まっていた菓絵さんのタイムカプセルの大きさは、横幅が五十センチくらい。縦幅が二十センチくらい。かなり錆びついている。泥だらけの顔のまま、菓絵さんのタイムカプセルを見つめている優太さんは、どんなことを感じているのだろう。嬉しさ、喜び、感激、驚きの他にも、あたしには想像できないくらい、いろんなことを感じているのだと思う。
「菓絵さんのタイムカプセルが見つかって良かったですね」
「うん。美咲ちゃんが教えてくれたおかげだよ。本当にありがとう」
「空の下の笑顔の樹さんが、あたしに教えてくれたおかげだと思います」
「そうだね。空の下の笑顔の樹にもお礼を言わないとね」
タオルで顔の泥を拭いた優太さんは、「どうもありがとう」と笑顔で言って、空の下の笑顔の樹さんに頭を下げてお辞儀をしていた。
「どう致しまして。優太くんにもっと早く伝えればよかったのに、遅くなってしまって、本当にごめんね」
「いいんだよ。気にしないでね」
空の下の笑顔の樹さんと笑顔で会話をしている優太さん。本当に優しい人なのだと改めて思った。
「穴を埋めるから、ちょっと待っててね」
「あたしも手伝います」
「どうもありがとう」
優しい笑顔で言ってくれた優太さんと穴を埋め戻し、ハンドタオルで顔と手を拭いて、空の下の笑顔の樹さんの下に座った。
「本当に嬉しいな」
泥だらけの顔のまま、菓絵さんのタイムカプセルを大事そうに膝の上に置いている優太さんの横顔を見て、あたしも大切な人が出来たら、空の下の笑顔の樹さんの下に、タイムカプセルを埋めようと思った。
「今すぐ開けたいところだけど、千早ちゃんが来てからにしようか」
膝の上に乗せている菓絵さんのタイムカプセルをタオルで拭き拭きしながら言った優太さん。あたしだったら、待ち切れなくて、森川先生が来る前に開けてしまうと思う。
「そうですね。駄菓子を食べながら待ちましょう」
家から持ってきた五円チョコとチョコっと太郎を優太さんに手渡して、コーヒー牛乳を飲んでみた。ちょっと温いけど、喉がカラカラに乾いているので、最高に美味しい。
「優太さん、コーヒー牛乳を飲んでください」
「ありがとう。美咲ちゃんも、五円チョコとコーヒー牛乳が好きなんだね」
「はい。大好きです」
菓絵さんの好きなものは、あたしの好きなもの。なんだかすごく嬉しい。
「遠慮なく飲ませてもらうね」
「はい。いっぱい飲んでください」
顔が泥だらけになるまで一生懸命に穴を掘って、いっぱい汗を掻いた優太さんは、温いコーヒー牛乳をがぶ飲みしていた。あんなに美味しそうにコーヒー牛乳を飲んでいる人を見たのは、あたしは初めて。
「美咲ちゃんに貰った五円チョコとチョコっと太郎は、空の下の笑顔の樹の下にお供えさせてもらうね」
「はい。あたしもお供えさせていただきます」
優太さんとあたしは立ち上がり、空の下の笑顔の樹さんの根元に五円チョコとチョコっと太郎をお供えして、手を合わせた。
「優太さん、あたしも質問してもいいですか?」
「うん。何でも遠慮なく聞いてみて。立ち話もなんだから、座って話そうか」
空の下の笑顔の樹さんの下に座り直した優太さんの膝の上には、菓絵さんのタイムカプセル。あたしの膝の上には、懐中電灯。
「それでは、質問させていただきます。あの麦わら帽子は、菓絵さんの麦わら帽子なんですか?」
「うん。菓絵の麦わら帽子だよ」
「やっぱり、そうでしたか」
「うん。菓絵の麦わら帽子は、僕の大切な宝物だからね」
僕の大切な宝物。優太さんが被っている麦わら帽子はボロボロ。菓絵さんの麦わら帽子は比較的新しい。優太さんは、菓絵さんの麦わら帽子を、ずっと大切に保管していたのだと思う。
「優太さんは、今はどこにお住まいなんですか?」
「この丘の近くのアパートだよ」
「そうだったんですか」
優太さんの引っ越し先を聞いて、この秘密の丘は、菓絵さんと優太さんにとって、本当に大切な場所なのだと改めて思った。
「森川先生が来るまで、優太さんと菓絵さんの思い出話を聞かせていだたけませんか?」
「う、うん……。ちょっと恥ずかしいな」
右手を頭の後ろに回して、照れ笑いを浮かべた優太さんは、少し間を置いてから、菓絵さんと過ごしていた日々のことを話し始めてくれた。あたしの中の菓絵さんも、優太さんのお話に耳を傾けているのだろうか。いつもより耳がよく聞こえる。