空の下の笑顔の樹
つぶつぶ太郎、観光バス、ばんざーい!
空の下の笑顔の樹さんの下に座ったまま、優太さんのお話に耳を傾けていたとき、あたしの携帯電話が鳴った。
「い、今の声は……」
「あたしの携帯のメールの着信音です。お話の途中ですみません」
「あはは。変わった着信音だね」
笑ってくれた優太さんが言ったとおり、変わった着信音だと思う。でも、あたしはすごく気に入っている。
「森川先生が丘の下に着いたそうです」
「いよいよ千早ちゃんと対面だな」
嬉しそうな声で言った優太さんは、菓絵さんのタイムカプセルを持ったまま勢いよく立ち上がった。
「もうすぐ対面ですね」
あたしも勢いよく立ち上がり、森川先生が来る方向を見つめた。二十年振りの再会。優太さんと森川先生は、どんな気持ちでいるのだろう。十三年しか生きていないあたしにわかることは、嬉しいということだけ。
「優太さーん! 青山さーん!」
森川先生が叫びながら走ってくる。もの凄い速さで向かってくる。遠目からでも笑顔なのがわかる。
「あの女性が、千早ちゃんかい?」
「はい。そうです」
「大きくなったなあ」
しみじみとした声でつぶやいた優太さんの頬が光っている。あたしの中の菓絵さんの頬も光っているのだろうか。なんだかお腹が温かい。
「はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。こんばんは。遅くなってしまって、どうもすみませんでした」
息を切らしながら言った森川先生は、あたしの隣に立っている優太さんに向かって頭を下げた。心なしか、少し緊張しているように見える。
「千早ちゃん、こんばんは。久しぶりだね」
「本当にお久しぶりです」
「元気そうだね」
「はい。優太さんもお元気そうで」
秘密の丘の上で、二十年振りの再会を果たした優太さんと森川先生はものすごい笑顔。あたしの中の菓絵さんも、ものすごい笑顔になっていると思う。
「千早ちゃんのことは、美咲ちゃんに聞いたよ。僕が見ない間に、立派な女性に成長したんだね」
「そう言っていただけて、とても嬉しいです」
いつも落ち着いている森川先生が恥ずかしそうにしている。ほっぺが赤くなっているように見える。大人の女性から、あどけない少女へ。優太さんの前では、子供の森川先生。なんだかすごく可愛らしい。
「美咲ちゃんのおかげで、菓絵のタイムカプセルを見つけられたんだよ」
嬉しそうな声で言った優太さんが、菓絵さんのタイムカプセルを森川先生に見せた。
「良かったですね」
「うん。千早ちゃんが来たことだし、そろそろ菓絵のタイムカプセルを開けようか」
「はい! すぐにレジャーシートを広げますね!」
森川先生に手伝ってもらい、空の下の笑顔の樹さんの下にレジャーシートを広げて、風に飛ばされないように石を置いた。
菓絵さんのタイムカプセルの中身は何だろな♪
あたしは思わず心の中で歌ってしまった。
「それじゃあ、開けるね」
森川先生とあたしと空の下の笑顔の樹さんが見守る中、優太さんが菓絵さんのタイムカプセルの蓋を開けた。いろんなものがぎっしりと詰まっている。
「美咲ちゃんと千早ちゃんが広げてくれたレジャーシートの上に並べてみるね」
優太さんが菓絵さんのタイムカプセルに入っていた品物を並べ始めた。畳み一畳分のレジャーシートがどんどん埋まっていく。
五円チョコが十個
うまい棒が三本
焼きとうもろこしのアクセサリーとぬいぐるみ
コーヒー牛乳のアクセサリーとぬいぐるみ
銀色のベーゴマが四つ
観光バスのミニカーが二台
麦わら帽子姿の優太さんの写真と絵
菓絵さんと優太さんのツーショット写真と絵
お絵描き教室の子供たちの写真と絵
あたしの知らないおばあさんの写真と絵
秘密の丘の上からの風景写真と絵
オレンジ色の夕焼け空の写真と絵
真っ白い紙飛行機が二機
紙飛行機を飛ばしている優太さんの写真と絵
空の下の笑顔の樹さんの写真と絵
日記のようなもの
手紙のようなもの
「美咲ちゃん、懐中電灯を貸してもらえるかな」
「はい。どうぞ使ってください」
「どうもありがとう」
あたしから懐中電灯を受け取った優太さんは、レジャーシートの上に置かれている菓絵さんの手紙を掴んだ。
「青山さん、優太さんを一人にしてあげましょうか」
「あ、はい」
森川先生とあたしは、なんとも言えない表情で菓絵さんの手紙を握り締めている優太さんの傍から離れた。
菓絵さんの手紙には、いったいどんなことが書かれているのだろう。優太さんとあたしの距離は、二メートルくらい離れているのに、優太さんのすすり泣く声が聞こえてくる。愛する人との思い出の地で、愛する人のタイムカプセルに入っていた手紙を読んでいる優太さんの想いを考えると、涙が出てくる。
「美咲ちゃん、千早ちゃん。手紙を読み終えたから、こっちに戻ってきて」
ハンドタオルで涙を拭いていたとき、優太さんが涙ぐんだ声で声を掛けてくれた。
「はい」
森川先生もあたしも小さな声で返事をして、ゆっくりと歩いて優太さんの元に戻った。
「このハンカチで涙を拭いてください」
泥だらけのタオルで顔を拭いていた優太さんに、森川先生が花柄の綺麗なハンカチを手渡した。
「どうもありがとう」
拭いても拭いても涙が止まらないのだと思う。優太さんの着ているTシャツがどんどん濡れていく。Tシャツを伝った涙が地面に落ちていく。水溜りができそうなくらい。
「優太さん、あたしも菓絵さんの手紙を読んでもいいですか?」
この衝動だけはどうしても抑え切れない。あたしの中の菓絵さんも、自分で書いた手紙を読んでみたいと思っているのだと思う。
「う、うん。いいよ。懐中電灯をありがとう」
大粒の涙を流している優太さんから菓絵さんの手紙と懐中電灯を受け取り、あたしも懐中電灯の明かりを頼りに読んでみた。
未来の菓絵と優太へ
このタイムカプセルを開ける頃には、私はおばあちゃん。優太はおじいちゃんになっていると思います。私も優太も、ずっと健康でいられるように。いつまでも幸せに暮らせるように。駄菓子屋もお絵描き教室も続けられるように。と願いを込めて、私と優太の思い出の地である、秘密の丘の空の下の笑顔の樹の下に、タイムカプセルを埋めることにしました。我ながら、良いアイデアだと思っています。
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
自分の鼻歌のメロディーを、言葉にして書くのは初めてです。今日も鼻歌の調子が良いです。こんなに鼻歌の調子が良いのは優太のおかげです。私はおばあちゃんになっても、鼻歌を歌っているのでしょうか。どんな声で歌っているのでしょうか。私の鼻歌のリズムは変わらないままでしょうか。優太は私の鼻歌を何回聴いているのでしょうか。千回でしょうか。二千回でしょうか。それ以上かもしれませんね。このタイムカプセルを開けるまで、私の鼻歌を一回でも多く聴いてもらえたらと思います。
鼻歌の数だけ幸せがある。
私は優太と出会えて幸せです。
優太を好きになれて幸せです。
優太と一緒にいられて幸せです。
菓絵と優太は、ずっと一緒さ♪
ずっとずっといつまでも笑顔でいましょうね。
愛する人がいるということは、とても幸せなこと。
平成二年 九月十一日 佐藤菓絵
空の下の笑顔の樹さんの下に座ったまま、優太さんのお話に耳を傾けていたとき、あたしの携帯電話が鳴った。
「い、今の声は……」
「あたしの携帯のメールの着信音です。お話の途中ですみません」
「あはは。変わった着信音だね」
笑ってくれた優太さんが言ったとおり、変わった着信音だと思う。でも、あたしはすごく気に入っている。
「森川先生が丘の下に着いたそうです」
「いよいよ千早ちゃんと対面だな」
嬉しそうな声で言った優太さんは、菓絵さんのタイムカプセルを持ったまま勢いよく立ち上がった。
「もうすぐ対面ですね」
あたしも勢いよく立ち上がり、森川先生が来る方向を見つめた。二十年振りの再会。優太さんと森川先生は、どんな気持ちでいるのだろう。十三年しか生きていないあたしにわかることは、嬉しいということだけ。
「優太さーん! 青山さーん!」
森川先生が叫びながら走ってくる。もの凄い速さで向かってくる。遠目からでも笑顔なのがわかる。
「あの女性が、千早ちゃんかい?」
「はい。そうです」
「大きくなったなあ」
しみじみとした声でつぶやいた優太さんの頬が光っている。あたしの中の菓絵さんの頬も光っているのだろうか。なんだかお腹が温かい。
「はあはあ、はあはあ。はあはあ、はあはあ。こんばんは。遅くなってしまって、どうもすみませんでした」
息を切らしながら言った森川先生は、あたしの隣に立っている優太さんに向かって頭を下げた。心なしか、少し緊張しているように見える。
「千早ちゃん、こんばんは。久しぶりだね」
「本当にお久しぶりです」
「元気そうだね」
「はい。優太さんもお元気そうで」
秘密の丘の上で、二十年振りの再会を果たした優太さんと森川先生はものすごい笑顔。あたしの中の菓絵さんも、ものすごい笑顔になっていると思う。
「千早ちゃんのことは、美咲ちゃんに聞いたよ。僕が見ない間に、立派な女性に成長したんだね」
「そう言っていただけて、とても嬉しいです」
いつも落ち着いている森川先生が恥ずかしそうにしている。ほっぺが赤くなっているように見える。大人の女性から、あどけない少女へ。優太さんの前では、子供の森川先生。なんだかすごく可愛らしい。
「美咲ちゃんのおかげで、菓絵のタイムカプセルを見つけられたんだよ」
嬉しそうな声で言った優太さんが、菓絵さんのタイムカプセルを森川先生に見せた。
「良かったですね」
「うん。千早ちゃんが来たことだし、そろそろ菓絵のタイムカプセルを開けようか」
「はい! すぐにレジャーシートを広げますね!」
森川先生に手伝ってもらい、空の下の笑顔の樹さんの下にレジャーシートを広げて、風に飛ばされないように石を置いた。
菓絵さんのタイムカプセルの中身は何だろな♪
あたしは思わず心の中で歌ってしまった。
「それじゃあ、開けるね」
森川先生とあたしと空の下の笑顔の樹さんが見守る中、優太さんが菓絵さんのタイムカプセルの蓋を開けた。いろんなものがぎっしりと詰まっている。
「美咲ちゃんと千早ちゃんが広げてくれたレジャーシートの上に並べてみるね」
優太さんが菓絵さんのタイムカプセルに入っていた品物を並べ始めた。畳み一畳分のレジャーシートがどんどん埋まっていく。
五円チョコが十個
うまい棒が三本
焼きとうもろこしのアクセサリーとぬいぐるみ
コーヒー牛乳のアクセサリーとぬいぐるみ
銀色のベーゴマが四つ
観光バスのミニカーが二台
麦わら帽子姿の優太さんの写真と絵
菓絵さんと優太さんのツーショット写真と絵
お絵描き教室の子供たちの写真と絵
あたしの知らないおばあさんの写真と絵
秘密の丘の上からの風景写真と絵
オレンジ色の夕焼け空の写真と絵
真っ白い紙飛行機が二機
紙飛行機を飛ばしている優太さんの写真と絵
空の下の笑顔の樹さんの写真と絵
日記のようなもの
手紙のようなもの
「美咲ちゃん、懐中電灯を貸してもらえるかな」
「はい。どうぞ使ってください」
「どうもありがとう」
あたしから懐中電灯を受け取った優太さんは、レジャーシートの上に置かれている菓絵さんの手紙を掴んだ。
「青山さん、優太さんを一人にしてあげましょうか」
「あ、はい」
森川先生とあたしは、なんとも言えない表情で菓絵さんの手紙を握り締めている優太さんの傍から離れた。
菓絵さんの手紙には、いったいどんなことが書かれているのだろう。優太さんとあたしの距離は、二メートルくらい離れているのに、優太さんのすすり泣く声が聞こえてくる。愛する人との思い出の地で、愛する人のタイムカプセルに入っていた手紙を読んでいる優太さんの想いを考えると、涙が出てくる。
「美咲ちゃん、千早ちゃん。手紙を読み終えたから、こっちに戻ってきて」
ハンドタオルで涙を拭いていたとき、優太さんが涙ぐんだ声で声を掛けてくれた。
「はい」
森川先生もあたしも小さな声で返事をして、ゆっくりと歩いて優太さんの元に戻った。
「このハンカチで涙を拭いてください」
泥だらけのタオルで顔を拭いていた優太さんに、森川先生が花柄の綺麗なハンカチを手渡した。
「どうもありがとう」
拭いても拭いても涙が止まらないのだと思う。優太さんの着ているTシャツがどんどん濡れていく。Tシャツを伝った涙が地面に落ちていく。水溜りができそうなくらい。
「優太さん、あたしも菓絵さんの手紙を読んでもいいですか?」
この衝動だけはどうしても抑え切れない。あたしの中の菓絵さんも、自分で書いた手紙を読んでみたいと思っているのだと思う。
「う、うん。いいよ。懐中電灯をありがとう」
大粒の涙を流している優太さんから菓絵さんの手紙と懐中電灯を受け取り、あたしも懐中電灯の明かりを頼りに読んでみた。
未来の菓絵と優太へ
このタイムカプセルを開ける頃には、私はおばあちゃん。優太はおじいちゃんになっていると思います。私も優太も、ずっと健康でいられるように。いつまでも幸せに暮らせるように。駄菓子屋もお絵描き教室も続けられるように。と願いを込めて、私と優太の思い出の地である、秘密の丘の空の下の笑顔の樹の下に、タイムカプセルを埋めることにしました。我ながら、良いアイデアだと思っています。
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
自分の鼻歌のメロディーを、言葉にして書くのは初めてです。今日も鼻歌の調子が良いです。こんなに鼻歌の調子が良いのは優太のおかげです。私はおばあちゃんになっても、鼻歌を歌っているのでしょうか。どんな声で歌っているのでしょうか。私の鼻歌のリズムは変わらないままでしょうか。優太は私の鼻歌を何回聴いているのでしょうか。千回でしょうか。二千回でしょうか。それ以上かもしれませんね。このタイムカプセルを開けるまで、私の鼻歌を一回でも多く聴いてもらえたらと思います。
鼻歌の数だけ幸せがある。
私は優太と出会えて幸せです。
優太を好きになれて幸せです。
優太と一緒にいられて幸せです。
菓絵と優太は、ずっと一緒さ♪
ずっとずっといつまでも笑顔でいましょうね。
愛する人がいるということは、とても幸せなこと。
平成二年 九月十一日 佐藤菓絵