空の下の笑顔の樹
 菓絵さんの手紙を読み終えた瞬間に、一気に涙が溢れてきた。あたしの中の菓絵さんも泣いているのだろうか。拭いても拭いても涙が止まらない。目が腫れすぎて、優太さんの顔も森川先生の顔もよく見えない。

 菓絵さん、あたしの心の声が聞こえますか。菓絵さんのタイムカプセルに入っていた手紙を読みましたよ。優太さんは、あたしの前に読みました。菓絵さんの想いは、優太さんに届いたと思います。本当に良かったですね。

 菓絵さんは泣き止んだのだろうか。あたしの涙はピタリと止まった。

「美咲ちゃん、千早ちゃん。菓絵のタイムカプセルに入っていた五円チョコとうまい棒を食べてみない?」
 優太さんが笑顔で言ってくれた。
「はい。食べてみたいです」
 優太さんに菓絵さんの手紙を返して、五円チョコとうまい棒を一つずつ受け取った。
「食べられそうな感じですね」
 二十年前の五円チョコとうまい棒。賞味期限はとっくに過ぎているのに、形はほとんど崩れていない。こんなに保存状態が良いのは、ずっと土の中に埋まっていたからなのだろうか。菓絵さんの想いが奇跡を起こしたのだろうか。
「いただきます」
 さっそく袋を開けて食べてみた。五円チョコは、甘くてまろやかで、なんだか懐かしい味がする。うまい棒は、さくさくでしっかりとした歯応えがある。五円チョコもうまい棒も最高に美味しい。優太さんも森川先生も美味しそうに食べている。
「どうもご馳走様でした」
 優太さんと森川先生とあたしは、レジャーシートの上に置かれている菓絵さんの五円チョコとうまい棒の袋に手を合わせた。
「観光バスのミニカーとベーゴマは、美咲ちゃんと千早ちゃんにあげるね」
「いいんですか?」
「うん。僕はいっぱい持ってるから、遠慮なく受け取ってね」
 優太さんが観光バスのミニカーを一台とベーゴマを二つ手渡してくれた。
「どうもありがとうございます!」
 家に帰ったら、菓絵さんのレトロな観光バスを真奈美に見せびらかして、よく回りそうなベーゴマでお父さんと勝負だ。
「美咲ちゃん、この丘の上で、ウエディングドレスを着てもらえないかな?」
「え、あたしはまだ十三歳ですよ」
「美咲ちゃんと結婚するんじゃなくて、菓絵と結婚するんだよ」
「あ、勘違いしました」
 恥ずかしいなんてものじゃない。五円チョコの穴に入って隠れたい。
「あはははは」
 優太さんが笑っている。
「ふふふふふ」
 森川先生も笑っている。
「わはははは!」
 空の下の笑顔の樹さんも笑っている。なんだかお腹がくすぐったい。あたしの中の菓絵さんも笑っているのだと思う。
「優太さんと結婚させていただきます」
「どうもありがとう」
 照れくさそうにしている優太さんとクスクス笑っている森川先生とあたしとの三人で話し合い、結婚式の日取りを決めた。
「菓絵の麦わら帽子は、美咲ちゃんにあげるね」
「え、優太さんの大切な宝物をいただいていいんですか?」
「うん。菓絵の生まれ変わりの美咲ちゃんに被ってもらいたいんだ」
 優太さんがにっこりと微笑みながら、菓絵さんの麦わら帽子をあたしに被せてくれた。とっても被り心地が良い。すごく良い香りがする。あたしが被ったということは、菓絵さんも被ったということ。

 ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
 ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
 ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
 ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
 ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
 ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
 ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪

 嬉しすぎて、どうにもこうにも鼻歌が止まらない。あたしの中の菓絵さんも、鼻歌を歌いまくっているのだと思う。

「その鼻歌のリズム、すごく懐かしいな」
 あたしと菓絵さんの鼻歌を聴いた優太さんは、右手で麦わら帽子をくるくると回しながら喜んでいた。
「結婚式の日に被ってきてね」
「はい! 必ず被ってきます!」
 
 菓絵ちゃん、優太くん、千早ちゃん、美咲ちゃん、本当に良かったね。菓絵ちゃんと優太くんの結婚式を楽しみにしているよ。





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