空の下の笑顔の樹
ふふふふふーん♪
今年も梅雨明けと同時に、みんみん蝉の鳴き声が聞こえてくるようになった。蝉の鳴き声にプール帰りの子供たちにカキ氷に扇風機に蚊取り線香に花火に麦わら帽子といった夏の風物詩。あたしと真奈美が駄菓子屋を切り盛りするようになってから、三回目の夏。
あたしは今日も菓絵さんの麦わら帽子を被り、笑顔でお客様を出迎える。真奈美は店番をほっぽらかして、つい最近できた彼氏とデート中。まったく困った妹だ。
「美咲おばちゃん、こんにちは。今日もみんなで買いに来たよ」
「智明くん、純一郎くん、彩花ちゃん、こんにちは。いらっしゃい。三人とも、また一段と日焼けしてるわね。今日もプールに行ってきたの?」
「うん。今日も三人でプールに行って泳いできたよ」
「そうだったの。いいわねえ。彩花ちゃんも泳げるようになった?」
「ちょっとだけだけど、泳げるようになったよ」
「良かったわねえ。もっともっと泳げるようになるといいわね」
「うん。また明日からも頑張って練習して、もっともっと泳げるようになるんだ」
「真奈美おばちゃんはどうしたの?」
「彼氏とデート中なのよ」
「そうなんだ」
近くに小学校と中学校があるので、毎日毎日、いろんな子供たちが遊びに来てくれる。小学五年生の智明くんと純一郎くんと彩花ちゃんも、あたしと真奈美の駄菓子屋の大切な常連さん。
「プールで泳いでお腹が減ってるでしょ? 今日は何を買ってくれるのかな?」
「アイスを買う!」
「僕もアイスを買う!」
「あたしもアイスを買う!」
いろんな種類のアイスが入っている冷蔵庫を覗き込んで、どれにしようか選んでいる子供たち。智明くんも純一郎くんも彩花ちゃんも悩んだあげく、今日も当たりくじ付きのチョコっとアイスを買ってくれた。
「今日もすごく暑いから、アイス日和だね」
真っ黒に日焼けした体で扇風機に当たりながら冷たいアイスを美味しそうに頬張っている子供たちの様子を間近で見ていると、あたしもアイスを食べたくなってくる。
「美咲おばちゃん! またアイスが当たったよ!」
「智明くん、おめでとう。もう一本食べてね」
「うん! もう一本食べる!」
智明くんは幸運の持ち主なのかはわからないけど、当たりくじ付きのチョコっとアイスを買う度に当たっている。純一郎くんと彩花ちゃんは運が無いのか、今まで一度も当たったことがない。
「美咲おばちゃん、ベーゴマで勝負しようよ」
「今日こそは絶対に美咲おばちゃんに勝つんだ!」
智明くんと純一郎くんは、ベーゴマがとても上手で、いつも駄菓子を食べた後にあたしに勝負を挑んでくる。彩花ちゃんは、ベーゴマには興味がないようだ。
「いいわよ。二人とも遠慮なく掛かってきなさい」
あたしは相変わらずベーゴマが強い。強すぎて困るくらいだ。お客さんと私の戦績は、私の全勝。未だに負け知らず。お客さんに喜んでもらうため、わざと負けてあげようと思ったことがあるけど、手を抜いたら失礼になると思い、子供相手でも手は抜かない。そんなあたしに勝ちたいというお客さんがいたりで、ベーゴマ好きのお客さんも、あたしと真奈美の駄菓子屋に通ってくれるようになった。お父さんは弱すぎて相手にならない。いつもあたしに負けて、いじけながら帰っていく。菓絵さんと勝負することが、あたしの夢のひとつ。
「智明くん、純一郎くん、準備はいい?」
「いいよ!」
今日もやる気まんまんといった様子の智明くんと純一郎くん。あたしに勝ちたいという気迫が十分に伝わってくる。
「美咲おばちゃん! がんばれ!」
チョコっとアイスをゆっくり食べている彩花ちゃんは、いつもあたしのことを応援してくれる。
「それじゃあ、いくわよ。せーの!」
お父さんがプレゼントしてくれた特製の台で、今日も智明くんと純一郎くんと勝負してみた。
「ああ、また負けちゃった。美咲おばちゃんは本当に強いね」
「智明くんと純一郎くんとは経験の差が違うのよ。もっと練習しておいで」
「すごく悔しいなあ。美咲おばちゃんに勝てるように、もっと頑張って練習する!」
またあたしに負けてしまった智明くんと純一郎くんは、とても真剣な表情でベーゴマの練習を始めた。
「美咲おばちゃん、ラクダさんの絵を描いてきたから見てみて」
チョコっとアイスを食べ終えた彩花ちゃんが、スケッチブックを広げて見せてくれた。
「とっても可愛らしいラクダさんね。すごく上手よ」
「わーい! 美咲おばちゃんに褒められた!」
「また何か描いたら、見せに来てね」
あたしは趣味を活かして、毎週金曜日の夜に自宅のアパートの一室でお絵描き教室を開いている。感性が豊かな子供たちに自分の頭で創作することの楽しさを教えるためだ。可愛らしいラクダさんの絵を見せてくれた彩花ちゃんも、あたしのお絵描き教室の生徒の一人で、自分で描いた絵を見せに来てくれる。大人には描けない絵。子供が描く絵はどの絵も表現力が豊かで個性的なので、見習う部分がたくさんある。
「美咲おばちゃん、どうもご馳走様でした。また明日も来るね。ばいばい」
「智明くん、純一郎くん、彩花ちゃん、今日もありがとうね。また明日ね。ばいばい」
元気な子供たちが帰った後、椅子に座ってスケッチブックを開いて、のんびりと店番をしながら趣味の絵を描く。あたしはお客さんの似顔絵を描いていて、駄菓子やおもちゃを買ってくれたお客さんに似顔絵をプレゼントしている。ベーゴマと同様に、常連客を増やすための作戦だ。
時間が止まっているのではないかと錯覚してしまうほどの、ゆったりとした時の流れ。とてものんびりとした日常。自分で駄菓子屋を切り盛りするようになってから、菓絵さんが駄菓子を営んでいた理由がわかるようになってきた。
今日も青空が眩しい。綿菓子のような真っ白い雲が浮かんでいる。駄菓子屋の軒先に立って、チョコっとアイスを食べながら空を見上げることがあたしの日課になった。目には見えないけれど、菓絵さんは、あの大きな空のキャンバスに絵を描いているのだと思う。あたしには想像できないくらい、大きくて素敵な絵を。
「美咲さん、こんにちは」
「楓さん、こんにちは。いらっしゃい」
「今日も暑いですね」
「はい。ちょっと動いただけで、汗が噴出してきます。あ、楓さんも麦わら帽子を被っていますね」
「僕も麦わら帽子を買ってみたんです」
「青色のテープリボンが可愛らしいですね。楓さんによく似合っていると思います」
「僕の麦わら帽子を褒めてくれて、どうもありがとうです。チョコっと太郎と焼きとうもろこしとコーヒー牛乳をください」
「お買い上げ、ありがとうございます」
「あの、前々から言おうと思っていたことなんですが、僕も美咲さんのお絵描き教室に入ってもいいですか?」
「はい。どうぞ入ってください」
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
愛する人がいるということは、とても幸せなこと。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今年も梅雨明けと同時に、みんみん蝉の鳴き声が聞こえてくるようになった。蝉の鳴き声にプール帰りの子供たちにカキ氷に扇風機に蚊取り線香に花火に麦わら帽子といった夏の風物詩。あたしと真奈美が駄菓子屋を切り盛りするようになってから、三回目の夏。
あたしは今日も菓絵さんの麦わら帽子を被り、笑顔でお客様を出迎える。真奈美は店番をほっぽらかして、つい最近できた彼氏とデート中。まったく困った妹だ。
「美咲おばちゃん、こんにちは。今日もみんなで買いに来たよ」
「智明くん、純一郎くん、彩花ちゃん、こんにちは。いらっしゃい。三人とも、また一段と日焼けしてるわね。今日もプールに行ってきたの?」
「うん。今日も三人でプールに行って泳いできたよ」
「そうだったの。いいわねえ。彩花ちゃんも泳げるようになった?」
「ちょっとだけだけど、泳げるようになったよ」
「良かったわねえ。もっともっと泳げるようになるといいわね」
「うん。また明日からも頑張って練習して、もっともっと泳げるようになるんだ」
「真奈美おばちゃんはどうしたの?」
「彼氏とデート中なのよ」
「そうなんだ」
近くに小学校と中学校があるので、毎日毎日、いろんな子供たちが遊びに来てくれる。小学五年生の智明くんと純一郎くんと彩花ちゃんも、あたしと真奈美の駄菓子屋の大切な常連さん。
「プールで泳いでお腹が減ってるでしょ? 今日は何を買ってくれるのかな?」
「アイスを買う!」
「僕もアイスを買う!」
「あたしもアイスを買う!」
いろんな種類のアイスが入っている冷蔵庫を覗き込んで、どれにしようか選んでいる子供たち。智明くんも純一郎くんも彩花ちゃんも悩んだあげく、今日も当たりくじ付きのチョコっとアイスを買ってくれた。
「今日もすごく暑いから、アイス日和だね」
真っ黒に日焼けした体で扇風機に当たりながら冷たいアイスを美味しそうに頬張っている子供たちの様子を間近で見ていると、あたしもアイスを食べたくなってくる。
「美咲おばちゃん! またアイスが当たったよ!」
「智明くん、おめでとう。もう一本食べてね」
「うん! もう一本食べる!」
智明くんは幸運の持ち主なのかはわからないけど、当たりくじ付きのチョコっとアイスを買う度に当たっている。純一郎くんと彩花ちゃんは運が無いのか、今まで一度も当たったことがない。
「美咲おばちゃん、ベーゴマで勝負しようよ」
「今日こそは絶対に美咲おばちゃんに勝つんだ!」
智明くんと純一郎くんは、ベーゴマがとても上手で、いつも駄菓子を食べた後にあたしに勝負を挑んでくる。彩花ちゃんは、ベーゴマには興味がないようだ。
「いいわよ。二人とも遠慮なく掛かってきなさい」
あたしは相変わらずベーゴマが強い。強すぎて困るくらいだ。お客さんと私の戦績は、私の全勝。未だに負け知らず。お客さんに喜んでもらうため、わざと負けてあげようと思ったことがあるけど、手を抜いたら失礼になると思い、子供相手でも手は抜かない。そんなあたしに勝ちたいというお客さんがいたりで、ベーゴマ好きのお客さんも、あたしと真奈美の駄菓子屋に通ってくれるようになった。お父さんは弱すぎて相手にならない。いつもあたしに負けて、いじけながら帰っていく。菓絵さんと勝負することが、あたしの夢のひとつ。
「智明くん、純一郎くん、準備はいい?」
「いいよ!」
今日もやる気まんまんといった様子の智明くんと純一郎くん。あたしに勝ちたいという気迫が十分に伝わってくる。
「美咲おばちゃん! がんばれ!」
チョコっとアイスをゆっくり食べている彩花ちゃんは、いつもあたしのことを応援してくれる。
「それじゃあ、いくわよ。せーの!」
お父さんがプレゼントしてくれた特製の台で、今日も智明くんと純一郎くんと勝負してみた。
「ああ、また負けちゃった。美咲おばちゃんは本当に強いね」
「智明くんと純一郎くんとは経験の差が違うのよ。もっと練習しておいで」
「すごく悔しいなあ。美咲おばちゃんに勝てるように、もっと頑張って練習する!」
またあたしに負けてしまった智明くんと純一郎くんは、とても真剣な表情でベーゴマの練習を始めた。
「美咲おばちゃん、ラクダさんの絵を描いてきたから見てみて」
チョコっとアイスを食べ終えた彩花ちゃんが、スケッチブックを広げて見せてくれた。
「とっても可愛らしいラクダさんね。すごく上手よ」
「わーい! 美咲おばちゃんに褒められた!」
「また何か描いたら、見せに来てね」
あたしは趣味を活かして、毎週金曜日の夜に自宅のアパートの一室でお絵描き教室を開いている。感性が豊かな子供たちに自分の頭で創作することの楽しさを教えるためだ。可愛らしいラクダさんの絵を見せてくれた彩花ちゃんも、あたしのお絵描き教室の生徒の一人で、自分で描いた絵を見せに来てくれる。大人には描けない絵。子供が描く絵はどの絵も表現力が豊かで個性的なので、見習う部分がたくさんある。
「美咲おばちゃん、どうもご馳走様でした。また明日も来るね。ばいばい」
「智明くん、純一郎くん、彩花ちゃん、今日もありがとうね。また明日ね。ばいばい」
元気な子供たちが帰った後、椅子に座ってスケッチブックを開いて、のんびりと店番をしながら趣味の絵を描く。あたしはお客さんの似顔絵を描いていて、駄菓子やおもちゃを買ってくれたお客さんに似顔絵をプレゼントしている。ベーゴマと同様に、常連客を増やすための作戦だ。
時間が止まっているのではないかと錯覚してしまうほどの、ゆったりとした時の流れ。とてものんびりとした日常。自分で駄菓子屋を切り盛りするようになってから、菓絵さんが駄菓子を営んでいた理由がわかるようになってきた。
今日も青空が眩しい。綿菓子のような真っ白い雲が浮かんでいる。駄菓子屋の軒先に立って、チョコっとアイスを食べながら空を見上げることがあたしの日課になった。目には見えないけれど、菓絵さんは、あの大きな空のキャンバスに絵を描いているのだと思う。あたしには想像できないくらい、大きくて素敵な絵を。
「美咲さん、こんにちは」
「楓さん、こんにちは。いらっしゃい」
「今日も暑いですね」
「はい。ちょっと動いただけで、汗が噴出してきます。あ、楓さんも麦わら帽子を被っていますね」
「僕も麦わら帽子を買ってみたんです」
「青色のテープリボンが可愛らしいですね。楓さんによく似合っていると思います」
「僕の麦わら帽子を褒めてくれて、どうもありがとうです。チョコっと太郎と焼きとうもろこしとコーヒー牛乳をください」
「お買い上げ、ありがとうございます」
「あの、前々から言おうと思っていたことなんですが、僕も美咲さんのお絵描き教室に入ってもいいですか?」
「はい。どうぞ入ってください」
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
愛する人がいるということは、とても幸せなこと。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。