空の下の笑顔の樹
「どの写真もよく撮れていますね」
「こんなに綺麗に撮れたのは、被写体が美しいからだと思います」
「も、もうすぐ七時半になりますので、また後で見させてもらいますね」
優太さんの言葉を聞いて恥ずかしくなった私は、うまい棒の袋を片付けて、大切な写真を寝室の机の上に置いた。
「菓絵おばちゃん、こんばんは」
紅茶を淹れている間に、お絵描き教室の子供たちが続々と集まってきて、リビングが一気に賑やかになってきた。
今日の生徒は、小学六年生の由香里ちゃん。小学五年生の千早ちゃんと奈津美ちゃん。小学四年生の武くん。小学三年生の有美ちゃんと浩二くん。小学二年生の直也くん。大人の優太さんとの八名。
「菓絵おばちゃん、今日もよろしくお願いします」
私に礼儀正しく挨拶をしてくれたお絵描き教室の子供たちは、私のことを先生とは呼ばないで、菓絵おばちゃんと呼んでいる。
「今日は、みんなに新しいお友達を紹介します。私の駄菓子屋の常連さんで友達の、山下優太さんです」
お絵描き教室の子供たちに、さっそく優太さんを紹介してみた。
「こんばんは。どうも初めまして。菓絵おばちゃんから紹介を受けました山下優太です。今日から僕もお世話になります。みんなよろしくね」
私の隣に立って、お絵描き教室の子供たちに自己紹介をしてくれた優太さんも、私のことを菓絵おばちゃんと呼んでくれたので、なんだかちょっぴり嬉しかった。
「優太おじちゃんは、とっても優しい人だから、みんな歓迎してあげてね」
別にお返しというわけではないけど、お絵描き教室の間だけ、優太おじちゃんと呼ぶようにしてみた。
「はーい! 大歓迎でーす!」
お絵描き教室の子供たちは、みんな笑顔で手を叩いてくれて、優太おじちゃんを温かく迎え入れてくれた。
「みんなありがとう」
お絵描き教室の子供たちの拍手に笑顔で応えてくれた優太おじちゃん。この調子なら、私が気を遣わなくても、大丈夫そうな感じ。
「菓絵おばちゃん、僕はどこに座ればいいですか?」
「優太おじちゃんは、黄色の服を着ている子の隣に座ってください」
「わかりました。あの子の隣ですね」
今日が初日の優太おじちゃんは、私の自慢の教え子の千早ちゃんの隣に座ってもらい、緑色の絨毯の上で背筋をピンと伸ばして正座をしている優太おじちゃんにスケッチブックと鉛筆と色鉛筆と消しゴムを手渡してみた。小さな子供たちの中に混じっている大きな優太おじちゃん。もじもじと恥ずかしそうにしている。
「それでは、お絵描きスタート」
私の掛け声で、お絵描き教室の子供たちが一斉に絵を描き始めた。
絵の具で風景画を描き始めた由香里ちゃん。先週の金曜日から、難しい油絵に挑戦している千早ちゃん。いろんな色の色鉛筆を使い分けて、カラフルな動物の絵を描いている奈津美ちゃん。ひたすらアニメのキャラクターの絵を描き続けている武くん。真っ白いスケッチブックを、青色と赤色のクレヨンで塗りつぶしている浩二くん。絵を描くことはそっちのけで、駄菓子を食べることに夢中になっている有美ちゃんと直也くん。とても真剣な表情で絵を描き進めている子もいれば、おしゃべりを楽しみながら絵を描いている子もいるし、駄菓子を食べることに夢中になっている子もいたりする。私のお絵描き教室の教育方針は、とにかく楽しむこと。それぞれの能力や個性に合わせて、絵の描き方などを指導するようにしているけど、目的は何であれ、絵を描くことが上手でも下手でも、とにかく楽しんでもらえれば、それだけでいい。
「優太おじちゃん、さっきからずっと手が止まったままですが、どうかしましたか」
キョロキョロと周りを見回している優太おじちゃんのスケッチブックを見たら、まだ何も描かれていなくて、真っ白いままだった。
「何を描けばいいのかわからなくて……」
「頭の中に思い浮かんだものを、好きなように自由に描けばいいんですよ」
「はい。それじゃあ、菓絵おばちゃんの似顔絵を描いてみます」
描きたいものが決まった優太おじちゃんは、右手で鉛筆を握り締めて、膝の上に乗せているスケッチブックに私の似顔絵を描き始めてくれた。写真が上手な優太おじちゃんが、私の似顔絵をどんな風に描いてくれるのか、楽しみで仕方がない。
「か、描けました」
小さな声で言った優太おじちゃんのスケッチブックを見てみたら、原始人のような人の顔が描かれていたので、私は思わず二度見をしてしまった。写真は上手な優太おじちゃんだけど、絵はあまり上手ではないようだ。
「下手すぎて、どうもすみません」
申し訳なさそうにして、下を向いてしまった優太おじちゃん。創作意欲を失わせないために、フォローをしなければならない。
「そんなに気にしなくてもいいんですよ。下手でも気にせずに、肩の力を抜いてリラックスして、楽しみながら描くようにしてくださいね」
「はい。それじゃあ、夕焼け空の絵を描いてみますね」
気を取り直してくれた様子の優太おじちゃんは、オレンジ色の色鉛筆を握り締めて、笑顔で夕焼け空の絵を描き始めてくれた。
「優太おじちゃん、あたしと直也と一緒に遊ぼうよ」
お腹が一杯になったのか、有美ちゃんと直也くんは駄菓子を食べるのをやめて、夕焼け空の絵を描き進めている優太おじちゃんの体に抱きついていた。
「菓絵おばちゃん、僕はどうすればいいですか?」
優太おじちゃんが戸惑うのも無理はない。今日は絵を描きに来たのだから。
「絵を描くのはまた今度にして、有美ちゃんと直也くんと遊んでもらえませんか」
夕焼け空の絵を描かせてあげたいところだけど、お絵描き教室の子供たちと慣れ親しんでもらうため、優太おじちゃんにお願いしてみた。
「はい。それじゃあ、有美ちゃんと直也くんと遊んでみます」
私の言うことを聞いてくれた優太おじちゃんは、スケッチブックを膝から降ろし、有美ちゃんと直也くんに向かって、「何をして遊ぼうか」と笑顔で言ってくれた。
「三人であやとりをしようよ」
有美ちゃんも直也くんも、あやとりが大好きでとても上手だ。
「いいよ。僕はあやとりをしたことがないから、やり方を教えてね」
「うん! あたしが教えてあげる!」
「僕も教えてあげる!」
お絵描き教室の生徒から、あやとりの先生に変身した有美ちゃんと直也くんは、とっても嬉しそうにしながら、優太おじちゃんにあやとりのやり方を教えていた。
「んんー。何回やっても上手くいかないなあ。あやとりって、意外と難しいんだね」
悪戦苦闘中の優太おじちゃんが言ったとおり、あやとりは意外と難しくて奥が深い。私も子供の頃によくあやとりをしていたけど、大人になってから、やり方をすっかり忘れてしまい、有美ちゃんと直也くんに教えてもらったことがある。
「あはははは! 優太おじちゃんは、あやとりが下手だね」
「う、うん……。もう一度、初めから教えてくれるかな」
有美ちゃんに笑われてしまった優太おじちゃんは、めげることもなく、笑顔であやとりのやり方を教わっていた。
「今日は、絵を描くのはここまでにして、みんなであやとりをして遊びましょう」
「はーい!」
私の呼び掛けにより、絵を描いていた子供たちもあやとりを始めてくれた。みんなで一緒にあやとりが出来るように、大急ぎで長い紐を作り、九人で輪になって、一本の紐であやとりをして遊んでみた。子供たちの可愛らしい小さな手。優太おじちゃんのがっちりとした大きな手。おばちゃんの私の手。十八本もの手が一本のあやとりの紐を引っ張り合っている。こんなに大人数であやとりをして遊んだのは、お絵描き教室を始めて以来、初めてのこと。
「あはは。こんなに手がいっぱいあると、どの手が自分の手なのかわからなくなってきちゃうね」
「この手が千早の手だよ」
「ぶぶー、ハズレ。その手は菓絵おばちゃんの手だよ」
「またまたハズレ。その手は奈津美ちゃんの手だよ」
「その手はあたしの手じゃないよ」
「この手は僕の手だよ」
「なーんだ。武の手だったんだ」
「いつの間にか、あやとりじゃなくて、誰の手か当てるゲームになっちゃたわね」
「あはははは!」
子供たちの明るい笑い声がこだましている私のお絵描き教室。とっても楽しそうに遊んでいる子供たちの様子を間近で見ていると、お絵描き教室を開いていて、本当に良かったと思えてくる。
みんなであやとりをして遊んでいるうちに、いつの間にか九時を過ぎていた。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。
「今日は、ここまでにします。みんないつものように、きちんと後片付けをしてね」
「はーい!」
私の合図により、お絵描き教室の子供たちが一斉に後片付けを始めてくれて、優太おじちゃんも食器運びを手伝ってくれた。
「菓絵おばちゃん、今日もありがとうございました。また来週もよろしくお願いします」
帰りの挨拶をしてくれたお絵描き教室の子供たちは、お絵描き道具の入った手提げ鞄を持って、玄関に向かっていった。
「みんな気をつけて帰ってね」
「はーい! 菓絵おばちゃん、優太おじちゃん、ばいばい」
お絵描き教室の子供たちがそれぞれの家に帰っていき、リビングに静けさが戻った。私はいつもこの瞬間に寂しさを感じてしまう。お絵描き教室の子供たちは他所様の大切な子であって、自分の子ではないけれど、私はお絵描き教室の子供たちのことを、自分の実の子のように思っているから。
「今夜はいろいろとありがとうございました。絵を描いたのも、小さな子供たちと触れ合ったのも、かなり久しぶりだったので、とっても楽しかったです」
笑顔でお礼を言ってくれた優太おじちゃんは、テーブルの上に置かれているあやとりの紐を握り締めて、今夜のお絵描き教室の余韻に浸っている様子だった。
「楽しんでもらえて良かったです。あんなに盛り上がったのは、優太おじちゃんのおかげす。本当にありがとうございました。来週の金曜日も来てくださいね」
「はい。来週の金曜日もよろしくお願いします。その前に、また明日の午後もよろしくお願いしますね」
「そうでしたね。楽しみにしています。今夜は本当にお疲れ様でした」
「はい。どうもお疲れ様でした。それでは僕も家に帰ります」
優太おじちゃんが玄関に向かっていった。
「あ、ちょっと……」
「どうかしましたか?」
「い、いえ……。何でもありません」
「それではまた明日です。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
優太おじちゃんも家に帰っていき、また一人になってしまった。なんだか今日は、いつも以上に寂しさを感じる。
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
いつもは自然と歌ってしまう鼻歌だけど、今日は元気を出すために歌ってみた。
ゆっくりとお風呂に入った後、寝室の机の上に置いておいた大切な写真をじっくりと見返して、今夜の出来事をノートに書いてみた。この幸せな日々が、いつまでも続くようにと願いを込めながら。
「こんなに綺麗に撮れたのは、被写体が美しいからだと思います」
「も、もうすぐ七時半になりますので、また後で見させてもらいますね」
優太さんの言葉を聞いて恥ずかしくなった私は、うまい棒の袋を片付けて、大切な写真を寝室の机の上に置いた。
「菓絵おばちゃん、こんばんは」
紅茶を淹れている間に、お絵描き教室の子供たちが続々と集まってきて、リビングが一気に賑やかになってきた。
今日の生徒は、小学六年生の由香里ちゃん。小学五年生の千早ちゃんと奈津美ちゃん。小学四年生の武くん。小学三年生の有美ちゃんと浩二くん。小学二年生の直也くん。大人の優太さんとの八名。
「菓絵おばちゃん、今日もよろしくお願いします」
私に礼儀正しく挨拶をしてくれたお絵描き教室の子供たちは、私のことを先生とは呼ばないで、菓絵おばちゃんと呼んでいる。
「今日は、みんなに新しいお友達を紹介します。私の駄菓子屋の常連さんで友達の、山下優太さんです」
お絵描き教室の子供たちに、さっそく優太さんを紹介してみた。
「こんばんは。どうも初めまして。菓絵おばちゃんから紹介を受けました山下優太です。今日から僕もお世話になります。みんなよろしくね」
私の隣に立って、お絵描き教室の子供たちに自己紹介をしてくれた優太さんも、私のことを菓絵おばちゃんと呼んでくれたので、なんだかちょっぴり嬉しかった。
「優太おじちゃんは、とっても優しい人だから、みんな歓迎してあげてね」
別にお返しというわけではないけど、お絵描き教室の間だけ、優太おじちゃんと呼ぶようにしてみた。
「はーい! 大歓迎でーす!」
お絵描き教室の子供たちは、みんな笑顔で手を叩いてくれて、優太おじちゃんを温かく迎え入れてくれた。
「みんなありがとう」
お絵描き教室の子供たちの拍手に笑顔で応えてくれた優太おじちゃん。この調子なら、私が気を遣わなくても、大丈夫そうな感じ。
「菓絵おばちゃん、僕はどこに座ればいいですか?」
「優太おじちゃんは、黄色の服を着ている子の隣に座ってください」
「わかりました。あの子の隣ですね」
今日が初日の優太おじちゃんは、私の自慢の教え子の千早ちゃんの隣に座ってもらい、緑色の絨毯の上で背筋をピンと伸ばして正座をしている優太おじちゃんにスケッチブックと鉛筆と色鉛筆と消しゴムを手渡してみた。小さな子供たちの中に混じっている大きな優太おじちゃん。もじもじと恥ずかしそうにしている。
「それでは、お絵描きスタート」
私の掛け声で、お絵描き教室の子供たちが一斉に絵を描き始めた。
絵の具で風景画を描き始めた由香里ちゃん。先週の金曜日から、難しい油絵に挑戦している千早ちゃん。いろんな色の色鉛筆を使い分けて、カラフルな動物の絵を描いている奈津美ちゃん。ひたすらアニメのキャラクターの絵を描き続けている武くん。真っ白いスケッチブックを、青色と赤色のクレヨンで塗りつぶしている浩二くん。絵を描くことはそっちのけで、駄菓子を食べることに夢中になっている有美ちゃんと直也くん。とても真剣な表情で絵を描き進めている子もいれば、おしゃべりを楽しみながら絵を描いている子もいるし、駄菓子を食べることに夢中になっている子もいたりする。私のお絵描き教室の教育方針は、とにかく楽しむこと。それぞれの能力や個性に合わせて、絵の描き方などを指導するようにしているけど、目的は何であれ、絵を描くことが上手でも下手でも、とにかく楽しんでもらえれば、それだけでいい。
「優太おじちゃん、さっきからずっと手が止まったままですが、どうかしましたか」
キョロキョロと周りを見回している優太おじちゃんのスケッチブックを見たら、まだ何も描かれていなくて、真っ白いままだった。
「何を描けばいいのかわからなくて……」
「頭の中に思い浮かんだものを、好きなように自由に描けばいいんですよ」
「はい。それじゃあ、菓絵おばちゃんの似顔絵を描いてみます」
描きたいものが決まった優太おじちゃんは、右手で鉛筆を握り締めて、膝の上に乗せているスケッチブックに私の似顔絵を描き始めてくれた。写真が上手な優太おじちゃんが、私の似顔絵をどんな風に描いてくれるのか、楽しみで仕方がない。
「か、描けました」
小さな声で言った優太おじちゃんのスケッチブックを見てみたら、原始人のような人の顔が描かれていたので、私は思わず二度見をしてしまった。写真は上手な優太おじちゃんだけど、絵はあまり上手ではないようだ。
「下手すぎて、どうもすみません」
申し訳なさそうにして、下を向いてしまった優太おじちゃん。創作意欲を失わせないために、フォローをしなければならない。
「そんなに気にしなくてもいいんですよ。下手でも気にせずに、肩の力を抜いてリラックスして、楽しみながら描くようにしてくださいね」
「はい。それじゃあ、夕焼け空の絵を描いてみますね」
気を取り直してくれた様子の優太おじちゃんは、オレンジ色の色鉛筆を握り締めて、笑顔で夕焼け空の絵を描き始めてくれた。
「優太おじちゃん、あたしと直也と一緒に遊ぼうよ」
お腹が一杯になったのか、有美ちゃんと直也くんは駄菓子を食べるのをやめて、夕焼け空の絵を描き進めている優太おじちゃんの体に抱きついていた。
「菓絵おばちゃん、僕はどうすればいいですか?」
優太おじちゃんが戸惑うのも無理はない。今日は絵を描きに来たのだから。
「絵を描くのはまた今度にして、有美ちゃんと直也くんと遊んでもらえませんか」
夕焼け空の絵を描かせてあげたいところだけど、お絵描き教室の子供たちと慣れ親しんでもらうため、優太おじちゃんにお願いしてみた。
「はい。それじゃあ、有美ちゃんと直也くんと遊んでみます」
私の言うことを聞いてくれた優太おじちゃんは、スケッチブックを膝から降ろし、有美ちゃんと直也くんに向かって、「何をして遊ぼうか」と笑顔で言ってくれた。
「三人であやとりをしようよ」
有美ちゃんも直也くんも、あやとりが大好きでとても上手だ。
「いいよ。僕はあやとりをしたことがないから、やり方を教えてね」
「うん! あたしが教えてあげる!」
「僕も教えてあげる!」
お絵描き教室の生徒から、あやとりの先生に変身した有美ちゃんと直也くんは、とっても嬉しそうにしながら、優太おじちゃんにあやとりのやり方を教えていた。
「んんー。何回やっても上手くいかないなあ。あやとりって、意外と難しいんだね」
悪戦苦闘中の優太おじちゃんが言ったとおり、あやとりは意外と難しくて奥が深い。私も子供の頃によくあやとりをしていたけど、大人になってから、やり方をすっかり忘れてしまい、有美ちゃんと直也くんに教えてもらったことがある。
「あはははは! 優太おじちゃんは、あやとりが下手だね」
「う、うん……。もう一度、初めから教えてくれるかな」
有美ちゃんに笑われてしまった優太おじちゃんは、めげることもなく、笑顔であやとりのやり方を教わっていた。
「今日は、絵を描くのはここまでにして、みんなであやとりをして遊びましょう」
「はーい!」
私の呼び掛けにより、絵を描いていた子供たちもあやとりを始めてくれた。みんなで一緒にあやとりが出来るように、大急ぎで長い紐を作り、九人で輪になって、一本の紐であやとりをして遊んでみた。子供たちの可愛らしい小さな手。優太おじちゃんのがっちりとした大きな手。おばちゃんの私の手。十八本もの手が一本のあやとりの紐を引っ張り合っている。こんなに大人数であやとりをして遊んだのは、お絵描き教室を始めて以来、初めてのこと。
「あはは。こんなに手がいっぱいあると、どの手が自分の手なのかわからなくなってきちゃうね」
「この手が千早の手だよ」
「ぶぶー、ハズレ。その手は菓絵おばちゃんの手だよ」
「またまたハズレ。その手は奈津美ちゃんの手だよ」
「その手はあたしの手じゃないよ」
「この手は僕の手だよ」
「なーんだ。武の手だったんだ」
「いつの間にか、あやとりじゃなくて、誰の手か当てるゲームになっちゃたわね」
「あはははは!」
子供たちの明るい笑い声がこだましている私のお絵描き教室。とっても楽しそうに遊んでいる子供たちの様子を間近で見ていると、お絵描き教室を開いていて、本当に良かったと思えてくる。
みんなであやとりをして遊んでいるうちに、いつの間にか九時を過ぎていた。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。
「今日は、ここまでにします。みんないつものように、きちんと後片付けをしてね」
「はーい!」
私の合図により、お絵描き教室の子供たちが一斉に後片付けを始めてくれて、優太おじちゃんも食器運びを手伝ってくれた。
「菓絵おばちゃん、今日もありがとうございました。また来週もよろしくお願いします」
帰りの挨拶をしてくれたお絵描き教室の子供たちは、お絵描き道具の入った手提げ鞄を持って、玄関に向かっていった。
「みんな気をつけて帰ってね」
「はーい! 菓絵おばちゃん、優太おじちゃん、ばいばい」
お絵描き教室の子供たちがそれぞれの家に帰っていき、リビングに静けさが戻った。私はいつもこの瞬間に寂しさを感じてしまう。お絵描き教室の子供たちは他所様の大切な子であって、自分の子ではないけれど、私はお絵描き教室の子供たちのことを、自分の実の子のように思っているから。
「今夜はいろいろとありがとうございました。絵を描いたのも、小さな子供たちと触れ合ったのも、かなり久しぶりだったので、とっても楽しかったです」
笑顔でお礼を言ってくれた優太おじちゃんは、テーブルの上に置かれているあやとりの紐を握り締めて、今夜のお絵描き教室の余韻に浸っている様子だった。
「楽しんでもらえて良かったです。あんなに盛り上がったのは、優太おじちゃんのおかげす。本当にありがとうございました。来週の金曜日も来てくださいね」
「はい。来週の金曜日もよろしくお願いします。その前に、また明日の午後もよろしくお願いしますね」
「そうでしたね。楽しみにしています。今夜は本当にお疲れ様でした」
「はい。どうもお疲れ様でした。それでは僕も家に帰ります」
優太おじちゃんが玄関に向かっていった。
「あ、ちょっと……」
「どうかしましたか?」
「い、いえ……。何でもありません」
「それではまた明日です。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
優太おじちゃんも家に帰っていき、また一人になってしまった。なんだか今日は、いつも以上に寂しさを感じる。
ふんふん♪ ふふふん♪ ふふふふふーん♪
いつもは自然と歌ってしまう鼻歌だけど、今日は元気を出すために歌ってみた。
ゆっくりとお風呂に入った後、寝室の机の上に置いておいた大切な写真をじっくりと見返して、今夜の出来事をノートに書いてみた。この幸せな日々が、いつまでも続くようにと願いを込めながら。