空の下の笑顔の樹
ふんふん♪
私は今朝も六時半に起きて、どこまでも透き通っている青空を見上げながら、近所の周りを走り回ってみた。遠くの空に丸っこい形の雲が浮かんでいる。なんだか可愛らしくて美味しそうな感じの雲だ。私の絵心をくすぐってくれる。今すぐスケッチしたいところだけど、今は鉛筆も色鉛筆もスケッチブックも持っていないので、走りながら頭の中でスケッチしてみた。ジョギングを始めてから、今日で丸一週間。走ることに慣れてきたのか、だんだん長い距離を走れるようになってきて、走ることの楽しさがわかるようになってきた。このまま頑張って走り続けていけば、いつの日か、私の体が宙に浮いて、あの丸っこい形の雲に乗れるかもしれない。現実的には不可能なことでも、空想して楽しむのは私の自由だし、夢は大きく持ったほうがいいと思う。
家に戻ってからすぐにシャワーを浴びて汗を流し、しっかりと朝ご飯を食べて、いつもの時間に駄菓子屋のシャッターを開けた。今日の最初のお客さんは、私のお隣さんの好子おばさん。
「菓絵ちゃん、おはよう」
「好子おばさん、おはようございます。いらっしゃい」
「今日は土曜日だよ。定休日を変えたんじゃなかったの?」
「あ、今日は定休日でしたね」
私はついつい、いつもの調子で駄菓子屋のシャッターを開けてしまい、今日が定休日であることを、好子おばさんに言われて気がついた。自分で決めたことなのに、すぐに忘れてしまうなんて、私はボケてしまったのだろうか。
「菓絵ちゃんは、真面目で働き者だからね。今日は、このまま営業するの?」
「ちょっと考えてみます」
このまま午前中だけ、普段どおりに営業を続けてもいいかと思ったけど、やっぱり今日は休むことにした。
「また明日来るね」
「はい。また明日です」
好子おばさんが帰った後、駄菓子屋のシャッターを閉めて、駅前の商店街にある本屋さんに行ってみた。お目当ては、紙飛行機の本だ。
へー、紙飛行機って、こんなにいろんな種類があるんだ。趣味コーナーの棚に置かれている紙飛行機の本を立ち読みしてみたところ、いろんな種類の紙飛行機の折り方が掲載されていたので、私は思わず感心した。優太さんの他にも、紙飛行機が好きな人がいっぱいいるのだと。
「この本をください」
「はい。お買い上げ、ありがとうございます」
本屋さんのお姉さんから紙飛行機の本を受け取った瞬間に、なんだかすごく嬉しくなってきて、スキップしながら家に帰った。
どの紙飛行機を折ってみようかな。これだけいろんな種類があると、どの紙飛行機を折ればいいのか迷ってしまう。私はまだまだ紙飛行機初心者なので、シンプルなデザインの紙飛行機を折ってみることにして、スケッチブックを切り離し、自分の分と優太さんの分の紙飛行機を折ってみた。試験飛行はしないで、ぶっつけ本番。
優太さんが来る時間まで、あと三十分くらい。今日は二回目なので、そんなに緊張はしていない。先週の土曜日と同じように、リュックサックに駄菓子とお絵描きセットとハンカチとタオルとコーヒー牛乳の入った水筒を詰め込んで、ついさっき折った紙飛行機をスケッチブックの間に挟み、麦わら帽子を被って駄菓子屋の軒先に立った。
「菓絵さん、こんにちは。どうもお待たせしました」
いつもの時間に迎えに来てくれた優太さんのスタイルは、上が黒色の半袖シャツ。下が黒色のジーンズ。背中にいつもの青色のリュックサック。首にカメラ。右手にカメラの三脚。頭には麦わら帽子。私の気のせいかもしれないけど、今日の優太さんは、いつもよりオシャレをしているように見える。
「優太さん、こんにちは。今日も駄菓子を持ってきましたので、秘密の丘の上で一緒に食べましょう」
「はい。ご馳走になります」
「優太さんは、今日も紙飛行機を持ってきたんですか?」
「はい。持ってきました」
「持ってきたんですね」
私も紙飛行機を折って持ってきたことは、まだ内緒だ。
「それでは出発しましょうか」
「はい。今日も頑張って歩きます」
優太さんも私もあご紐を首に掛けて、二時過ぎに家を出発した。
毎朝早起きをして、ジョギングを続けてきた甲斐があったのか、歩くのが速い優太さんと同じペースで歩けるようになり、先週の土曜日と同じ道を歩いて、三時半過ぎに秘密の丘の上に到着した。
今日も空が高くて広い。風がとっても心地よい。空気がすごく美味しい。どこまでも澄み渡った青空に、いろんな形の雲が浮かんでいる。数ある雲の中で私がいちばん注目したのは、ジョギングをしていたときに見かけたような感じの丸っこい形の雲。
「こんにちは。今日も笑顔だね」
私が青空を見上げているうちに、優太さんが空の下の笑顔の樹に挨拶をしていた。
「こんにちは。佐藤菓絵です。私のことを覚えていてくれましたか?」
私も空の下の笑顔の樹に挨拶をしてみた。返事は返ってこなかったけど、今日も幹の表面の模様が優しく微笑んでいるかのように見える。
こんにちは。いらっしゃい。今日も来てくれたんだね。君の顔と名前も覚えたよ。
どこからか、とっても優しい感じの声が聞こえてきたような気がした。小さな声だったので、何を言っていたのかは聞き取れなかった。空の下の笑顔の樹の周りには、私と優太さんしかいない。今の声は誰の声だったのだろう。優太さんの声だったのだろうか。私の空耳だったのだろうか。
「優太さん、私に何か言いましたか?」
「いいえ、何も言っていません。どうかしましたか?」
「それならいいんです。気にしないでください」
優太さんが不思議そうな顔で私を見つめている。不思議な声のことは忘れて、この場を
取り繕わなければならない。
「空の下の笑顔の樹の葉っぱの色も少し変わってきましたね」
「他の樹と同じように、衣替えの準備を始めたのだと思います。今はまだ、ふさふさと生い茂っていますが、冬になると葉っぱが落ちて、丸坊主になるんですよ」
空の下の笑顔の樹の様子について話してくれた優太さん。秘密の丘に通い続けている優太さんならではの話だと私は思った。
「樹にもいろんな表情がありますからね」
「そうですね。四季折々で、いろんな表情を見せてくれます。風が良い感じに吹いていますので、あの美しい青空に向かって、紙飛行機を飛ばしませんか?」
待ってました! 私は心の中で叫んだ。
「飛ばしましょう。実は、私も紙飛行機を折って持ってきたんです」
スケッチブックの間に挟んでおいた紙飛行機を広げて、二機のうちの一機を優太さんに手渡してみた。
「僕の紙飛行機より大きいですね」
私が折った紙飛行機を両手で持って、とっても嬉しそうにしている優太さん。紙飛行機を折ってみて、本当に良かったと思った。
「優太さんの紙飛行機と私の紙飛行機。どっちの紙飛行機が遠くまで飛ぶか、勝負してみませんか?」
「いいですよ。勝負しましょう」
自信ありげな表情で、リュックサックから紙飛行機を取り出した優太さんは、二機のうちの一機を私に手渡してくれた。前回の紙飛行機よりも飛びそうな形をしている。私の予想では、優太さんの紙飛行機のほうが遠くまで飛んでいくと思う。でも、飛ばしてみないとわからない。
「準備はいいですか?」
「はい。準備OKです」
優太さんも私も自分で折った紙飛行機を持ち、腕を大きく後ろに振りかぶった。
「それでは同時に飛ばしましょう。あの美しい青空に向かって、どこまでも羽ばたいて飛んでゆけー」
「優太さんの紙飛行機より遠くに飛んでゆけー」
おもいっきり腕を振って飛ばしてみたものの、私の紙飛行機はあっけなく地面に落下してしまい、優太さんの紙飛行機は風に乗って空高く舞い上がっていった。紙飛行機の本に書かれていたとおりに折ったのに、どうして私の紙飛行機は飛ばなかったのだろう。
「紙飛行機は、重さとバランスが重要なんです。菓絵さんが折った紙飛行機は、ちょっと重かったのかもしれませんね」
優太さんが指摘してくれたとおり、私の紙飛行機はスケッチブックの紙を折ったものなので、ちょっと重かったのかもしれない。やっぱり私はまだまだ紙飛行機初心者。
「次は軽い紙で折ってみます」
正直なところ、優太さんに負けて悔しかった。家に帰ったら、紙飛行機の研究をしてみようと思う。
「紙飛行機を飛ばしているところの菓絵さんの写真を撮ってもいいですか?」
「はい。撮ってみてください。私は紙飛行機を拾ってきますね」
笑顔で撮影の準備を始めてくれた優太さんを横目で見ながら、二機の紙飛行機を拾いに行っている間に、遠くの空がオレンジ色に染まり始めてきた。
「撮影の準備が出来ましたので、あの美しい夕焼け空に向かって、紙飛行機を飛ばしてみてください」
「はい。飛ばしてみます」
私は優太さんの紙飛行機を持って、腕を大きく後ろに振りかぶった。カメラのアングルは真横からだ。オレンジ色の夕焼け空を背景に、紙飛行機を飛ばしているところの写真。すごく良い絵になると思う。
「あの美しい夕焼け空に向かって、どこまでも羽ばたいて飛んでゆけー」
私はおもいっきり腕を振って、優太さんの紙飛行機を飛ばした。
パシャ! パシャ! パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ!
私が紙飛行機を飛ばした瞬間に、カメラのシャッター音が連続で聞こえてきた。ほんの一瞬の出来事をカメラに収めなければならないから、優太さんは連続でシャッターを押したのだと思う。
「けっこう飛びましたね。紙飛行機も撮れましたか?」
「現像してみないとわからないんですが、たぶん撮れたと思います」
私の質問に、満足そうな笑顔で答えてくれた優太さん。どんな風に写ったのか、ものすごく楽しみだ。
「写真を撮ってもらったお礼というわけではないんですが、紙飛行機を飛ばしているところの優太さんの絵を描いてみたいので、私の目の前で紙飛行機を飛ばしてもらえませんか?」
「はい! 喜んで飛ばします!」
優太さんは嬉しそうにしながら紙飛行機を掴んだ。私は大急ぎでスケッチブックを開いて、紙飛行機を飛ばす体勢に入ってくれた優太さんを見つめながら、頭の中でイメージを膨らませてみた。
「すぐに下書きをしますので、そのままの体勢でいてくださいね」
「はい。このままじっとしています」
紙飛行機を持った腕を大きく後ろに振りかぶったままの体勢でいる優太さん。顔は笑顔だけど、紙飛行機を持った腕がぷるぷると震えている。私はそんな優太さんの様子を見ていて、ちょっと笑ってしまった。
「だいたい描けましたので、おもいっきり飛ばしてみてください」
「はい。あの美しい夕焼け空に向かって、どこまでも羽ばたいて飛んでゆけー」
優太さんが飛ばした紙飛行機は、夕日の光に照らされて、キラキラと輝きながら飛んでいき、緑の芝生の上にふわりと着地した。私はその光景を目に焼き付けて、スケッチブックの左上に紙飛行機を描いた。私は絵のタイトルを付けるときにいつも悩むけど、今日は頭の中にぱっと思い浮かんだ。
私は今朝も六時半に起きて、どこまでも透き通っている青空を見上げながら、近所の周りを走り回ってみた。遠くの空に丸っこい形の雲が浮かんでいる。なんだか可愛らしくて美味しそうな感じの雲だ。私の絵心をくすぐってくれる。今すぐスケッチしたいところだけど、今は鉛筆も色鉛筆もスケッチブックも持っていないので、走りながら頭の中でスケッチしてみた。ジョギングを始めてから、今日で丸一週間。走ることに慣れてきたのか、だんだん長い距離を走れるようになってきて、走ることの楽しさがわかるようになってきた。このまま頑張って走り続けていけば、いつの日か、私の体が宙に浮いて、あの丸っこい形の雲に乗れるかもしれない。現実的には不可能なことでも、空想して楽しむのは私の自由だし、夢は大きく持ったほうがいいと思う。
家に戻ってからすぐにシャワーを浴びて汗を流し、しっかりと朝ご飯を食べて、いつもの時間に駄菓子屋のシャッターを開けた。今日の最初のお客さんは、私のお隣さんの好子おばさん。
「菓絵ちゃん、おはよう」
「好子おばさん、おはようございます。いらっしゃい」
「今日は土曜日だよ。定休日を変えたんじゃなかったの?」
「あ、今日は定休日でしたね」
私はついつい、いつもの調子で駄菓子屋のシャッターを開けてしまい、今日が定休日であることを、好子おばさんに言われて気がついた。自分で決めたことなのに、すぐに忘れてしまうなんて、私はボケてしまったのだろうか。
「菓絵ちゃんは、真面目で働き者だからね。今日は、このまま営業するの?」
「ちょっと考えてみます」
このまま午前中だけ、普段どおりに営業を続けてもいいかと思ったけど、やっぱり今日は休むことにした。
「また明日来るね」
「はい。また明日です」
好子おばさんが帰った後、駄菓子屋のシャッターを閉めて、駅前の商店街にある本屋さんに行ってみた。お目当ては、紙飛行機の本だ。
へー、紙飛行機って、こんなにいろんな種類があるんだ。趣味コーナーの棚に置かれている紙飛行機の本を立ち読みしてみたところ、いろんな種類の紙飛行機の折り方が掲載されていたので、私は思わず感心した。優太さんの他にも、紙飛行機が好きな人がいっぱいいるのだと。
「この本をください」
「はい。お買い上げ、ありがとうございます」
本屋さんのお姉さんから紙飛行機の本を受け取った瞬間に、なんだかすごく嬉しくなってきて、スキップしながら家に帰った。
どの紙飛行機を折ってみようかな。これだけいろんな種類があると、どの紙飛行機を折ればいいのか迷ってしまう。私はまだまだ紙飛行機初心者なので、シンプルなデザインの紙飛行機を折ってみることにして、スケッチブックを切り離し、自分の分と優太さんの分の紙飛行機を折ってみた。試験飛行はしないで、ぶっつけ本番。
優太さんが来る時間まで、あと三十分くらい。今日は二回目なので、そんなに緊張はしていない。先週の土曜日と同じように、リュックサックに駄菓子とお絵描きセットとハンカチとタオルとコーヒー牛乳の入った水筒を詰め込んで、ついさっき折った紙飛行機をスケッチブックの間に挟み、麦わら帽子を被って駄菓子屋の軒先に立った。
「菓絵さん、こんにちは。どうもお待たせしました」
いつもの時間に迎えに来てくれた優太さんのスタイルは、上が黒色の半袖シャツ。下が黒色のジーンズ。背中にいつもの青色のリュックサック。首にカメラ。右手にカメラの三脚。頭には麦わら帽子。私の気のせいかもしれないけど、今日の優太さんは、いつもよりオシャレをしているように見える。
「優太さん、こんにちは。今日も駄菓子を持ってきましたので、秘密の丘の上で一緒に食べましょう」
「はい。ご馳走になります」
「優太さんは、今日も紙飛行機を持ってきたんですか?」
「はい。持ってきました」
「持ってきたんですね」
私も紙飛行機を折って持ってきたことは、まだ内緒だ。
「それでは出発しましょうか」
「はい。今日も頑張って歩きます」
優太さんも私もあご紐を首に掛けて、二時過ぎに家を出発した。
毎朝早起きをして、ジョギングを続けてきた甲斐があったのか、歩くのが速い優太さんと同じペースで歩けるようになり、先週の土曜日と同じ道を歩いて、三時半過ぎに秘密の丘の上に到着した。
今日も空が高くて広い。風がとっても心地よい。空気がすごく美味しい。どこまでも澄み渡った青空に、いろんな形の雲が浮かんでいる。数ある雲の中で私がいちばん注目したのは、ジョギングをしていたときに見かけたような感じの丸っこい形の雲。
「こんにちは。今日も笑顔だね」
私が青空を見上げているうちに、優太さんが空の下の笑顔の樹に挨拶をしていた。
「こんにちは。佐藤菓絵です。私のことを覚えていてくれましたか?」
私も空の下の笑顔の樹に挨拶をしてみた。返事は返ってこなかったけど、今日も幹の表面の模様が優しく微笑んでいるかのように見える。
こんにちは。いらっしゃい。今日も来てくれたんだね。君の顔と名前も覚えたよ。
どこからか、とっても優しい感じの声が聞こえてきたような気がした。小さな声だったので、何を言っていたのかは聞き取れなかった。空の下の笑顔の樹の周りには、私と優太さんしかいない。今の声は誰の声だったのだろう。優太さんの声だったのだろうか。私の空耳だったのだろうか。
「優太さん、私に何か言いましたか?」
「いいえ、何も言っていません。どうかしましたか?」
「それならいいんです。気にしないでください」
優太さんが不思議そうな顔で私を見つめている。不思議な声のことは忘れて、この場を
取り繕わなければならない。
「空の下の笑顔の樹の葉っぱの色も少し変わってきましたね」
「他の樹と同じように、衣替えの準備を始めたのだと思います。今はまだ、ふさふさと生い茂っていますが、冬になると葉っぱが落ちて、丸坊主になるんですよ」
空の下の笑顔の樹の様子について話してくれた優太さん。秘密の丘に通い続けている優太さんならではの話だと私は思った。
「樹にもいろんな表情がありますからね」
「そうですね。四季折々で、いろんな表情を見せてくれます。風が良い感じに吹いていますので、あの美しい青空に向かって、紙飛行機を飛ばしませんか?」
待ってました! 私は心の中で叫んだ。
「飛ばしましょう。実は、私も紙飛行機を折って持ってきたんです」
スケッチブックの間に挟んでおいた紙飛行機を広げて、二機のうちの一機を優太さんに手渡してみた。
「僕の紙飛行機より大きいですね」
私が折った紙飛行機を両手で持って、とっても嬉しそうにしている優太さん。紙飛行機を折ってみて、本当に良かったと思った。
「優太さんの紙飛行機と私の紙飛行機。どっちの紙飛行機が遠くまで飛ぶか、勝負してみませんか?」
「いいですよ。勝負しましょう」
自信ありげな表情で、リュックサックから紙飛行機を取り出した優太さんは、二機のうちの一機を私に手渡してくれた。前回の紙飛行機よりも飛びそうな形をしている。私の予想では、優太さんの紙飛行機のほうが遠くまで飛んでいくと思う。でも、飛ばしてみないとわからない。
「準備はいいですか?」
「はい。準備OKです」
優太さんも私も自分で折った紙飛行機を持ち、腕を大きく後ろに振りかぶった。
「それでは同時に飛ばしましょう。あの美しい青空に向かって、どこまでも羽ばたいて飛んでゆけー」
「優太さんの紙飛行機より遠くに飛んでゆけー」
おもいっきり腕を振って飛ばしてみたものの、私の紙飛行機はあっけなく地面に落下してしまい、優太さんの紙飛行機は風に乗って空高く舞い上がっていった。紙飛行機の本に書かれていたとおりに折ったのに、どうして私の紙飛行機は飛ばなかったのだろう。
「紙飛行機は、重さとバランスが重要なんです。菓絵さんが折った紙飛行機は、ちょっと重かったのかもしれませんね」
優太さんが指摘してくれたとおり、私の紙飛行機はスケッチブックの紙を折ったものなので、ちょっと重かったのかもしれない。やっぱり私はまだまだ紙飛行機初心者。
「次は軽い紙で折ってみます」
正直なところ、優太さんに負けて悔しかった。家に帰ったら、紙飛行機の研究をしてみようと思う。
「紙飛行機を飛ばしているところの菓絵さんの写真を撮ってもいいですか?」
「はい。撮ってみてください。私は紙飛行機を拾ってきますね」
笑顔で撮影の準備を始めてくれた優太さんを横目で見ながら、二機の紙飛行機を拾いに行っている間に、遠くの空がオレンジ色に染まり始めてきた。
「撮影の準備が出来ましたので、あの美しい夕焼け空に向かって、紙飛行機を飛ばしてみてください」
「はい。飛ばしてみます」
私は優太さんの紙飛行機を持って、腕を大きく後ろに振りかぶった。カメラのアングルは真横からだ。オレンジ色の夕焼け空を背景に、紙飛行機を飛ばしているところの写真。すごく良い絵になると思う。
「あの美しい夕焼け空に向かって、どこまでも羽ばたいて飛んでゆけー」
私はおもいっきり腕を振って、優太さんの紙飛行機を飛ばした。
パシャ! パシャ! パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ!
私が紙飛行機を飛ばした瞬間に、カメラのシャッター音が連続で聞こえてきた。ほんの一瞬の出来事をカメラに収めなければならないから、優太さんは連続でシャッターを押したのだと思う。
「けっこう飛びましたね。紙飛行機も撮れましたか?」
「現像してみないとわからないんですが、たぶん撮れたと思います」
私の質問に、満足そうな笑顔で答えてくれた優太さん。どんな風に写ったのか、ものすごく楽しみだ。
「写真を撮ってもらったお礼というわけではないんですが、紙飛行機を飛ばしているところの優太さんの絵を描いてみたいので、私の目の前で紙飛行機を飛ばしてもらえませんか?」
「はい! 喜んで飛ばします!」
優太さんは嬉しそうにしながら紙飛行機を掴んだ。私は大急ぎでスケッチブックを開いて、紙飛行機を飛ばす体勢に入ってくれた優太さんを見つめながら、頭の中でイメージを膨らませてみた。
「すぐに下書きをしますので、そのままの体勢でいてくださいね」
「はい。このままじっとしています」
紙飛行機を持った腕を大きく後ろに振りかぶったままの体勢でいる優太さん。顔は笑顔だけど、紙飛行機を持った腕がぷるぷると震えている。私はそんな優太さんの様子を見ていて、ちょっと笑ってしまった。
「だいたい描けましたので、おもいっきり飛ばしてみてください」
「はい。あの美しい夕焼け空に向かって、どこまでも羽ばたいて飛んでゆけー」
優太さんが飛ばした紙飛行機は、夕日の光に照らされて、キラキラと輝きながら飛んでいき、緑の芝生の上にふわりと着地した。私はその光景を目に焼き付けて、スケッチブックの左上に紙飛行機を描いた。私は絵のタイトルを付けるときにいつも悩むけど、今日は頭の中にぱっと思い浮かんだ。