初恋は鉄の味
矢印の指すほうへ

「タクシーで送ろうか?それとも、どこか泊まる?」
聖一に愛する家族がいることなど百も承知だった。
朋子にもまた年頃の娘がいることも。
二人は懐かしい甘い感覚の誘惑と理性との狭間で無言のうちに葛藤し、そして二人でタクシーに乗り込み、ホテルの前でそれを停車させた。
会話はほとんどないまま、部屋に着く。
「そんな顔しないでよ。俺がひどい奴みたいだろ。」
複雑な思いを拭いきれない朋子に、酔いの冷め始めた聖一が真剣な眼差しで言う。
同窓会がなければ、酔っていなければ、あんなことは言えなかったかもしれないが気持ちは正真正銘の本物だと。
「聖ちゃん、私もずっと聖ちゃんが好きだったのよ。でも、家庭事情もあったし
、今じゃこんなおばちゃんになっちゃって……」
少し切なそうに朋子は笑って答えた。
「綺麗だよ。朋ちゃん。」
そんな朋子の顎を聖一はそっとすくう。
二人はどちらからともなく口づけを交わした。
駅のホームでしたのとは違う、濃厚に絡み合う口づけを、まるで青春を全て取り戻すかのごとく幾度となく。
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