彼が残してくれた宝物
暗い闇の中から、啜り泣く声が聞こえる。
誰?
誰か居るの?
闇の中を、彷徨う様に探すと、暗闇をぼんやり照らす光の中に、ひとりの女性が居た。
彼女の手には数枚の便箋。彼女は手紙を読んで泣いて居たのだ。
私は、直ぐにそれが夢の中の自分だと分った。
それは、伊藤課長の奥さんからの手紙を、泣きながら読んでいる私だった。
以前は良く見ていたが、最近その夢を見ないから、奥さんに許されたのかと思っていたけど、違うみたいだ。
私はずっと彼女に罪悪感を持っていた。
彼女の愛する人と不倫をしていた事、彼女が理不尽ながらも愛する人を私に託すしかない思いを、叶えてあげれなかった事に。
私は夢を見て泣いて居るのだろう。誰かが、もう泣くなと、私の涙を拭ってくれていた。とても優しい手で、時折、私の頭を撫でてくれる。
この手は、私の全てを知っても、私から離れたりしないだろうか…
私の全てを受け止めて、罪悪感の海から、私を救い出してくれればいいのに…
そんなのは無理だと分かっている。
不倫をしていただけならまだしも、相手を捨て死へと導いてしまったのだから。
重たい瞼を開けると、見慣れない天井が目に入った。
朦朧とする中、カラカラに乾いた喉でなんとか声は発しようとするが、思うように声が出ない。
「…こ…ここ…は?…」
やっとの思いで、それだけを発した。
「気が付いたか?」と、聞こえてきた方を見ると、知らない男《ひと》。いや、バーで会った彼が居た。なぜ? と、思っても頭が回らない。
彼は、着替えた方が良いと言って、私の着ている物に手を掛ける。私は彼のその手を掴み、止めた。
すると彼に「拒む力など無いだろ?」と言われる。
確かに拒む力など残っていない。
鉛のように重い自分の体を、どうすることも出来ず、私は諦め、彼から手を離し重たい瞼を閉じ、彼にされるがままにしていた。
彼は私の服を脱がし、乾いたタオルで体を拭き着替えさせてくれた。そして朦朧とする中、唇に柔らかいものが押し当てられ、口内へ少しづつ流し込まれる水は、カラカラに乾いていた喉を、潤してくれた。
それからも、額に置かれたタオルが何度と冷たい物と取り替えられ、時折水が口内へ流れ喉を潤してくれる。