彼が残してくれた宝物
私が、彼と初めて合ったのは、大学4年の時。面接へ行った会社のロビーだった。
卒業間近で、まだ、就職の決まっていない私は、これが最後のチャンスと、意気込んで面接へ向かったが、実際面接先へ行くと、またダメだったらと、恐怖と緊張で、足が震えだし動けなくなり、エレベーターの前に立ち竦んでいた。
そんな時、声を掛けてくれたのが彼だった。
『君、面接に来たのかな? 面接官はジィジィばかりだ、そんなに緊張しなくていいよ?
しおれた野菜が列んでると思えば良い。』
『…しおれた野菜?』
『ああ、シワシワにしおれた野菜だよ?』
ぷっ…しおれた野菜だなんて…
私は可笑しくて思わず吹き出していた。
『うん。 その笑顔なら大丈夫だ!』
彼はそう言って、私の頭に手を置き微笑んでくれた。
彼の優しい手と微笑みに緊張も和らぎ、お陰で無事に面接を終え、なんとか就職浪人は免れた。そして入社後、配属になった部署の課長が、あの時、助けてくれた彼と知り、私は喜びと感謝を彼に伝えた。
彼は部下思いの優しい人で、私にも仕事を丁寧に教え、育ててくれた。
そんな彼に、私が惹かれるのに時間は掛からなかった。
彼に奥さんが居る事は知っていた。でも、初めて湧き上がる想いを、私は抑える事が出来なかった。
そんな私の想いを彼は汲み取るかの様に、私達はその日男女の関係になった。
会社では、あくまで上司と部下に徹し、仕事を離れても人の目を気にして、外で会う事は無かった。
だから、会うのはいつも私の部屋で、食事も外食はしないで私の手料理を彼に振舞っていた。
私はそれで幸せだった。