彼が残してくれた宝物
「お世話をお掛けしました。お陰で大事にならずにすみました。」
「いえ、桜井さんがいらして下さらなければ、私だけでは樋口さんを助ける事は出来ませんでした。本当に有り難うございました。」
どうしていいのかわからず、狼狽えていた時、樋口さんのスマホがなった。液晶画面には【桜井真司】と表示されていた。名前が登録してあるという事や、早朝に電話を掛けてくるのだから、余程親しい間柄だろうと、私は縋る思いで勝手にその電話に出た。
「もしもし!」
『えっ? 貴方は誰ですか? その電話は樋口の…』
「助けて下さい! 樋口さんが高熱を出して、苦しんでいるんです!」
『分かりました。直に向かいます!』
桜井さんは何も聞かずに、ただそれだけを言って電話を切った。それから15分ほどして、インターホンがなった。玄関を開けると、そこには白髪混じりの中年男性が居た。彼は慌てて玄関を入って来ると、開口一番に、何か薬を飲ませたかと聞いた。
「いえ、薬は嫌がったので…もしかしたら、何かアレルギーがあるのかと思って、飲ませてません。」
桜井さんは「良かった。」 っとホッとした顔を見せ、直に樋口さんの側へ駆け寄った。
「体を冷やしてくれたんですね? 良い処置です。 有難うございます。」
その後、すぐに救急隊が到着した。桜井さんが連絡を入れていた様だ。私が救急隊に病状を伝えた後、桜井さんが救急隊の人に何か話をしていた。そして桜井さんは、私の方へ近寄り、私の名前を聞いた。
「あの、貴方の名前は?」
「秋です。秋、桜と言います」
「秋さん、申し訳無いですが、一緒に病院に行ってもらえますか? 主治医には連絡を入れてありますが、病院でもう一度、状況を説明して頂けないでしょうか?」
「分かりました。」
救急隊が、樋口さんを担架に載せようとすると、樋口さんはそれを拒んだ。そして、桜井さんを呼び何かを伝えていた。
「しかし!?」
桜井さんは声を荒げた。
その後「分かりました。その様にいたします。」と、応え救急隊に帰ってもらった。
「どうして? こんなに酷いのに!? 早く病院に連れて行かないと!」