彼が残してくれた宝物

点滴を始めて暫らくすると、樋口さんの容体は少し落ち着いてきた様で、医師は午後からまた来てくれると言って、看護師だけを置いて帰って行った。

桜井さんが、看護師さんにリビングでお茶をだし休んで頂いている間、私は樋口さんの側に居た。
樋口さんの熱は少し下がりつつあり、荒かった呼吸も少し穏やかになっていた。

良かった… 本当に良かった。

樋口さんが死んでしまうのではないかと、心配で、凄く怖かった。でも、落ち着いた樋口さんを見てホッとして涙が溢れてきた。

「なぜ泣く?」

樋口さんは目を覚ましていたようで、私の涙を拭ってくれる。

「死んでしまうかと… 心配だったの。」

「死なないって言ったろ?」

樋口さんは確かに死なないって言ってくれた。でも心配でたまらなかった。

人は、いつかは死んでしまうもの。
例え、自ら命を絶たなくとも、誰しもいつか死を迎える。
伊藤課長の奥さんの様に、愛する者が居て、この世に未練があっても、病に勝てない事もある。

だから…

「ごめんなさい… 私のせいで… 樋口さんをこんな目にあわせてしまって…。」

「君のせいじゃない。俺の不注意だ。」

「でも…」

「少し苦しい思いはしたが、綺麗な女性が俺の為に泣いてくれるなら、熱を出したのもラッキーだったかな?」と樋口さんは、弱々しくピースをして笑った。

「もう! 本気で心配したんですからね?」

「ごめん。 もう少し、側に居てくれるか?」

樋口さんはそう言って、手を私に向けた。私はその手を握り、ここに居ますから、少し眠って下さいと言うと、樋口さんは安心した様に、目を閉じた。





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