彼が残してくれた宝物
「一度着替えましょうか? 熱も無いようですから、熱いタオルで体拭きましょう?」
準備してくると言って、私はキッキンへ向かった。
タオルを濡らし、電子レンジへと入れる。
レンジのターンテーブルがゆっくり回る。
「どうしよう…」
私の中で、彼の存在が特別のものになってきてる。
今の私には、人を好きになる資格はない。
取り返しの出来なくなる前に、早くここを出て行こう。
今なら、多少のダメージはあるだろうけど、きっと、大丈夫…
彼に私の過去が知られるより…
『ピッー』
レンジの止まる音に我にかえり、頬を伝うものを拭って、蒸しタオルを寝室へと持っていく。
クローゼットから着替えを出してる間に、樋口さんは上半身裸になっていた。
彼はまだ本調子じゃない。早く済ませないと体力を消耗するだろう。
私は急いで、樋口さんの広い背中を拭くことにした。
「熱くないですか?」
「うん、気持ちいい。」
「辛くなったら、言ってくださいね?」
「どんな病にも、若い女性に触ってもらえる方が、どんな薬なんかより、何より効くよ?」と樋口さんは微笑む。
樋口さん…
許されるなら、全て忘れてこの背中にすがりたい。
「…なに言ってるんですか? 体拭いてるだけでしょ?
変なこと言わないで下さい。
はい! 前は自分で出来ますよね?」
私は背中だけ拭いて、あとのタオルは樋口さんへ渡した。
「えー、背中しかやってくれないの? せめてジュニアの面倒看てくれない?」
「看ません! それだけ口が動くなら大丈夫です!」
樋口さんは「チェッ!」と舌打ちして後は自分で拭いて着替えを済ませた。