彼が残してくれた宝物

「じゃ、行きましょうか?」

「ん?」

「靴買いに行くんですよね?」

「あーそうだった!」

なに?
まるで忘れてた様に…
ほんの数分か前の事でしょう!?

私…これ以上、貴方に関わりたくないのに…

「…行かなくて良いなら、帰って下さい。」

「あっ行く行く! さぁ行こう?」

何がしたいの?
ホントは靴なんて、どうでも良いんじゃ無いの?
樋口さんが何考えてるのか分からない。

アパートの階段を下りると、予想していた通り、彼はアパートの前に停まっていた高級車の助手席側のドアを開けた。

「どうぞ?」

「どうも!」
私は呆れたように言って、その車に乗り込んだ。

樋口さんは直ぐに車を走らせ、CDを流すとハンドルを小刻みに指で叩いていた。

あっ、この曲…

そう言えば、初めて会った時も、【SOUND】で、ピアノ弾いてたっけ?

「どこまで行かれるんですか?」

「どこが良い?」

「え?」

高級そうな靴なのに、決まったお店で買わないのかな?

「肉? 魚?」

「は?」

「俺昨夜は、付き合いでフレンチで鴨だった。コスモスは?」

「え?」

「昨日の夜は何食べた? もしかして覚えてないとか?」

「覚えてます! ハンバーグです!」

「自分で作ったの?」

「そうですけど?」

「そっかー コスモスのハンバーグか? 俺も食べてみたいなぁ? よし、ハンバーグは今度ご馳走になるとして、今夜は寿司にしよう?」

なんか、突っ込みどころ満載じゃない?

「樋口さん? もしかして、今、お寿司屋さんに向かってます?」

「うん!」

「靴を買いに、行くんじゃなかったですか?」

「でも、腹空いてるだろ? 俺は腹減ってる。」

「私は帰ってから家で食べますから、ご心配なく。」

「腹が減っては戦はできぬ!って言うだろ?」

「今は、戦国時代じゃないし、女は戦にいきません!」

「あ、そっか? でもまずは、腹ごしらえしてからって事で!」

そんな会話をしてるうちに、お寿司屋さんだと思われる前に車が止まった。
お店と言っても、看板も出てなきゃ、暖簾も出てない。

ここお店?
看板はどこ?
暖簾でてないよ?
やって(営業して)るの?
車、ここで良いの?

普通、看板も暖簾も出てない所を、お店だと思わないし、普通の人は怖くて入ろうとも思わないでしょ?
でも、樋口さんは躊躇いもなく車を止め、入ろうとする。

私には考えられない。
全く知らない世界を体験してるみたい。
驚きと心配で、胸がドキドキする。

訳の分からない気持ちに、私は呆けて建物を見渡していた。

そうこうしてるうちに、樋口さんは引き戸を開けた。





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