彼が残してくれた宝物

【SOUND】を後にして、樋口さんは家まで送ってくれた。

「お茶でもどうですか?」

「それ誘ってる?」

「誘ってません。」

「残念。 なら帰るよ? 女性一人の部屋に入るのは気がひける。」

嘘つき…
さっき、勝手に入ったじゃない。
帰ろうとする樋口さんの袖口を、私は無意識に掴んでいた。

「ん? なに?」

「まだ…」

「まだ、なに?」と言って、近付いてくる樋口さんの顔を、避る様に私は顔を背けた。

「ダメです。 飲酒運転はダメですよ?」

「じゃ、頂いていこうか?」

樋口さんはそう言うと、私を抱き上げた。

「ちょっちょっと! 下ろしてください!」

「無理。 出来なくなった。」

「え? お茶飲むだけですよね?」

「悪い… 俺もコスモスが欲しくなった。」

樋口さんはベットへ私を下ろすと、「ごめん」と誰かに謝る様に言うと、唇を私の物に重ねた。

今のごめんはなに?
誰に言ったの?
私?

でも、何か違う気がする。
謝った時の彼の瞳は潤んでいた気がする。

じゃ、誰に謝ったの?

だが、いつのまにか、私は彼をうけいれていた。
互いに互いを知ろうとする様に、唇を交わし、互いの熱を交わした。

忘れていたこの感じ。

「んっ」

なんだろう…
もうずっと欲情も欲望もなくなってしまってたのに…

「可愛い。俺のコスモス。」

樋口さんは私の躰全てにキスを落とし、何度も可愛いと言ってくれた。

可愛い… 私が?

「あ…ぃや…もう…ダメ…」

彼の長い指が、泉の中を探る。 まるで源泉口を探る様に。

「本当に?」

「あっ…」

「ここ良くない?」

「ダメ… ダメなの…私…私は…」

涙が溢れてくる。
彼の事を嫌いか?と、聞かれたら、嫌いじゃない。正直、好きだと思う。

でも…

「ごめん。泣かすつもりじゃなかった… ただ君が欲しくて…」

「ごめんなさい…貴方が悪いんじゃないの… 私が… 自分に罰を科してるから…」

「罰を科す? なぜ? それが前に言っていた、桜の秘密? 俺に話してくれる?」

私は首振った。

話せない…
話せる訳がない。

不倫して、相手の奥さんに償うことなく、彼を亡くしたなんて話せるわけ無い。
もし、この私の秘密をしっても、徹さんは、私の側に居てくれる?

「分かった。無理には聞かない。でも、話せるようになったら、話して欲しい。」

「ごめんなさい…」

謝らなくていいと、彼はわたしを抱き締めてくれる。

「週末、仕事休み?」

「うん。」

「じゃ、デートしよう?」

「え?」

「最近、俺も忙しかったから、少し気晴らしに付き合ってよ? 良いだろ?」

「う、うん。」





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