彼が残してくれた宝物
インターホンを押すと、若い男の子がドアを開けた。
彼は私達を見て当然の事ながら、不審がっていた。
「あ…あの…私、以前、伊藤課長と同じ会社に勤めていた者ですが、伊藤課長がお亡くなりになったと聞いて、お線香をあげさせてもらいに伺ったのですが、宜しいでしょうか?」
「あっ、はい! 有難うございます。
どうぞ?
兄も喜ぶと思います。」
弟さん…
居たんだ?
ご兄弟がいるなんて知らなかった。
通された仏間で、持ってきた花を彼に渡し、私は仏壇へ手を合わせた。
仏壇には、伊藤課長と真由子さんの写真が置かれていて、二人とも笑顔の写真だった。
「お二人共、笑顔で素敵なお写真ですね?
人柄が滲み出ていらっしゃる。」
「義姉の事もご存知で?」
「お会いした事は無いのですが、…お手紙を…一度頂いたことが有ります。」
「え!? もしかして、貴女は秋さん?」
「すいません!」
私は彼に、頭を下げた。
「え?」
「私がお兄さんを殺しました…」
「ちょっちょっと待って下さい! 兄が亡くなったのは事故です。貴女のせいでは有りません。」
「いえ、私が彼を自殺に…」
「自殺!? 何か誤解されてませんか?」
「え?」
「確かに、義姉を亡くし貴女にも去られて、兄は落ち込んでいた。でも、兄は本当に事故で亡くなったんです。家の近所で、道路に飛び出した子供を助ける為に。」
「子供を…?」
「そうです。公園からボールを追いかけて出て来た子供を助ける為に…。」
「じゃ、自殺じゃ…」
「違います。 兄はそんなに弱い人では有りません。 貴女に去られて落ち込んでいましたが、義姉が残した手紙を読んでからは、別人の様に元気にしてました。」
「でも、同僚からは…」
「兄夫婦には子供がいなくて、子供好きだった兄は、保育士になろうと、仕事の後、夜間の学校に通って勉強してたんです。それで疲れて居たのは事実です。
それを会社の人達は勘違いしたんですね?
これ見て下さい。」
彼は伊藤課長が、保育士の勉強に使っていたという、ノートを見せてくれた。
「じゃ、本当に…?」
「はい。自殺では無く事故です。
貴女が謝る事は何も無い。」
本当に…自殺では無く、事故…?