彼が残してくれた宝物
久しぶりに、【SOUND】へ顔出した。
いつもと変わらない、マスターの微笑みに癒される。
「お疲れ様? いつものにする?」
私は、首を振った。
「マスター、アースクエイク作って?」
アースクエイク(ジンとウイスキーとアブサンだけで作る、とても強いカクテル)
「桜ちゃんどうしたの?」
「今日は、酔っ払って何もかも忘れたいの…」
「桜ちゃんにはこのカクテルの方が似合うよ?」
マスターが作ってくれたのは、綺麗な色をしたカクテル。
「これは?」
「シンデレラ。 いつかきっと、王子さまが桜ちゃんを迎えに来てくれるから、今日はこれを飲んで帰った方が良い。」
シンデレラ…
私には縁のないカクテル(言葉)
他のものは作らないと言うマスターに、「マスターの意地悪!」
憎まれ口を叩いて、仕方なくひと口飲むと、それは、只のジュースだった。
「今夜は飲ませないって、こと?」
「桜ちゃん顔色悪いよ? タクシー呼んだから今日は帰りなさい。」
でも、席を立とうとしない私へ、マスターは諭すように話し出した。
「このカクテル、シンデレラは、オレンジジュース、パイナップルジュース、レモンジュースを
一対一対一で作るんだよ?
一つ一つはジュースだけど、氷を入れてしっかりシェイクして完全に混ぜるとジュースではなく、ノンアルコールのカクテルになる。」
「なぜこれがシンデレラ?」
「お酒が飲める人しか、カクテルを楽しめない。のと、ドレスがないから、お城の舞踏会へ行けない。のと、同じでしょ?」
「マスターって以外とロマンチストですね?」
「以外とは、酷いな?」
「でも、いつか魔法で灰かぶり娘が、シンデレラになった時、誰でもがカクテルを楽しめることになる。」
マスターはそう言って、笑った。
マスターが、何を私に伝えたいのか分からない。
ただ、私の体を心配しての事だろう。
「ねぇマスター、あれ何?」
私が座る逆のカウンター端に、CDと、バーボンが置かれていた。
まるで、誰かを惜しみ、献杯するかの様に。
「…うん。 知り合いが亡くなってね?」
マスターは多くは語らず、私にバーボンを出してくれた。
「それ、呑んだら帰るんだよ?」
だが、私はマスターの心配をよそに、その後も呑ませて欲しいとわがままを言って、呑ませて貰った。