彼が残してくれた宝物
夕飯の支度をしていると、テレビから流れるピアノの音に手を止める。
これって…
徹さんがよく弾いてた曲。
そして想像もしなかった番組司会者の話。
『この曲は樋口さんの代表曲 “さくら‘’ です。素敵な曲ですね?』
そして
『惜しいかたを亡くしましたね?』と、コメンテーターが惜しんでいる。
皆がジャズピアニストの樋口徹が亡くなったと言うのだ。
樋口徹さんは、アメリカで活躍するジャズピアニスト。生まれながらに心臓に疾患があり、心臓の手術を前に、生まれ育った日本を見ておきたいと来日していたが、手術を受けることなく亡くなったと、説明する。
嘘! 彼がピアニスト?
そんなの聞いてない!
心臓に疾患があったなんて知らない!
樋口徹…
同姓同名なだけ…
彼じゃない!
きっと彼は生きてる…
だが、テレビに写し出されてる顔写真は、私の知ってる樋口徹…
あっ【SOUND】のカウンターにあった、CDとバーボン。
マスターは知人が亡くなったと言ってた。
あの時、既にマスターは知ってた?…の…
体から血の気が引いていくのがわかる。
体中が冷えきって、目の前が暗くなる。
嘘っ!…
誰か嘘だと言って!
間違いだったと…
私はそのまま気を失い救急搬送された。
気がついたときは、病院のベッドの上で、側には心配そうな父と母の顔があった。