あなたの愛とパンチュールに囲まれて
1、私の居場所はどこですか?
(採光化粧品、オフィス)
高中「ちょっと、金賀屋さん!
またやらかしたの?」
蒼 「す、すみません……」
高中「貴女はもう入社して6年目なのよ。
新人の新井さんだってこなしてる業務なのに、
クレーム処理ひとつ出来ないんだから。
いつになったら覚えるのよ!」
蒼 「すみません。今後気をつけます」
高中「『すみません、すみません』って、
反省だけなら猿でもできるわ。
もう!また今日も時間通りに終わらないじゃないの!
至らない仕事ばかり増やしてくれちゃって。まったく!」
蒼 「す、すみません……はーっ」
私は金賀屋蒼(かねがやあおい)26歳。
化粧品の卸売会社、採光化粧品株式会社で、
PCオペレーターとクレーム処理業務を担当している。
私の横で腕組みしてガミガミ喚いていたのは、
チーフの高中冴子さん、38歳。
私の上司で16年のベテラン社員。
私はクレーム処理が苦手で、さっきもそう。
お客様から電話先で怒鳴られただけで、言葉が出なくなる。
新井「そうなんですね……はい。
……はい、有難う御座います。
お客様のように当社の商品を愛用して頂ける方がいて下さって、
本当に光栄です(笑)……はい。
畏まりました。今後ともご愛顧宜しくお願い致します。
はい。それでは失礼致します」
反対のデスクで電話をしているのは、新井さとみさん。23歳。
彼女は大学出たてのピカピカの新入社員でこれがまたやり手。
上司による歴然たる差別!と言いたいけれど、
やはり全て、出来損ないの私が至らないからなのだ。
仕事を終えて、タイムカードを押し、
「お疲れ様でした」とみんなに声をかけても返答もなく誰も知らん顔。
何と寂しい一日の終わりなのだろう。
やっぱり、私には化粧品会社なんて無縁かもしれない。
一年前に書いて、デスクの引き出しの奥に閉まっている辞表。
明日提出して、会社を辞めてしまおうかなと思いつめる。
私の心身はもう限界だった。
上司と社員が助け合い、和気藹々と仕事のできる会社に転職しよう。
そしてもっとマイペースで仕事ができて、
私の存在を認めてくれる会社に変わろうと、最近は毎日考えている。
会社を出た私は駅に向かう歩道を、
立ち止まったり歩き出したりしながら、
転職のことを頭に思い浮かべていた。
その時、私を呼び止める男性の声がする。
男性の声「ねぇ、そこの赤いメガネのお姉さん!」
蒼 「赤いメガネの……は、はい!私のこと?」
横を見ると帽子をかぶった若い男性が路肩にブルーシートを敷いて、
沢山の絵を並べた中に座りスケッチしていた。
彼はちらっと私を見ると、またスケッチブックに視線を落とし、
黙々とペンを走らせ話しかけてくる。
戸惑う私に容赦なく。
帽子の男「そう!私。暗いねー。
人生に絶望してる暗さだね」
蒼 「え!?私のどこが人生に絶望してるのよ!」
帽子の男「見える!ブツブツ言いながら下ばかり見て、
そのまままーすぐ歩いて行くと、
その先の金網突き破って線路に落ちゃいそうな感じ」
蒼 「えっ!?」
帽子の男「んーっ。
お姉さんの背景は、ダークグリーンにネイビー、
そうだなー、グレーにブラック。
他の色は……使えなさそうだな。
まるで暗闇の世界」
蒼 「ちょっと!初対面の人に向かって暗闇なんて。
すごく失礼でしょ!?」
帽子の男「んー。確かにそうだよね。
ごめんなさい。
僕は一色奏士(いっしきそうし)と言います。
漢字で書くと、一色は数字の一にカラーの色、奏士は奏でるサムライ。
そこの美大生で、美術学部、美術研究学科三年。
誕生日は、かの有名な画家、パブロ=ピカソや、
天文学者のヘンリー=ラッセル、
作曲家のヨハン=シュトラウスと同じ、10月25日で23歳の蠍座。
美術に関するものなら、霊能者並みに見抜いちゃう千里眼と、
無限の可能性を秘めた才能の持ち主なのです。
以後お見知り置きを」
話しかけなれた美大生の彼の言葉をどぎまぎしながら聞いていたけれど、
言うことは生意気で、この気取った喋りかたにはいらっとする。
私はスケッチブックにすらすらと絵を描きながら淡々と話す彼を、
怪訝な表情で見下ろしながら強い口調で言い放った。
蒼 「い、一色奏士くん!
千里眼ってね、勝手に人の心を、見抜かないでよね」
奏士「あららっ、やっぱりさっきの図星だったんだ。
僕って凄い。
お姉さんの本心見抜いちゃったんだね。
ところで、赤いメガネのお姉さんの名前は?」
蒼 「はい!?どうしてわ、私が貴方に、
名前を名乗らなきゃいけないのよ」
奏士「まさか、名無しのゴン太?」
蒼 「それを言うなら名無しの権兵衛でしょ!」
奏士「え?知らない?教育テレビのゴン太くん。
ノッポさんと工作するキャラクターだよ。
二代目は、ワクワクさんとゴロリだっけ?
確かコラボもしたんだよなー。
そうそう。最終回だったかな」
蒼 「うっ……そんなの私は知らないわよ。
それと私が名前を名乗ることと、どう関係があるっていうの!」
奏士「もう。怒らない、怒らない。
ほら、笑って(笑)お名前は?」
蒼 「か、金賀屋……蒼よ」
奏士「あおい?漢字はどう書くの?花の葵?
それとも草冠に倉の蒼?」
蒼 「草冠に倉!悪い?」
奏士「ほら!やっぱり名前もブルー系じゃん。
ダークグリーン。僕って天才的」
蒼 「はぁ!?」
奏士「よし、できた。はい、蒼お姉さん。プレゼント!」
蒼 「えっ。プレゼント?」
奏士「そう。あげるよ、それ。
あっ、ちゃんと裏面も見てね」
彼はスケッチブックの画用紙を切り取り、屈託ない笑顔で私に手渡す。
それを受け取り見ると、そこには私の似顔絵が書いてあった。
ほんの少ししか話してないのに、
短かい時間でこんな素敵な絵を描いちゃうなんて。
その絵の背景には月が雲に隠れた紺色の空と、
深いグリーンとブルーの海が描かれていて、一人砂浜に佇む私がいた。
そして言われるとおり裏を見ると何か書いてある。
『きっと大丈夫さ
今見えてる景色が暗くても
暗い森に迷い込み動けなくなっても
雲に隠れてる青白い月が顔を出せば
目の前の道は照らされて
君の居場所は見つかるよ 一色奏士』
蒼 「今の私って、こんな顔してるんだ。
なんだか……とても寂しそう、よね」
奏士「僕に見えたお姉さんの今の心の色は、それ。
彼氏にでもふられたの?
それとも会社で上司に叱られた?」
蒼 「えっ!か、彼氏じゃないわよ。
そんなのいないし……
あの。この絵、おいくら?
お金はきちんと払うわ」
奏士「いいよ、プレゼントだから。
僕が有名な画家になったら、その時に買ってくれればいいよ。
一応僕のサイン入れておいたから。
それ、大切にしてたら将来プレミアものかもよ」
蒼 「(しかし何というポジティブ思考)
あ、ありがとう……一色奏士くん。
それでは、お言葉に甘えてもらっとく。じゃあね」
奏士「うん。赤いメガネのお姉さん。
お姉さんがいつも寝るお部屋に飾っておいてね。
バイバーイ!」
蒼 「寝る部屋!?しかも、赤いメガネのお姉さんって……
(今、本名名乗ったばかりだろうが!)」
私は貰った絵を眺めながら駅に向かった。
電車に揺られながらも、じっと貰った絵と彼のポエムを眺めて。
何だか、不思議な感じなんだ……
見てるだけで疲れた心が癒される。
毎日あの道通って帰ってるのに初めて会った彼。
初対面なのにとっても生意気で、カチンとくるのに何故だか気になる。
三つ年下の美大生、一色奏士くん。
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