あなたの愛とパンチュールに囲まれて
二人の中である計画が実行されようとしているとき、
私はと言うと、能天気にお茶をすすりながら漫才を見て大笑い。
(蒼のマンション)
蒼 「あはははははっ!この二人サイコー!
しかし!この『江戸本舗』さんの粒あんおはぎと、
緑茶の組み合わせ考えた人って天才(笑)
本当に合うわー。
やっぱり日本人で良かった」
温かい緑茶をすすりながら、至福の時に浸っていると、
テーブルに置いていた携帯のメールが部屋に鳴り響く。
♪~♪~♪~♪~♪
奏士メール『蒼さん、メールありがとう。
お姉さんのメルアドは無茶やる気あるのにね。
本当に自覚してる?』
蒼 「人のメルアドまで文句つけるかなー。
大きなお世話よ!人のこと言えるかな。
奏士くんだって“gifted・painter”なんてさ。
うーん。でもここで思いのままストレートに書くと、
やっぱりグサッと来るわよね……
よし。ここは大人になって、可愛くいくべきかな。ん!」
蒼メール『奏士くんだって私に負けてないメルアドだと思うわよ。
だけどね、本当に奏士くんは才能あると思う。
素敵な色使いとじっと見てると、
吸い込まれそうなほど魅力的な絵を描けるもの。
奏士くんがくれた絵、大切にするね』
奏士メール『素直に受け取っていいのかな。
お褒めのメールありがとう。
褒めて貰ったから、
日曜日はお姉さんが僕と会ったことを
後悔しないような楽しい1日にするよ』
蒼メール 『ありがとう。楽しみにしてるね』
蒼 「楽しみにしてる……か」
奏士くんのちょっと照れ隠しの言葉に、
温かいものを感じて穏やかな気持ちになる。
少しだけ憧れの紺野さんの存在を忘れていたくらいに。
恋人のいない私にはこの数十分は束の間の楽しみだった。
メールのやりとりを終えると、私はチケットを眺めた。
世界の巨匠絵画。
西洋絵画を美術館で観るなんて、今まで無縁だった。
有名絵画や彫刻を観たのは中学の美術の時間だけ。
26年生きてきた人生の中で、食い入るように見ていた絵は、
週刊少女漫画雑誌『ランディ』だ。
奏士くんとはまったく比べものにならない環境。
だから、ちょっと新鮮で未知の世界に飛び込むことにワクワクする。
それに……これで奏士くんの真髄が見えるかもしれない。
そしてその日の夜、茜の彼ヤスくんが来て、
煮込んだ熱々のキムチ鍋を食べながら久しぶりに三人で話す。
茜 「へぇー、お昼は公園で満智子ちゃんと一緒に食べてるんだ」
蒼 「うん、そうなんだ。
雨の日は満智子の会社の一階にある洋食屋さんで食べてるけど、
天気良い日は公園の方が気持ちいいのよ。
ちゃんと屋根があるから直接陽も当たらなくて、
緑の中にいるからストレス解消にもなってるのよね」
ヤス「そうかぁ、何か蒼ちゃんらしいよな。
でも、毎日パンで飽きない?
それだけじゃ途中でお腹空くでしょ」
蒼 「ううん。それがね、会社の近くに美味しいパン屋さんがあって、
昼休み前に焼きたてほわほわパンが出来上がるのよ。
エビコロッケパンなんてサイコーだし、
調理ぱんも品数多くて、美味しくて、
今日のお昼もそこのイカ入り焼きそばパンと、
夕張メロンパン買って食べたのよ」
茜 「蒼ちゃん、パンばかり食べてると太っちゃうよ」
蒼 「それは大丈夫。
私は茜と違って、体型や体重増加を気にする仕事じゃないから」
ヤス「茜、あの事」
茜 「うん。あの、蒼ちゃん……」
蒼 「ん。何?」
茜 「実は大手通信社から、依頼の仕事話がうちの事務所に入ってね、
蒼ちゃんなら簡単にこなせちゃう仕事内容なんだけど、
今の仕事にも支障なく出来るし、時給も凄くいいから、
蒼ちゃんが手伝ってくれると助かるんだ……」
蒼 「えっ?茜の事務所のスタッフや、
タレントさんじゃ出来ない仕事なの?」
ヤス「そうなんだ。今回の仕事は神経使う緻密な専門分野なんで、
うちのスタッフじゃこなせないんだよ。
しかも、臨時の短期仕事で、
長く雇うわけじゃないから求人は出せないんだ。
だから、蒼ちゃんに是非お願いしたいなと思ってね」
蒼 「そう…。私の仕事に支障なくて短期なら手伝ってもいいよ」
茜 「本当に!?蒼ちゃん、ありがとう!
本当に助かるよ」
ヤス「さすが蒼ちゃん。頼もしい!」
蒼 「う、うん。
で、いつからどんな仕事すればいいの?」
茜 「10月2日土曜日に打ち合わせがあるから、その時が一回目の仕事。
この仕事の依頼主『黄金通信社』の、
渡来編集長が説明してくれることになってるの」
蒼 「え!?黄金通信社!?」
ヤス「うん。蒼ちゃん、黄金通信社知ってるの?」
蒼 「あっ。ええ、まぁ、知り合いが居てねぇ」
茜 「そう!それなら余計縁がある仕事じゃない?
もし、知り合いが担当なら蒼ちゃんも仕事も遣りやすいし」
ヤス「そうだね。
今回の仕事は茜と僕も全面的に入るから何も心配いらないよ」
蒼 「うん。
“黄金通信社”の仕事なら、紺野さんが担当かもしれない。
そしたら電車や公園だけじゃなく、仕事でも関わりがもてるかも)」
茜 「蒼ちゃん、明日事務所にOKで伝えていいかな」
蒼 「ええ!いいわよ」
茜 「良かったぁ!!あまり日にちがなくて困ってたのよね」
ヤス「まずは一安心だな」
これはまさに恋のキューピットじゃん。茜☆サンキュー!
蒼 「私も臨時収入が入るから助かるしね」
茜 「そうねー」
ヤス「茜、やったな」
茜 「うん!(蒼ちゃん、ごめん)」
これから私の身に起こる出来事が、
どんなにおぞましい事なのかなんて、思いも及ばずに、
ただ単純に紺野さんとの関わりが深くなるかもっていう、
大きな期待感だけが私を一人舞い上がらせていた。
ヤス 「蒼ちゃん、さぁ、飲もう飲もう」
蒼 「そうだ。飲もう!飲もう!」
茜 「ちょ、ちょっと、ヤス。
蒼ちゃんはお酒弱いんだから、あまり勧めないでよね」
ヤス 「いいじゃないか。酔って暴れる程じゃないだろう?
酔うと裸踊りでもするのか?それとも無茶絡みまくる?
蒼ちゃんは大丈夫だよな?な!」
茜 「(小声で)それに近いものはあるけどね」
蒼 「うん!大丈夫!大丈夫!」
ヤス 「よし!新たに加わる有能なスタッフ蒼ちゃんに乾杯だよ」
茜 「そうね!こうなりゃ自棄よ。じゃ!乾杯しよう」
ヤス 「おお!それでは、頼もしい蒼ちゃんの、
新たな門出を祝して、乾杯ー!」
蒼・茜「かんぱーい!!」
蒼 「(憧れの紺野さんとお近づきになれるチャンスが、
こんな身近なところから湧いてくるなんて、ラッキー!)」
本当の新たな門出の意味も知らずに、
私は注がれたビールを一気に飲み干した。
その一杯で私がいつもの私でなくなったのは言うまでもない。
散々日頃のうっぷんをウダウダと愚痴って二人に絡みまくり、
一頻り暴れると酔い潰れて大の字になる。
気がつくと私はリビングで眠っていて、
お腹の上には「蒼ちゃんのバカ!」と茜の字で書かれたメモがあった。
これから辛く苦しい現実がこの身に起きようとしてることなど、
浮かれ気分でお酒を飲み酔いつぶれたこの時の私には知る由もなかった。
(続く)
この物語はフィクションです。