榛色の瞳を追って
南山手の丘の上にある陳さんのお屋敷から、居留地の外に出ました。

『COFFEE VENUS』。 Venusとは異国の美の女神や、明星のことを表すそうです。

「ちーちゃん!」

女学校に通っていた頃は、たまに友達と一緒に放課後に寄ってはミルクと砂糖をいっぱいに入れた珈琲と洋菓子を食べていましたが、最近はめっきり行く用が減りました。

「あっちゃん、お久しぶり。 わあお腹大きい!」

裏から出てきたのは、この喫茶店の看板娘3人姉妹の末娘、亜希子(あきこ)ちゃん。 名前はあき(秋)でも春生まれです。 そして、私の小学校の同級生でした。

「いつお生まれになるの?」

「うーん、今月の終わりくらいって言われてるよ。 ちーちゃんの所は?」

「私、男の人知らないわ」

彼女は小学校を卒業してお店を手伝っていたようですが、15歳の時に2歳年上の貿易商の跡取りに見初められ、16歳の時に嫁いでいきました。 羽振りの良い貿易商だったのでそれは華やかな婚儀だったことを覚えています。

「あ、ごめんなさい。 あなたじゃなくて深町さんの奥さん…」

「みさ姉さん? もうそろそろだって聞いたわよ。 あ、そうか。 同い年になるものね」

私の上の姉、みさも貿易商の妻で今は一人の男の子の母。 もうすぐ二人目の子が生まれるので、家に戻ってきています。 亜希子ちゃんは初産ということもあって、お母さんやお姉さん、お姑さん以外にうちの姉にも色々相談をしているとか。

「亜希子、ちさちゃんは用があって来てんの!」

「そうなの? じゃあ、また後でね。 ごゆっくりしていってね」
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