榛色の瞳を追って
「ごめんねぇ、ちさちゃん。 うちの馬鹿娘の世話までさせてしまって」

「いえ、大丈夫です。 前みたいにお会いする機会も少ないですし…」

喫茶店の女将さんはとてもお優しくて、洋菓子を教わりたいという無茶なお願いにも関わらず、わざわざ料理人さんに指導してもらえるよう取り計らってくれたのです。 料理本を貰えるのが関の山だと思っていたので一生、頭が上がらないでしょう。

「今日は、大屋っていう新入りが教えるわよ。 あ、新入りといってもね、実は東京の洋食屋で修業してきたんですって。 だから腕は確かよ」

そういう女将さんの後ろから、小柄で幼い顔立ちの、私より幼そうに見える男性が出てきました。 白い服に白い帽子を被っているので、この人が料理人の大屋さんなのでしょう。

「上村ちさと申します。 今日はお時間を頂いてしまって、申し訳ありません。 よろしくお願いいたします」

「いえ、大丈夫ですよ。 僕は大屋征治(おおやせいじ)です。 宜しくお願いします」

おっとりとして、声も高くて、ぼんやりしていたら女性にも見える大屋さん。 なんだか狐につままれた気がして、慣れるまで落ち着きませんでした。

「彼ね、こんななりだけど三十路なのよ」

「ええっ!?」

「ええ、今年32になります。 明治35年11月16日生まれです」

「へえっ、うちの兄さんよりも年上だったんですか! 私は大正6年の3月15日生まれです」

「あ…それでは、亜希子さんと同じくらいで…」

「ええ、あっちゃんは小学校の同級生でした」










※作者注;だいたい昭和8年(1933年)5月くらいが舞台で、大屋は明治35年(1902年)11月生まれなので満年齢だと30歳になります(誕生日がきて31歳)。

ですが、この時代は数え年が主流だったそうで彼は32歳と名乗っています。 ちなみに、ちさの兄は特に書いておりませんが長兄の文男のことで、数え15歳年上とあったので明治36年(1903年)生まれと推測されます。
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