榛色の瞳を追って
大屋さんは容貌や声の質もさることながら、立ち振舞いにも雄々しさの見られない人でした。

「そろそろいい頃合いだ、生地をアヴンから出しましょう。 火傷に気をつけてくださいよ」

「わ、分かりました」

我が家の窯によく似ていますが、もっと小振りな”アヴン”。 思いの外熱くなかったのですが、子どもの頃、窯に手を入れて火傷した記憶があるからかおそるおそる取り出しました。 女学校で家政科の家庭科に進まなかったのは、針の先より窯が怖い、という情けない理由もあります。 今は料理を作ることがお仕事ですけどね。

一寸先の未来は分からないものです。 でも、人並み以上に家の仕事ができないとお嫁に行けません。

「上村さんは、何をされているのですか?」

「はいっ、普段は居留地の商人さんの家で食事を作っています。 でも、洋菓子を作るのは初めてで」

「そうなんですか。 僕はてっきり女学生だと思っていました」

「この春に卒業しました。 最初は学校の先生になろうと思ったんですけど、反対されてしまって。…大屋さんはいつこちらにいらっしゃったんですか?」

女学校の家政科を出たのが功を奏したのか、料理関係の会話も弾みました。

「年が明けてすぐです」

「あらっ、じゃあその頃はよく学校帰りに寄っていたんですよ」

そう言うと、厨房に集中していて席まで気がつかなかったと笑った大屋さん。 女学生の頃に少女雑誌で見た少女歌劇のスタアとは違った中性的な人柄が少し気になりました。









※作者注;"アヴン"はオーブンのことです。
< 22 / 25 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop