榛色の瞳を追って
トルテとおばあちゃん
居留地と市街地の境目付近に建つとある長屋には、私たち兄弟姉妹の祖母が住んでいます。 日本には無いのですが、父の国には誕生日を祝う風習があるのでうちにもそれがあります。
本日、昭和8年5月5日は祖母の誕生日なのですが、父と兄は教会の事務作業が残っていて、母は臨月の姉の所に行ってしまって来られないそうです。 他に兄が2人と姉がもう1人おりますが、既に家を出てしまったので来ることはできません。
そういう訳で、私と妹、2人の弟、それに兄嫁と姪っ子の6人で祝うことになりました。
「おばあちゃん、お誕生日おめでとう!」
「皆ありがとう。 これは喫茶店で買ってきたのかい?」
「そうだよ」
喫茶店がどういうものか分からず、八百屋さんか魚屋さんと同じようなものだと思っている祖母を騙そうとする悪い子は、2歳年下の正男(まさお)。 彼は今年の4月で満14歳になりました。
「ちさ姉ちゃんが、亜希ちゃんを脅してまけてもらったんだ」
「そんなことないわ!」
「まぁまぁ、ちさちゃんはがめつい子だね」
祖母は、御一新前はお侍さんのうちの娘だったとか。 けれども家が傾いて、芸者になったそう。 純和風な、貴族顔の祖母は欧米から来た商人のお客が多くて、そのうちの一人が私たちの祖父だと聞いたことがあります。
芸者になっても、きちんとした教育を受けた祖母は読み書きもそろばんも出来て、孫が言うのも自慢めくのですが、賢い人です。 『がめつい子だね』と言いながらも、正男の大ボラを見抜いたと言わんばかりの目つきに変わりました。
「それは違うネ。 そのトルテはちさが喫茶店のコックに作り方を教わって作ったアル」
茉莉さんの正しい説明を聞いて、おばあちゃんは目を丸くしていました。
本日、昭和8年5月5日は祖母の誕生日なのですが、父と兄は教会の事務作業が残っていて、母は臨月の姉の所に行ってしまって来られないそうです。 他に兄が2人と姉がもう1人おりますが、既に家を出てしまったので来ることはできません。
そういう訳で、私と妹、2人の弟、それに兄嫁と姪っ子の6人で祝うことになりました。
「おばあちゃん、お誕生日おめでとう!」
「皆ありがとう。 これは喫茶店で買ってきたのかい?」
「そうだよ」
喫茶店がどういうものか分からず、八百屋さんか魚屋さんと同じようなものだと思っている祖母を騙そうとする悪い子は、2歳年下の正男(まさお)。 彼は今年の4月で満14歳になりました。
「ちさ姉ちゃんが、亜希ちゃんを脅してまけてもらったんだ」
「そんなことないわ!」
「まぁまぁ、ちさちゃんはがめつい子だね」
祖母は、御一新前はお侍さんのうちの娘だったとか。 けれども家が傾いて、芸者になったそう。 純和風な、貴族顔の祖母は欧米から来た商人のお客が多くて、そのうちの一人が私たちの祖父だと聞いたことがあります。
芸者になっても、きちんとした教育を受けた祖母は読み書きもそろばんも出来て、孫が言うのも自慢めくのですが、賢い人です。 『がめつい子だね』と言いながらも、正男の大ボラを見抜いたと言わんばかりの目つきに変わりました。
「それは違うネ。 そのトルテはちさが喫茶店のコックに作り方を教わって作ったアル」
茉莉さんの正しい説明を聞いて、おばあちゃんは目を丸くしていました。