白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
僕は自分の家にそのまま戻った。何とも言えないもどかしい想いと自分に動くなと、自分からは動くなとそう言い聞かせながら。
僕は、有田優子のところで小説を書いていた。その間、出版した本は九点。どれもその内容には、沙織への道しるべがあり、いつしかそれが主軸の物語になりつつあった。
おかげさまでファンも多く着き、何とか作家として贅沢は出来ないが暮らしていける目途は立っていた。
結局大学は1年間休学し、みんなとは1年遅れで何とか単位を取得できた。
そして優子のところを出るとき
「ああ、あ。あなたがこんなに早く私のところから巣立つとは思ってもいなかったわ」
「そんなことないよ。僕は優子に随分と世話になったよ」
「そっかぁ。でも、いつでも私のところに戻ってきていいのよ」
「おいおい、出て行きにくいじゃないか」
「そうよ。こんなんだったら、子供作っておくべきだったわ。いろいろトライしたんだけどね」
「え、ほんと。まじで……」
「ええ、あれに穴開けて置いたり、わざと危ない時にそう仕向けて。でも出来なかったね。子供」
優子は残念そうに言う。
「俺はこんな時なんて答えればいいんだろうな、優子」
優子はふんっとして
「慰めなんかいらない。あなたが頑張ってくれればそれでいい」と意地を張るように言い放つ。それが元の自分であるかの様に。
「解ったよ。だから泣くな。たまにここにも来るし、俺んところにも気兼ねなく来いよ」
「そんなの当たり前よ」と言いながらソファのクッションを僕に投げつける。
このまま居たらきっと出れなくなる「それじゃ」と言って優子のところを後にした。
僕はあの大きな街には帰らなかった。少しでも静かで、それでいて木々があって、近くに海があるそんな土地に今住んでいる。
小さいが一戸建ての住所。まあ、賃貸ではあるが落ち着いて執筆が出来るこの土地、この家を気に入っている。
そんな時、僕と優子のところに招待状が届いた。
差出人は美野里、彼女から送られてきた招待状は自分の結婚式の招待状だった。
美野里はあれからどういう経路をたどってそうなったかは分からないが、なんと若き外科医と結婚することになった。