白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
 携帯を取り出し美野里にメールを送信した。

 ***亜咲達哉

 さっきはあんな事なってごめん。図書館にもいないけど今何処

 ***

 美野里から返信が来た。

 ***冨喜摩美野里

 公園。あんな事言われたら、亜咲君の顔見れないよ

 ***

 すぐさま公園に向かった

 そこには、あの時と同じベンチに座る美野里の姿があった。

 「冨喜摩」静かに声を掛けた。

 彼女はゆっくり顔を上げる。その顔はつい今しがたまで泣いていたことが解る赤い目をしていた。

 「冨喜摩ごめん。また傷つけてしまった」

 彼女は下を俯き黙っている。

 「でも、あの時言った事は本当の事。あんな形で冨喜摩に伝えるつもりはなかったんだ」

 彼女は鞄からノートを取り出し

 「嘘つき」

 見開きに大きく書いた。

 「う、嘘なもんか」

 僕が否定すると、彼女はさらに



 「嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき……」



 ノートいっぱいに書き始めた。


 「嘘つき、嘘つき……」


 美野里の手が止まる。


 次の瞬間、自分に何が起きたか解らないままに目を見開いた。


 自分の目の前に僕の顔があり、自分の唇に僕の唇が触れている事を


 そおうと、彼女の唇から僕は離れた。

 始め何が起こったか信じられないようにぼーとしていたが、ようやく理解出来たんだろう。美野里は顔を真っかにして「あうがうがう」と慌てふためいた。


 そんな彼女を僕は抱きしめた。そして


 「嘘なんかじゃない。僕は君が……好きだ」


 彼女の耳元で囁いた。

 彼女の強張った体が次第に柔らかくなっていった。そして、僕の背中に手をやり


 「私も」と書いてくれた。僕は美野里を強く抱きしめた。


 噴水から出る水しぶきが、空の青さを映し出している。


 もうじき、夏がやってくる。


 
 あれから僕らは、クラス公認の仲になっていた。

 何せクラス全員の前で僕は告白してしまったんだから。

 だと言って特別べたべたする様な事はしなかった。そして、彼女も少しづつ変わって行った。

 後ろで編んでいた三つ編みを解き髪を流した。

 その髪は背中まであって、彼女の雰囲気が一新した。掛けていたメガネをコンタクトにしたのも大きな要因だろう。 

 つまり、見違えるほどの美人になったと言う事だ。

 クラスの男子どものみならず、校内に居る男子の注目の的になったていた。

 美野里の友達でもある養護教諭の町田先生は、美野里を微笑ましく見守っている。

 「よかったね美野里ちゃん。彼氏できて」何て言ってくれたことを、僕は彼女から訊いていた。

 でも、僕らの向かうところは図書館、そしてあの公園が一番の場所だった。

 そして共に小説を書くと言う事に力を注いでいた。

 それでも僕らは幸せに暮らしていた。

 ある日僕らはいつもの公園であのベンチに座って各々の小説を読み返していた。

 突如に雲行きが怪しくなり、辺り一面真っ暗になった。次の瞬間、大粒の雨が滝のように落ち始めた。

 「うわ、雨だ」

 二人共慌てて走り出した。美野里のマンションは公園からすぐそこ、目と鼻の先だ。ひとまずマンションに行くことにした。

 マンションにたどり着いたころには、既に二人共プールにでも洋服ごと入った様にずぶ濡れになっていた。

 「あががう」美野里が指を指し家に来るように言った。でもこんなずぶ濡れで彼女の家に上がるのは気が引けた。

 「あがうがう」でも彼女は僕の手を握り、半ば強引に僕を家へ押し入れた。

 すぐさまバスタをルを持ってきて、体を拭くように手を動かす。そして拭いたら中に入れと。

 今度は小さめのホワイトボードを持ってきて

 「服乾かすからシャワー浴びて」

 「ええ、そんなぁ」

 「いいから早く」

 押し切られるようにシャワールームに入る。

 ばたんと戸を閉められ、僕が脱ぐのを待っている。

 シャワーの音を確認するように美野里は汚れた服を乾燥機に入れた。

 出るとそこには着替えが用意されていた。

 男もんのトランクスにジャージにシャツ。多分父親のものだろう。かなり気が引けたが、この後にお病んで引くことは出来なかった。

 そして美野里は指で指す方の部屋に入る様に動かす。大方自分もシャワーを浴びるからだろう。

 示された部屋に入ると、一目で解る女の子の部屋模様。美野里の部屋だった。

 初めて入る美野里の部屋。一歩踏み入れた時から鼻を霞める優しい香り。緊張しながら美野里が来るのを待っていた。

 しばらくして、ドアが開いた。

 そこには、トレーにジュースとお菓子を乗せ、短パンにティシャツ首にはタオルをかけ部屋に入る美野里がいた。髪はまだ濡れていた。

 手元にあったホワイトボードに「どーぞ」と書き、手を添えて飲み物を勧めてくれた。

 「あ、ありがとう」とグラスを取るが、正直目のやり場がない。当の美野里は片足を立て、首に掛けていたタオルでまだ乾ききらない髪を拭いている。

 その姿は、健全な高校男子にとってかなりの毒である事は確かな事だ。しかも後ろ髪を拭きながら腕を上げるしぐさをすると着ているティシャツが張り、彼女の胸に現れる突起が、何も付けていないことを証明していた。
 ふっと彼女が僕を見て、また何かを書きだした。

 「服乾くまで時間あるからここで執筆しましょ」

 この状況で執筆するのは酷と言うものだが、選択の余地はなかった。自分の理性が持つことを願うばかりだ。
 しかし意外にも、小説を書いていると気がまぎれるものだと感じた。

 言い回しの語句に詰まり、見上げた先の本棚の上に辞典があるのを見つけ

 「あの辞典借りてもいいかな」と指さし美野里に訊いた。彼女は頷いて返事をしたので立ち上がり本棚の一番上にある辞典を取ろうとした。それと同時に美野里も立ち上がり、僕とぶつかった。そしてバランスを崩し倒れそうになる美野里を抱き抱えた。

 僕の体を彼女の柔らかい香りが包み込む。僕の心臓の鼓動が早くなる。それを彼女も感じていた。彼女はスッと体の力を抜き静かに目を閉じた。


 柔らかい唇が重なり合う。

 静かにそして段々と激しく。

 お互いの息遣いが激しさを増す。

 段々と頭のなかが真っ白になる。彼女の香りがその肌から香る。

 柔らかい、柔らかい。彼女に触れる。とても柔らかくとても暖かい。

 彼女の声が漏れる。片言の。

 そして激しく一つの光を見つめ合う。

 微睡みの中、彼女を優しく引き寄せた。

 外はまだ、雨が激しく降っていた。


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