白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
お互いに***

Ⅰ 彼女を描く***

 あれから僕は、沙織さんと学食へお昼を食べに行くようになった。無論ナッキこと、美津那那月が同伴である事は言うまでもない。 
 
 ここの学食は昨年リニューアルをして、まるでどっかの外資系企業のラウンジカフェの様に生まれ変わった。

 僕が入学したての頃は、いや昨年まではこれぞ学食といった、飢えた学生の為の食堂といった感じだった。それが今は、お洒落な女子学生の為の学食カフェといった感じになってしまった。

 僕はまだ、前の学食の雰囲気の方が落ち着く。

 彼女とはここで良く話をした。僕の出身地は何処だとか、そして今住んでいる処はどこら辺なのかなど。

 「あ、そっかぁ。だからあの公園で小説書いていたんだぁ。じゃぁ、ほんとにあの公園から目と鼻の先なんだぁ。いいなぁ」


 正確に言えば、小説を書いていたのではなく、チェックしていたんだが、彼女がそう思っているのならそれで良い事にしよう。それより意外だったのが、彼女の家が僕の利用する駅から3つ目のところにあった。それを訊いて、ふと疑問が浮かんだ。どうしてあの時彼女は公園にいたのかと。


 「あ、あの時ね。ほら、あの駅の近くに大きな大学病院があるでしょ。あの時私、あの大学病院に行った帰りなの。あの公園にはちょっとした寄り道」

 「大学病院の帰り?誰かのお見まい。それとも何処か具合が悪いの」

 その時、僕はまた後悔した。無断で彼女の領域に入ってしまった事を。でも彼女は、そんなことお構いなしに

 「あはは、通院。そんなに具合が悪いって言う訳じゃないんだけど。私、前から片頭痛持ちで、それにあの大学病院で私の父が事務やってるの、だから便宜上たまに通っているの」

 「片頭痛?」

 「そう、片頭痛。だいぶ前からだから、もう馴れっこ。それに低血圧だから朝起きるの物凄く大変」

 それを訊いて、ランチを食べながらナッキが話に割り込む。

 「そ、だから私は高校からずっっと沙織の目覚まし時計。朝、電話で起こすのが私の役目」

 彼女は、痛いところを突かれた様に「ははは」と誤魔化したが、隣に座るナッキに

 「まったくもう、余計な事言わなくてもいいの。それにまた食べながら喋ってる。いい加減直してよ。行儀悪い」

 そう言われナッキも笑って誤魔化した。

 「そう言えば、さっき高校からって言ってたけど、二人は高校から」

 ナッキは食べるのを止め

 「うん、沙織とは高校の時知り合った。何て言うかさぁ、お互い自分に無い所を補うと言うかさぁ、沙織っていつも本ばかり読んでて、礼儀正しくて控えめで、見た目地味だけど実は物凄い美人で言う事無いんだけど、人にあんまり馴染めないて言うか、男に対しても全く免疫無くてさぁ、目が離せないんだ」

 ナッキは耐えきれず、ナイフで一口大に切ったハンバーグをフォークに刺し、あむっと口に頬張りながら
 「私はさぁ、ほら見ての通りガサツで食い意地が張ってて、癖っ毛で色も黒い。性格上あんまり拘らないから体は女だけど、まるで男だなこりゃ。だから沙織みたいに清楚な女って言うのに憧れてるんだなきっと」

 ナッキが話し終わると沙織さんは、ちらっと彼女の方を見てから僕に

 「ちょっとごめんなさい。ナッキと話してて」

 そう言って席を立った。

 「あ、うん」そう言った後、ナッキも彼女をちょっと見て何も言わず彼女を見送った。

 「トイレか、それならそう言えばいいのに」

 その口調がまるで沙織さんの彼氏の様に訊こえた。

 そして僕はまた、墓穴を掘ってしまう。

 「何だかこうして二人を見ていると、ナッキさんは沙織さんの彼氏で、沙織さんはナッキさんの彼女みたいですね」


 地雷だった。


 ナッキは「ふうっ」とため息を覇いて

 「そうねぇ。私が男だったらって良く想う事あるわ。そうしてら絶対沙織を彼女にしてたな。うん、それは間違いない。沙織と初めて会った時、何かこう「ビビビッ」ていう電気みたいなもの走ってさ、あー私はこの人が好きだって直感的に思った。でも、私は正真正銘の女。この体が証明している」

 「沙織さんは、ナッキさ……」

 「ナッキでいいよ」

 「それじゃ、沙織さんはナッキの気持ち知ってるの」

 「そ、それは解らない」そう言って少し下を俯く。

 そして、自分のグラスに入った水をごくっと一飲みして

 「あー私何でこんな事まで話してんだろ。亜咲君って、もしかしたら弁護士になれるかも。だって誘導尋問上手いんだもん」

 「ハハハ、そんな事ないよ。僕が目指しているのは小説家」

 「それじゃ、誘導尋問の上手い小説家、なんてね」

 「それはないなぁ」

 二人はお互い何がどうした訳ではないが、笑いあった。

 そこへ沙織さんが戻って来て

 「あら、随分楽しそうね。何話ていたの」

 「あ、いや……」

 返事に僕がもたついていると


 「いやぁ、沙織の寝顔は可愛いよって」


 僕に軽く視線を投げかけ、ナッキは巧くフォローした。

 そうだろう。ナッキの想いを当の本人に話すことなんて。しかもこんな場所で、出来る訳がない。

 「もう、ナッキったらぁ。私がいない間にそんな事まで、いい加減にしてよ恥ずかしいから」

 みるみると顔を赤く染めていった。


 そんなある日、この3人の中にいずれは必ず割り込むだろうと思っていた 宮村孝之が、トレーにランチを乗せ僕らの席やってきた。

 「あれぇ、亜咲じゃないか。偶然だなぁ」

 宮村、声が白々しい。

 「あ、ああ」この3人の空間を邪魔され無いように生返事をする。でも彼は躊躇することなく

 「お前、そこ空いてんだろ。もっと詰めろ」

 トレーを置き席につく。そして顔を上げ、目の前に並ぶ2人に

 「あ、初めまして、俺宮村孝之って言います。経済学部の3年です。よろしく」

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