白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
 僕らは隣同士の席で映画を見ることが出来た。

 沙織さんは、始めからもう目が潤んでいた。

 映画の中盤、薄暗い中沙織さんの頬に涙が辿っている。


 正直、僕も危ない。


 映画のクライマックス。もう僕も沙織さんも二人共涙を拭わないといけないほど泣いていた。スクリーンから映るストリーに二人共何かを感じていた。

 そして、二人の手はしっかりと握られていた。それは、お互いの隠れた何かをぶつけ合う様に。

 映画が終わっても僕らは余韻に浸っていた。

 とても大事なものを失う。それはその人にとって大きな事だ。ゴミを捨てるのと訳が違う。

 映画の中でヒロインは大事な思い出を失くしてしまう。

 それはヒロインにとって大切なもの。その大事なものを彼女の意志とは裏腹に失ってしまった。もう取り戻すことが出来ないもの。もう一度作ることは決して出来ない大切な思い出を。

 沙織さんは今も涙を流している。あの映画が自分を写しているように。

 「大丈夫」

 沙織さんは俯いたまま頷いた。

 映画館に続くコーヒーラウンジ、そのベンチに僕らは座っている。

 「しかし、僕も久々に泣いたなぁ」

 正直、大学に入ってからこれほどまでに涙をなしたことはなかった。あの原作者の名前を見た時、高校の時一緒に小説を書き共に日々を過ごした話すことの出来ない彼女、冨喜摩美野里の事を思い出していた。

 僕は彼女と別れた後物凄く泣いた。此れでもかこ此れでもかというくらい泣いた。

 未練があるのか?そう訊かれると僕の想いは少し違う。

 大学を合格してから僕宛にレター封筒が届いた。それは美野里からだった。

 そこには、自分も志望する大学に受かったと。僕も受かったのかと訊いていた。そして必ず作家になるんだと決意表明をしていた。

 共に作家の道を歩んで、共にお互いの世界を世に翼(はば)たかせようと。また、作家同士として話が出来るように。美野里はもう自分の目標に向かい進んでいた。

 同封された写真には、彼女が合格した大学の正門前で微笑みながら映る美野里がいた。

 その後、すぐに返事を書いた。

 僕も大学に受かったこと、でもあの後志望校を変え文系の大学に進んだことを伝えた。そして僕も美野里に習って決意表明をした。僕も必ず作家(小説家)になると、そして描く世界は恋愛だと。

 共に自分の目標に向かって……

 その後僕はクラス全員に召集をかけた。そしてもう一つの最後のクラス写真を撮った。美野里に送るために。

 それから手紙のやり取りはしていない。それは暗黙の了解のような感じで美野里も同じだっただろう。

 だから彼女は今、僕の中では同じ目標に向かう特別な仲間だ。

 恋愛に疎い僕が恋愛小説を書いて作家になる。笑い話のようだが、僕は本気だ。

 しばらくして沙織さんも落ち着てきた。

 「ごめんね達哉さん」

 「そ、そんな事なんでもないよ。でもあの映画に物凄く想い入れしてたんだね」

 沙織さんは少し寂しい目をして

 「うん、如何かな。でもいっぱい泣いちゃったね」

 「うん、いっぱい泣いてた」

 沙織さんは少しぷうっとして

 「何よ、達哉さんだってさっき泣いたって言ってたじゃない」

 「確かに」ほらぁっ、沙織さんは呆れた様に笑った。

 そんな彼女を見ていると沙織さんが物凄く身近な存在に感じて来た。

 「それはそうとお腹すかない」

 それもそのはず、二人とも昼を抜いていた。

 「うーんそうねぇ。でもここら辺だとこの時間から混んでこない」

 時計はすでに5時半を廻っていた。確かにこの時間からは仕事明けのサラリーマンなんかがわんさかやってきそうだった。

 ちょっと考えて僕は携帯を取り出し住所録から拾って電話を掛けた。それは僕がバイトするあのカフェだ。

 電話に出たのは恵梨佳さんだった。

 「あら、亜咲君オフなのにどうしたの」

 電話を受ける恵梨佳さんの声は優しく耳に馴染む。

 「すいません。今日のディナーまだ間に合いますか」

 「ディナー、ちょっと待っててね」恵梨佳さんは予定を訊きに行った。そして


 「お待たせ、二人分大丈夫よ」


 「え、どうして二人分て解ったんですか」

 「あら、亜咲君がこのお店でディナーの予約をするとしたら彼女と一緒だからでしょ」

 さすが、恵梨佳さんにはかなわない。

 「まいったなぁ。恵梨佳さんにはかなわないなぁ」

 「うふふ、それで何時くらいに」

 「えーと今から行くから6時過ぎくらいに」

 「解ったわ。いい席リザーブ(予約)しておくから。それではお待ちしています亜咲様」

 最後はしっかり業務トークの恵梨佳さん。でも沙織さんと行くと他の奴らにチヤホヤされるなぁ。そんな事を思っても僕は宮村のように他の店を知らない。思いつくと言ったらやっぱりバイト先のカフェしかなかった。

 沙織さんに僕がバイトするカフェで食事するのはどうかと提案すると

 「えー、達哉さんあのカフェでバイトしてたんだぁ。実は前から気になってたんだぁ」と驚きながらも興味深々といった感じが有り有りだった。

 そして席を立って

 「荷物持つよ」と言うと


 「ありがとう。でも中水着だから覗いちゃ駄目よ」


 「あ、うん」と返事はしたものの、やっぱり水着だったんだと思ってしまった。

 駅までの道のり、気が付いたら沙織さんと手を繋いでいる自分に気が付いていた。
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