白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
 笑うしかなかった。沙織さんの弟君の事を思い出して、あの子ありのその親ありと思ってしまった。それを考えると意外と沙織さんもオープンな性格の持ち主なのかもしれない。

それをあまり表に出さないだけだろうと。


 そして少し娘の事が心配性のお父さんにはうまくいっておくと言ってくれたらしい。

 だから今よりは自由が利く様になったと喜んでいた。

 「いつも達哉さんと一緒にいたいから」と

 その日は二人で近所の商店街に夕食の材料を買いに行った。そして二人で今日の夕食を作った。

 「達哉さんて何でも出来ちゃうのね。お掃除に料理も上手だし。ほんと、いいお嫁さんになるわよ」

 あきれるように沙織さんが鍋を見ながら言った。

 「そんなことないよ。それに僕は嫁さんには行けないよ。まあ、婿だったら行けるけど」

 それを聞いて沙織さんは僕の手をつかんで


 「それじゃ今から私の家に行きましょ。婿に来ますからって」


 「おいおい、それじゃ押しかけ婿じゃないか」

 ハハハ、と笑いながら「わたしだったら今すぐにでも達哉さんのお嫁さんに行くんだけどなぁ」次の瞬間。彼女は「あっ」と声を漏らして二人の唇が重なった。そっと手を後ろに回しながら。

 コンロにかけていた鍋が噴いた。慌てて火を止めて二人で笑いあった。

 二人で夕食を食べる。今日、彼女の分の茶碗やら箸なんかを買い揃えた。お揃いのにしたかってけど、今度二人で一緒に選びに行こうと約束した、だから今は当座しのげるようなものを100均で買った。その内、彼女の着替えも来るのかもしれない。置き場所も用意しておこうと思った。


 夕食を食べながら

 「それじゃ達哉さんあさっての何時くらいに行くの」

 「それがさぁ。向こう初日が早番なんだ。だから前日の夜までにはホテルに入るようにだって」

 「ホテル?すごいリッチじゃない。なんか会社勤めの出張みたいね」

 沙織さんはそういうがバイトヘルプなのに、ホテルまで用意してくれている。会社の経費であることは確かなんだろうけどちょっと気が引けてしまう。それに僕は会社員になろうとは考えてはいない。あくまでも僕の目指す仕事は作家だ。

 次の日の夕方、沙織さんは駅で僕を見送ってくれた。

 明日から知らないところでバイト業務が始まる。

< 41 / 125 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop