白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
 「ハハハ、若い頃の話だよ。しんみりさせちゃったな。すまんすまん」

 「今は」と訊いた。

 「ああ、趣味程度に書いているよ。なにせ在学していた系列の大学病院の事務職もやっているからな」

 「え、あの大学病院の」と言うことは、えらい有名大学に在籍していたことになる。三度目の驚きだった。

 「お待たせ。準備で来たわよ」と沙織が呼びに来た。

 お母さんの手料理はどれもこれも美味しかった。沙織から僕が味噌汁好きなのを訊いていたのだろう。味噌汁も用意されていた、その味噌汁を啜ると沙織が作る味噌汁と同じ味がした。美味しかった。

そしてとても暖かった。沙織の家族が、沙織の両親の気持ちの暖かさを感じた。


 帰り際

 「亜咲君、君も小説を書いているそうじゃないか。しかも作家を目指して」

 「はいそうです」

 「それならやれるところまでやってみるといい。自分がどこまでやれるのか試してみるといい。僕は途中で辞めたが、君自身が納得するまでやってみればいいと思う。頑張れ」

 そう言って僕の肩を叩いてくれた。

 「ハイ、頑張ります。これからもよろしくお願いします」

 そして


 「もし、何かあったら家に来なさい。いつでも……」


 少し寂しい表情だった。お父さんも、お母さんも。

 でも「また来てね。今度は私一人の時に」って軽くウインクするお母さんには顔が赤くなってしまった。
 沙織は駅まで僕を送ってくれた。

 「沙織、物凄くいい両親じゃないか」

 「そうぉ」ちょっと恥ずかしそうに

 「でもお父さんと話が合ってよかったね。あんなに楽しそうにしているお父さん久しぶりに見たから」
 「そうか」


 「うん」

 改札のゲートに来た。

 そして


 「達哉、明日も行っていい」


 「もちろん」


 改札を出て振り返り見る、沙織のその顔はとても和やかだった。


 そして夏休みが終わると沙織たちは2週間の教育実習の期間に入った。
  
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