白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
 「小説ってね、いいえ人はね、嘘や騙し合い、妬みや嫉妬、欲、苦しみや悲しみと言った普通敬遠されるけど、日常自分たちの周りでうごめいている人間の汚さに心揺られるのよ。

けれどあなたの小説にはそれを感じさせるものがないの。良く言えば穢(けが)れのないとても綺麗な小説。そうだから言葉の起伏は合っても人間としての起伏、綺麗さと汚さの起伏がないのよ。だから一直線」


 人間としての汚さ。穢れ、それは普通自分たちはその事を解っていてもいつも蓋をしてしまっている。心理的に視れば嫌な事は触れたくない事としてあえて反らそうとする。その反面いいこと、楽しいことなどは率先して向かおうとする。

 悪と善と例えればこの二つは正反対の事、しかし心理的に判断する感情は元をたどれば一つだ。

端的にただそれを振る分けられているだけに過ぎない。そうすればその汚さと言うものを欲する感情が生まれても不思議ではない。しかも元来人間は争いを好む生き物とされていた。 

 人を蹴落とし、あるいは同じ人間同士いがみ合い殺し合った戦争と言う時代も多々あった。平和な現代、人はそれを表に出さずどこかで欲している。

 「何となく解って来たようね。まっこの後どうするかはあなた次第だけどね。幸いまだ書き終えていないみたいだし」


 完全にノックアウトされてしまった。

 自分の部屋に帰り、今日あの有田優子に言われた事を考えていた。

 
 綺麗な、穢れのない綺麗すぎる小説を。

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