白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
 私は信じています。あなたが前に歩き出すことを。

そして、いつの日か血の繋がりを超えて、あなたと心から話し合える日を信じています。 

 私の最愛の娘 優子へ


 その日から彼女は泣くのを止めた。泣くのを堪えた。

 自分も母親と同じ作家になろうと、一歩踏み始めた。

 今では母親とも再会していて、手紙のやり取りも良く交わしている。

 メールではなくあえて手紙で    

 「そうでしたか。部長のお母さんだったなんて。北海道に行った彼女にも教えてやりたいですよ。同じ北海道にいるって、声が出せないから」

 声がだせないから……その言葉に

 「失礼だけど、高校の時の彼女って何か障害を……」

 「ええ、生まれながら話す事が出来ないんです」

 「話す事が出来ない……」部長は机からあるファイルを取り出した。
 
 そこにはお母さんからの手紙を一枚一枚フイルムに挟み綴じてあった。それをめくり、開かれた手紙を僕に見せてくれた。

 そこにあった手紙を読んで、僕は信じられなかった。

 彼女の、その母親の榊枝都菜の手紙に「美野里」の名が書かれていたから、そして美野里の事を、話す事の出来ない彼女の事を榊枝都菜は書いていた。書き綴っていた。

 美野里は前から榊枝都菜に弟子入りを志願していた。でもそんな弟子とか師弟なんていうものを取らない彼女からは断られていた。


 でも、もしあなたが北海道の榊枝都菜が指定する大学に入ることが出来るのなら「一緒に小説を書きましょう」と言った事を、美野里がその大学に受かり、今自分の元に来て一緒に小説を書いていることを、もう一人自分の娘が出来たかの様に慈しみながら書き綴ってあった。


 「美野里」僕は美野里の名を呼びながら涙を流した。

 「世間は広いようで狭かったね。亜咲君」

 「はい」

 「可愛い人だったよ。とっても明るくて自分のハンデなんか何でもないって、それも前に付き合っていた彼氏がくれたんだって、言ってたよ」

 「部長、美野里と……」

 「ええ、この春に北海道に行ったから、私の親友であって、小説を共に書く同士であって……私の大切な母親に」

 「元気でしたか、美野里は」

 「はい、とっても元気でした」

 「そうですか……」

 部長は、僕に渡した本にヒントがあるはずだと、それを感じ取ったらまた再開しろと言ってくれた。
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