白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように
 「俺はなぁ、あんな姉貴見ているのが嫌なんだ。あんたと一緒にいた時の、あの姉貴の顔が好きなんだ。それをあんたは取っちまいやがったぁぁ」

 佑太はもう一発僕を殴ろうとして、その場に崩れ落ちた。

 「俺はよう、姉貴が好きなんだ。あの姉貴がよう。例え姉貴の記憶が、俺の事綺麗さっぱり忘れてもよう、俺の記憶だけが無くなったとしてもよう。

俺は姉貴が好きなんだ。

俺ら兄弟だし、家族だから。いや、例え家族じゃなくても、兄弟じゃなくても、俺の事忘れても、姉貴の事見守ってやりでぇんだよう」


 そう言って地面を何度も殴りつけた。何度も何度も。


 「佑太……」

 「ゆうたぁ……」


 僕は涙を流しながら、何度も地面を叩き付ける佑太を抱き抱えた。

 「ごめんっ、ご、ごめん。ごっめん……」


 叫びながら僕は佑太に詫びを入れた。彼が佑太がこれほどにしてまで……沙織が未だ僕の事を忘れずに、僕の事を愛したまま苦しんでいたなんて……  


 僕は卑怯だ。最低だ。佑太に殴られて当然だ。


 僕は、はっきりと解った。沙織の事をまだ、いいや、ずっと愛していた事を。

 僕は沙織から初めて知らされた、沙織の病気に脅えていたんだ。

 でも沙織はその病気とずっと戦っていた。一番つらくて一番怖かったのは、沙織本人だったのに。
 僕はまた美野里の時と同じ事を繰り返す所だった。

 今なら、まだ間に合う。例え、僕だけの記憶が彼女の中から、消し去られ様とも。例え、僕の事が解らなくなっても。


 僕は いい


 僕はそれでもいい、例え沙織の病気が発症しても、それまでの間でも。僕は沙織を愛する。愛し続ける。どこまでも……


 「佑太、ありがとう。目が覚めたよ。お前のおかげで」

 佑太は顔を上げ、その涙で見るも絶えない顔で

 「あ、亜咲さん……」

 「達哉でいい。お前の兄貴になれるかもしれないからな」

 そして僕に抱き着きながら大声で泣いた。

 「達哉さん」と叫びながら


 僕はすぐに沙織の家に向かった。沙織を僕の中に連れ戻すために。

 家に向かう途中、佑太は

 「達哉さん、さっきの事は内緒でおねげぇしやす」とあの時初めて会った佑太に戻っていた。

 沙織の家に着き、僕は沙織の両親に詫びを入れながら、自分の気持ちを素直に話した。
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