蝶と空
「私ね、小学校の頃に階段から落ちたんだって。お母さんと遊んでいたら、そのまま。起きたら知らない人が私に微笑んでいたの」
「知らない人?」
私は美樹の質問にコクリと頷いた。
「お母さんだった。知らない人はお母さんだったの。」
「紗知…全部記憶無くしたの?」
「うん。気付いたら病院だった。言葉とか生活習慣は覚えてるのに、人は誰も分からないの。また産まれた気分だった」
私は窓の外を見つめて話した。
青い空を雲が川のように流れている。
「お父さんは死んだんだって。事故だったみたい。お母さんはお父さんのこと、あまり話すの好きじゃないみたいだから、顔すら知らないんだけど」
今度は小さな小鳥が、ピチピチと鳴いている。
姿は見えない。
「なんか、ごめん。辛い事思い出させちゃった」
「ううん。いいの。私も現実を受け入れて生きたいから」
そう。
例えどんなに悲しい過去だとしても。
過去の記憶が
無くとも。
受け入れていかなきゃいけない。