蝶と空



「記憶、ないんですか」




「ええ」



「自分のお母さんのことも?」




「ええ」




「住んでた家もですか?」



「そうよ」







「僕の…ことも…ですよね」






返事を返されるまでの時間が



長く 長く




感じた。







「空くん…紗知ちゃんね、新しい人生を歩むんですって。紗知ちゃんをこれから育てる新しい母親もいるみたいよ」




「新しい…母親?」



「そうなの。子供ができない体で、旦那はいないっていうから」





そんなの、違う。


僕はそう思った。



紗知の母さんはひとりしかいない


もう


ここにはいないけど




紗知を騙すことなんて、


しないで…





「紗知ちゃんは新しい母親を、自分の本当の母親だと思ってるわ。階段から落ちたことになってる。もう、笑っているって…」






笑って…る?


あの泣いていた紗知が?




あぁ、そうか




紗知は今、




笑っているのか


幸せなのか。






僕は、脱力した。



< 47 / 112 >

この作品をシェア

pagetop