蝶と空
「記憶、ないんですか」
「ええ」
「自分のお母さんのことも?」
「ええ」
「住んでた家もですか?」
「そうよ」
「僕の…ことも…ですよね」
返事を返されるまでの時間が
長く 長く
感じた。
「空くん…紗知ちゃんね、新しい人生を歩むんですって。紗知ちゃんをこれから育てる新しい母親もいるみたいよ」
「新しい…母親?」
「そうなの。子供ができない体で、旦那はいないっていうから」
そんなの、違う。
僕はそう思った。
紗知の母さんはひとりしかいない
もう
ここにはいないけど
紗知を騙すことなんて、
しないで…
「紗知ちゃんは新しい母親を、自分の本当の母親だと思ってるわ。階段から落ちたことになってる。もう、笑っているって…」
笑って…る?
あの泣いていた紗知が?
あぁ、そうか
紗知は今、
笑っているのか
幸せなのか。
僕は、脱力した。