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シャー、シャーと小さな音を立てながらコピー機が動作している。
その前で菜々羽は立ち尽くしてしまう。

『うーわっ!!あたしっ!家で洗濯物が待ってるから帰るね!!』

停止した脳味噌で良くわからないセリフを捨てて、
一昨日の土曜日、菜々羽は浅葉の家から自宅に逃げ帰ってきた。
駅までの道でスマホが何度も鳴る。
LINEに始まり、着信の着メロ。メールの着メロ。
出て何を話せばいいんだろう?何て返信すればいいんだろう?
怖くてスマホの電源はあれから今日、月曜日までオフにしたままだ。
ちなみに今日も朝から社内で、不自然なくらい浅葉を避けまくっていた。

忘れたい……。
忘れたいのに。

ヤったかヤらないかなんてもうどうでもいいの。
どんな事実があろうとなかろうと、浅葉くんとどうにもこうにもなれない。
だったら、なかったことにするのが一番いいと思う。

先輩後輩ーーそれだけのカンケイ……

それが一番いいのに。


「……西條さん」
「ひぃあっ」
コピーと思考のはざまでぼんやりしていた菜々羽の耳に飛び込んできた声。
びくりとしたのは、聞き覚えのある声だったから。
そして今、一番聞きたくない声ーーーー。

振りむけばいつもの表情の浅葉がそこにいた。

あ、ああ……。
怒ってるかと思ったけど……普通だ……。
デリートされてる?

だよねっ。
あの朝はあんなこと言ってたけど、冷静になればなかったことにするって、
それが一番いいって浅葉くんも答えが出たに違いない。
安心した菜々羽の口から、ふ、と小さく安堵の息が漏れた。
でも菜々羽の安堵感を読み取ったのか読み取らなかったのか、
なぜか浅葉はいつもより少しボリュームを上げた声で

「西條さん、これ忘れ物です」

菜々羽にソレを差し出した。

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